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わたしのすてきな後見人  作者: 畑中希月
第一章 あなたがわたしの後見人
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第二話 レシエム・グライフ

 部屋の外に出たものの、リベアティアは面会人に心当たりがなかった。またヴェロナ伯が呼んでいるとしたら、願い下げもいいところだ。


「オティーリエ、面会人って、誰?」


「すごく美形の殿方! 国王陛下よりすてきかもしれないなあ……あんな方が本当にいらっしゃるなんて夢みたい」


「……答えになってないんだけど」


 そもそもリベアティアは、男性の容姿に関心が高いほうではない。オティーリエはつまらなそうな顔をする。


「ラリサ伯だって。指折りの名門の。名前を伝えてくれれば、用件は分かるはずだ、っておっしゃってたわ。秘書官の志願も兼ねて王都にいらっしゃったらしくて、今、中央広間でお待ちよ」


 亡くなったラリサ伯には、跡継ぎの一人息子がいる。今でも悔やまれるが、リベアティアはラリサ伯の葬儀に出席することができなかった。風邪をこじらせて寝込んでしまったのだ。そのため面識はないが、跡継ぎはリベアティアよりみっつ年上の十九歳で、ステラエ法学院の卒業生だということは知っている。


 先代の葬儀のあと、彼はリベアティアのもとに手紙をよこしてくれた。そこには次の後見人が決まりしだい、連絡が欲しいこと、後見人が決まるまでは父親の遺言に基づき、彼が後見代理人を務めることなどが書かれていた。


(困ったなあ……きっと、後見人が決まったかどうか、確かめにいらっしゃったんだわ)


 先代のラリサ伯が亡くなってから、既に二ヶ月近くたつ。後見代理人を務める現ラリサ伯が、後任のことを気にするのも仕方ない。とりあえず、後見人が決まっていないということを、正直に伝えるしかないだろう。


 重い気持ちで、リベアティアはオティーリエとともに、中央広間へと向かった。

 秘書官の志願者を受け付け中とあって、中央広間には通常の何倍もの人々が集まっている。リベアティアは辺りを見回す。


「ラリサ伯はどこ? わたし、彼の顔を知らないの」


「あそこよ。ほら、イルゼと一緒にいらっしゃる方」


 オティーリエの指し示すほうに、同僚イルゼの姿がある。彼女は背の高い青年と話をしていた。声をかけようとして、思わずリベアティアは足を止めた。


 美しい青年だった。歳は十代後半。黄金色の長い髪を背中でひとつにまとめている。眦は鋭いが、意地の悪い感じは少しもせず、むしろ精悍でさえある。簡素な礼装に、装飾用の剣を佩いている様が、とても凛々しく見えた。本当に、神殿に立っている彫刻に魂が吹き込まれたかのようだ。


 あれが、現ラリサ伯レシエム・グライフ。オティーリエの評価も、あながち間違っていない。


 オティーリエが声をかけ、手を振ると、二人はこちらを向いた。


「リベアティア・メーヴェ嬢?」


 ラリサ伯が自分の姓名を呼んだので、リベアティアはどぎまぎしてしまった。小さく返事をし、近付いていく。


「あの、お待たせしてしまって、申し訳ございません」


「いや、構わぬ。あちらの順番もまだ回ってこないことだしな」


 そう言ってラリサ伯は、広間の奥に並ぶ扉のひとつを見やる。その脇には左右に一人ずつ近衛騎士が立ち、広間中に睨みをきかせていた。


「まず志願者には整理番号が書かれた札が渡されるの。順番がくると、あの部屋に呼ばれて、名前やら住所やらを書かされるんだって。読み書きができるかどうか、そうやって確認するらしいの」


 イルゼが説明をしてくれた。リベアティアは彼女に頭を下げる。


「ありがとう、イルゼ。オティーリエもね」


「いいのよ、わたしも楽しかったし。それでは伯爵閣下、ごきげんよう」


「じゃあね、リベアティア。閣下、またお会いしましょうね」


 手を振りながら軽やかに立ち去るイルゼとオティーリエを、ラリサ伯は半ば呆れたように見送った。


「……元気のよい娘たちだな」


「そうでしょう。王妃陛下付きの女官たちの中では一、二を争う行動力の持ち主ですもの」


「では、三番目は?」とは訊かずに、ラリサ伯は肩をすくめた。初対面の人間に、冗談を言うような性格ではないらしい。


「そういえば、挨拶がまだだったな。初めてお目にかかる」


「こちらこそ、お会いできて光栄です。昨年はお父君のご葬儀に出席できず、申し訳ありません」


「お気になさらずともよい、リベアティア姫。弔文はいただいた」


「ありがとうございます……あの、閣下。わたしのことは、ただのリベアティアで結構です。もう『姫』などと呼ばれる身分ではありませんから」


 これは日頃からリベアティアが肝に銘じていることだったが、ラリサ伯は単なる謙遜と受け取ったようだ。


「では、俺のことも名前で呼んでいただいて結構。閣下という敬称は、どうも苦手だ」


「『さま』くらいは付けたほうがよろしいかしら」


「別に、そんなものはいらぬ」


 気取らないのか、単に愛想がないのか、彼の態度は淡々としている。


「じゃあ、レシエム、と呼ばせていただくわ」


 リベアティアは笑顔で応じたが、レシエムは「ああ」と無感動に頷いただけだった。


「それで、今日あなたに会いにきた用件のことだが……先日俺が送った手紙に書いてあった件は、決めていただけただろうか?」


 本題を出され、リベアティアの心は一気に重くなる。仕方なく首を横に振った。


「申し訳ありません。探してはいるのですが、なかなか後見人に相応しい方を見付けられなくて……」


「ふむ、そうか」


 レシエムはなぜか納得したように頷く。


「では、やはりヴェロナ伯にお願いするのがよろしかろう。あなたの義父に当たる方だし、世評も悪くない。後見人として、亡きピサエ伯の遺産と、あなたの身の振り方を委ねるには適任だろう」


