表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしのすてきな後見人  作者: 畑中希月
第一章 あなたがわたしの後見人
5/24

第五話 和解

 これ以上、レシエムに迷惑をかけるのはやめよう。ヴェロナ伯が彼に、余計なことを言う前に。


 ようやく、リベアティアは決心がついた。全部自分の不始末が招いたことなのだから、きちんと彼に謝った上で、新しい後見人を探す。


 適当な人物のあてはないが、時機を見て、また王妃に相談してみるつもりだ。国王と別居中とはいえ、ロスヴィータが王国一の権門出身であることに変わりはないから、候補者探しはできるはずだ。


 問題は、どうやってレシエムにそのことを伝えるか、である。屋敷まで押しかけるのは失礼なので、リベアティアは王宮で彼を掴まえることにした。レシエムが国王秘書官の一次試験に無事通った、という情報を手に入れたからだ。


(あんなことがあったあとで、試験を受けたのに大丈夫だったなんて……よっぽど集中力が高いのね。それとも切り替えが早いのかな)


 そんなことを考えながら、リベアティアは二次試験の当日、中央広間でレシエムが現れるのを待った。もちろん、試験の開始時刻と予定終了時刻は確認してある。


 やがて、試験を終えたらしい人々が、一定時間ごとに一人ずつ、扉の向こうから現れ始めた。

 一時間ほども待っただろうか。リベアティアは黄金色の頭髪をようやく見付けた。恐る恐る近付いていくと、レシエムは端正な片眉を上げてこちらを見た。


「……何の用だ?」


 レシエムの様子は、この前とあまり変わらない。つまり、不機嫌そうだった。自分でも不思議だったが、リベアティアは少し安心した。


「あの、少しお話があって」


「手短にすませてもらおう」


 レシエムは相変わらずそっけなかったが、リベアティアは深く頭を下げる。


「……この前は、本当にごめんなさい。わたし、無神経だった」


 リベアティアが姿勢を崩さないでいると、頭上からレシエムの声がした。


「顔を上げろ。いつまでそのままでいるつもりだ」


 言われた通りにすると、レシエムの困ったような顔が目に入った。少し考える素振りをみせてから、彼は口を開く。


「別に、もう気にしていない」


「でも……」


「もっとひどいことを言う奴はいくらでもいる。だから、俺は気にしていない。いつまでも気にかけられても、こちらが迷惑だ」


「……ごめんなさい」


「だから、それをやめろと言っている」


 レシエムは眉をしかめたが、怒っているわけではないようだった。


 意外なほどにあっさりと謝罪がすんでしまったので、リベアティアは拍子抜けしながらも、次の用件を持ち出すことにした。


「それと、後見人のことだけど……わたし、別の人を探そうと思うの」


 リベアティアの予想に反し、レシエムは虚を突かれたような顔をする。


「どうした、いきなり。かえって気味が悪いな。この前のことなら、今さっき決着がついただろう」


「あの、ヴェロナ伯があなたに対して、何か言ってこなかった?」


「いや、まだ何も。ヴェロナ伯に何か言われたのか?」


 リベアティアは曖昧に頷いた。ヴェロナ伯の言い分は、とてもレシエムには聞かせられない。


 レシエムは皮肉っぽい笑みを口元に浮かべる。


「なるほど。ヴェロナ伯は俺が信用できないか」


 あまりにも早く、レシエムが正確な答えを導き出したので、リベアティアは目をみはった。


「え、どうして……?」


「義父である自分を差し置いて、義理の娘が青二才に遺産の管理を任せたら、大抵の人間は怒るだろう。そのあと、後見人を引き受けたのは、遺産目当てではないかという疑いも持つ。前の後見人がその青二才の父親というなら、いっそう不安になるはずだ。前々から、時機を見計らっていたのではないか、とな」


「……こんな短時間で、よくそこまで分析できるわね」


「別に。これが、俺の『普通』だ」


 レシエムの返答がおかしくて、リベアティアは思わず吹き出した。そういえば、彼は前にも同じようなことを言っていた。


(あの時は、何て捻くれた意地悪な人だろう、って思ったけど)


「わたし、誤解してたみたい。レシエムって、何も機嫌が悪いから無愛想なわけじゃないのね」


「いきなり何を言い出す」


「別に。こっちの話」


 リベアティアは笑いをこらえた。無愛想はレシエムの属性だ。単に感情を表に出さないだけで、内面では様々に表情を変えているのだろう。


 レシエムは肩をすくめたが、突然真顔になる。


「以前君は、ヴェロナ伯を後見人にするのだけは嫌だと言っていたな。それなのに、彼から『ラリサ伯は信用できない』と言われれば、後見人を変えるのか?」


 一度後見人を引き受けた以上、彼なりにこだわりがあるらしい。この前の「他の後見人を探してくれ」という言葉は、単なる憎まれ口で、本音ではなかったのだろう。それとも単に、ヴェロナ伯に腹を立てているだけか。


 リベアティアは本心を説明することにした。


「違うの。色々考えた末に、あなたに迷惑をかけるのは良くないと思って。わたし、レシエムのことを批難したわよね? 自分の都合を、目の前で助けを求める相手よりも優先させるのか、って。でも、わたしのほうこそ、自分の都合しか考えていなかった。後見人を引き受けてもらった挙句、あなたの態度に腹を立てたり。嫌な女だったと思う。だから、自分を仕切り直したいの。ヴェロナ伯に言われたことは、そのきっかけに過ぎないわ」


 レシエムはリベアティアの話をじっと聞いていたが、話題を変えた。


「具体的にヴェロナ伯のどこが嫌いだ?」


「たくさんあるけど……今は縁談を次から次へと持ってくるところね。彼の勧める縁談は、絶対に嫌。もともと、結婚しないで、一生王妃陛下にお仕えするつもりだし」


「ほう、それは殊勝な心構えだな」


 レシエムは妙に感心したようだった。


「そうなると、後見人は若いほうがいいな。年配者を指名していては、君が神界へと旅立つまでに何度も選び直すことになる」


 マレ王国では、人が死ぬことを「神界へ旅立った」「神界へ帰った」と表現することがある。言葉の意味は理解できても、彼の言いたいことがよく分からず、リベアティアは小首を傾げた。


「都合のいい日はいつだ?」


 出し抜けなレシエムの質問に、リベアティアは面食らう。


「ど、どういうこと?」


「ヴェロナ伯に、俺が後見人に相応しいと認めさせる。ついでに、伯が君に持ってきた縁談も断念させる」


「でも、迷惑でしょう? 秘書官試験って三次まであるって聞いたわ。それに、秘書官になったら、あなたも忙しくなるだろうし」


「気が変わった。考えてみれば、君の後見人を続けながらでも試験は受けられる。忙しくなったところで、領地や財産をいくつ管理するのも同じことだ。それに、ヴェロナ伯に妙な風聞を流されては困る。俺は近い将来、国王秘書官になるのだからな」


(とんでもない自信家だわ)


 リベアティアは呆れると同時に、何だか愉快な気分になった。


「ありがとう、レシエム」


 心からお礼を言うと、レシエムは深い色合いの碧眼を丸くして、照れたようにそっぽを向いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