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わたしのすてきな後見人  作者: 畑中希月
第三章 変わりゆく心
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第十九話 久々の面会人

 窓からは蕾を付けた木々が見える。だが、咲いている花はひとつもない。今年は、幾分か春の訪れが遅いようだ。リベアティアは窓に背を向けると、寝台の上に横たわった。


 今日は午前中で仕事が終わってしまい、することがない。国王と別居して以来、ロスヴィータは公務以外の行事を全て欠席している。加えて、彼女の私生活は元々派手なものではない。女官たちも自然と暇になってしまうのだ。仕事がないと、かえって色々なことを考えてしまい、気が滅入る。


(あれから、もう一ヶ月がたつのね……)


 レシエムにひどい言葉を投げかけてしまったあの日以降、リベアティアは彼に会っていない。彼からこちらに連絡してくることもなかった。無理もない、当然のことだ、と思う。


「結局、彼と会ったばかりの頃に戻っちゃった……」


 口に出して呟いたあと、それは違う、とリベアティアは自嘲まじりに思い直した。あの時も、リベアティアはレシエムを傷付けてしまい、自己嫌悪に苛まれたが、立ち直ったあとは彼に会う勇気を出せた。今は、どうしてもそれができずにいる。多分、あの頃よりもレシエムと親しくなってしまったせいだろう。


 深い溜め息をつきながら寝台の上を転がる。と、扉を叩く音がした。面倒だったが、リベアティアは起き上がる。


「リベアティア、面会のお客さまよ……って、すごい頭ね。ちゃんと髪を整えてから会ったほうがいいわよ」


 扉の陰から現れたオティーリエは、ぎょっとしたようだ。指で髪をきながら、リベアティアは尋ねる。


「面会人って誰? ヴェロナ伯なら、居留守を使って構わないわよ」


「違うわよ。ヴェロナ伯よりずっと若くて美形の人。応接室でお待ちだから、早く会ってあげなさいよ」


「え、それって、まさか……」


 リベアティアが訊き終わらないうちに、オティーリエはいたずらっぽく笑いながらいってしまった。彼女の言う「若くて美形」で自分に面会にきそうな相手は、一人しか思い付かない。姿見の前で髪をくしけずり、服の皺を伸ばすと、リベアティアは駆け足で応接室へと向かった。


 勇気を総動員して応接室の中に入ったリベアティアは、予想通りの人物を目の当たりにし、ぎこちなく一礼した。


「お久し振り……」


「……ああ、久し振りだな」


 椅子に腰かけたレシエムの態度も、こちらに釣られたかのようにぎこちない。にもかかわらず、やはりレシエムは美しかった。秘書官の仕事に慣れてきたのだろうか。要職に就く者に特有の、自信と威厳を纏っているように見える。頻繁に会っていた頃には、全く気付かなかった彼の変化だ。


 レシエムが遠い人になりつつある。


「少し長い話になると思う。かけてくれ」


 レシエムに勧められるまま、リベアティアは彼の向かいに腰かける。この前のことを、まず謝ったほうがいいのだろうか。そう考えもしたが、なかなか決心がつかない。結局、リベアティアは無難に問いかける。


「……話って?」


「ふたつある。ひとつ目は朗報だ。リヒトとフリーダがじきに結婚する」


 レシエムはほほえんだ。これにはリベティアも気まずさを忘れて興奮した。


「本当に? 式はいつ? リヒトさんの旅のことはどうなったの?」


「そう慌てるな。式は来月の予定だ。そのあとで、リヒトは航海に出る。リヒトは結婚と旅のことで相当両親とやり合ったらしいが、勘当同然で承諾を得たそうだ」


「え……それで良かったのかしら」


「本人は清々した顔だったぞ。元々、自力で道を切り開いていく性分だしな」


 自分自身も清々した、とでも言いたそうに、レシエムは笑った。


 もうひとつ気になることがある。リベアティアは少しためらいながら訊いてみる。


「……女性の相続権を認める法案が審議中だと聞いたわ。そのことをリヒトさんとフリーダさんは知っているの?」


「耳が早いな、リベアティア」


 レシエムは驚いたようだった。彼が法案のことをどう思っているのかは、一見して判断がつかない。


「まだ一般には知られていないことだからな、可能性があるということだけは、リヒトに教えておいた。『フリーダには教えるなよ。せっかく、結婚する気になってるんだから』と言っていたぞ、リヒトは」


 結婚しなくても店を継げると知れば、フリーダの決心が揺らぐかもしれないと、リヒトは心配しているのだ。本人と対面した時にも思ったが、彼には案外繊細なところがある。レシエムと気が合うのもそのせいだろう。