 一瞬、リベアティアの頭の中は真っ白になった。


 少し間を置いてから、人名を聞き間違えていないか確認する。


「い、今、何ておっしゃったの?」


 レシエムは訝しそうに眉をひそめる。


「ヴェロナ伯にお願いするのがよろしかろう、と」


 冗談ではない。ヴェロナ伯が後見人になろうものなら、今まで以上に縁談を持ってくるに違いない。縁談のことを差し引いても、できるだけ関わり合いになりたくないというのに。


 怒り寸前の脱力感を覚えながら、リベアティアは恨みを込めてレシエムを見据える。


「それだけは嫌なのです。善意で後見人を引き受けてくれそうな他の方に、心当たりはありませんか?」


「……残念だが、ないな」


 無下な答えだった。こちらの事情を知らないとはいえ、レシエムはヴェロナ伯の何が不満なのか想像もつかない様子だ。こんな時、彼の父親である先代ならば、理由を納得してくれた上で、解決策を講じてくれただろう。親身になってくれた先代が懐かしくて、リベアティアは悲しかった。


「ヴェロナ伯に任せられないのなら、時間をかけてでも相応しい人物を探すとよい。その間は引き続き、俺が後見代理人としての役を務めさせていただく」


 あまり慰めにならないことを、レシエムは言った。これまでも見付からなかったのに、今後、よい人物が現れるだろうか。ヴェロナ伯が縁談を持ち込むようになったのは、先代ラリサ伯が亡くなってからだ。正式な後見人を選任しない限り、これからも同じことが続くはずだ。


 リベアティアは頭を抱えたくなったが、ふと思い付く。


(ラリサのおじさまを基準にするから良くないんだわ。別に人格者でなくても、真面目に領地や財産の管理をしてくれて、わたしに色目を使うこともなくて、ヴェロナ伯の関係者でなければ)


 リベアティアは、自分より頭ひとつほど上背のあるレシエムの顔を見つめる。


「レシエムは誠実な方なのね。後見代理人を引き受けてくださっただけでなく、わたしの後見人候補のことまで心配してくださるなんて」


(まあ、無愛想なのは置いといて)


「誉められるほどのことではない」


「レシエムは、ご自分の領地はご自分で管理なさってる?」


(領地管理を臣下任せにする人は信用できないわ)


「まあ、大方は」


「あなたは法学院を卒業なさったそうだけど、貴族法や民法は修めていらっしゃる?」


(法律に詳しくないと、あとあと苦労しそうだし)


「……専門は国法だが、一応は学んだ」


「じゃあ、決まりね!」


 リベアティアが両手を打ち合わせると、レシエムは一歩あとずさった。


「待て待て。さっきから何が言いたい?」


「今から、あなたをわたしの後見人に指名します」


 レシエムは思いきり眉をつり上げる。


「他を当たればよかろう」


「だめよ。時間をかけるわけにはいかないんですもの。ヴェロナ伯は、正式な後見人がいないことをいいことに、わたしを財産目当ての男と結婚させようと企んでいるのよ。あなたはそれでもよろしいの? お父君の旧友の娘を見捨てても構わないの?」


 事実を多少誇張して、リベアティアは訴えた。この機会を逃せば、いつ基準を満たした後見人候補に出会えるか分からない。今、彼に逃げられるわけにはいかないのだ。


 レシエムはげんなりとしている。


「ヴェロナ伯もそこまで無慈悲なお人ではなかろう。第一、さっき会ったばかりの俺を後見人にするなど、無用心にもほどがある」


「安請け合いする人ほど、かえって信用できません。あなたは違うわ。それに初対面といっても、ご先代のご令息でおいでだし、既に後見代理人を務めていらっしゃるもの」


 リベアティアが言い募る度に、レシエムの眉間に皺が寄っていく。


「俺は秘書官の試験を受けねばならぬ。試験が終わるまでは心配事を増やしたくない」


 それが本音か。リベアティアはむっとした。


「あなたはご自分の都合を、目の前で助けを求める相手よりも優先させるのね? お父君がご覧になったら、何ておっしゃるかしら」


 先代の名前が出ると、レシエムは渋い顔になる。


「次、六十六番の札をお持ちの方!」


 我に返ったように、レシエムが大声のしたほうを見る。応募者受け付けの部屋から、文官が呼びかけていた。レシエムは舌打ちをしたげだ。彼の持っている札の番号なのだろう。表情を歪めても顔立ちの崩れない様が、かえって小憎らしい。息を吐き出すと、レシエムはリベアティアと目を合わさずに言い放つ。


「分かった。後見人を引き受けよう。だが、俺は今まで通り、必要最低限の義務しか果たさぬ。父と違って、俺はお人好しではないからな」


 言い終わるや否や、さっさと受け付けの部屋に向かっていくレシエムの後ろ姿を、リベアティアは無言で眺めやった。


(……今度も失敗だったかしら)

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