 レシエムは笑顔で続ける。


「君のお陰で決心がついたと、二人は言っていた。その礼もかねて、君に結婚式の立会人になって欲しいそうだ。俺からも頼む」


「でも……わたしは大したことをしたわけじゃないわ。というより、言いたいことを言っただけ、というか」


「二人が君に感謝しているのだ。それでよかろう。……俺も同じ立会人として呼ばれていることだしな」


 レシエムが付け加えた情報に、リベアティアは戸惑った。自分がレシエムと一緒に、彼の親友たちの立会人を務めるなど、許されることなのだろうか。こちらの気持ちを見透かしたかのような真剣な面持ちで、レシエムが口を開く。


「……この前のことを気にしているのなら、その必要はない。俺に謝る必要もな。ただ、くどいようだが、ヴェロナ伯には謝ったほうがよい。いや、謝って欲しい。今すぐにとは言わない。時間がかかってもよいから……」


 前回とは違い、リベアティアもむきになろうとは思わなかった。ヴェロナ伯がこの場にいないせいかもしれない。だが、どうしても、たとえ演技でも頷くことができなかった。代わりに、レシエムに向かって頭を下げる。彼にこうして謝るのは何度目だろう。


「それだけはできないわ……ごめんなさい。この前のことも謝るわ。ひどいことを言ってしまって」


 レシエムは少し落胆したようだった。表情を消し、左手の窓を眺める。


「俺は、リヒトの選択を奴らしいと思うし、応援もするが、自分も同じことをしようとは思わない。……俺は結婚するなら、周りから祝福されて式を挙げたいと思っている。特に身内からは。肉親がいないからだろうか、そう思うのは」


 リベアティアはわけが分からなかった。リヒトが結婚するからといって、どうして彼はそんな話をするのだろう。レシエムの顔付きは、いつの間にか穏やかなものに変わっている。何かよいことを決心したような、満ち足りた表情。


(ああ、そうか。レシエムは、結婚したい相手ができたんだ)


 そう思い至った瞬間、リベアティアは目眩を覚えた。仕方ない。レシエムは美青年だし、頭もいいし、性格だって表面上はともかく、本当は優しい。おまけに地位も身分もある。宮廷の女性たちからも人気があるし、結婚相手は引く手あまただろう。


 自分を納得させようとして、リベアティアは無理やり明るい声を振り絞った。


「ふたつ目の話も朗報じゃない! そんな話をするってことは、結婚が決まったのね。おめでとう、レシエム」


「……は?」


 レシエムはこれ以上ないほど、目を丸くしている。驚くのはこちらのほうだ。


「違うの……? じゃあ、どうしてあんな話を」


「……当たらずとも遠からず、と言うべきか。俺はまだ相手に求婚さえしていないし、相手がこちらをどう思っているのかすら分かっていない。いや、この分だと、先行きは不安か……」


 肩を落とし、額を押さえるレシエムを前に、リベアティアは目をしばたたく。レシエムは恨みがましい視線をこちらに向けた。


「君だ、リベアティア。俺は、君に、結婚を、申し込みたい。理解できたか?」


「──嘘──」


 そう言うのがやっとだった。


 口元を押さえ、リベアティアは椅子の背に倒れ込んだ。まるで腰が抜けてしまったかのように、体が動かない。壊れそうなほどに心臓が高い音をたてている。


 レシエムは気恥ずかしさのためか、白皙の顔を紅潮させる。


「嘘なものか。このような恥ずかしい冗談を言う趣味は、俺にはないぞ。どういうわけだか自分でもよく分からぬし、出会って月日も浅いが、俺は君が好きだ。君が独身主義だということは知っているし、お父君の遺産を継げるようになれば、君が焦って結婚する必要もないことは分かっているが……」


 一気にまくし立てて疲れたのか、レシエムはそこで言葉を切った。


「最後に会った日から、ずっと考えていた。将来、君の後見人を辞す時がきても、俺は君にとって特別な存在でいたい。君は不快に思うかもしれぬが、ヴェロナ伯も俺の意向を承知なさっている。順序が逆になってしまったが、あとは君の答えを聞くだけだ」


 リベアティアは頬を熱くして、頭をめちゃくちゃに振った。


「……待って、待ってよ。そんな急に言われても……」


 レシエムは残念そうな表情を浮かべたが、その答えを予想していたようだ。


「……まあ、そうだろうな。俺たちは付き合っているわけではないのだし。だが、いつか答えは欲しい。どのような答えでもよいから」


 それだけ言い残すと、レシエムは立ち上がった。彼が部屋から出ていったあとも、リベアティアは椅子から身を起こせずにいた。

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