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わたしのすてきな後見人  作者: 畑中希月
第二章 レシエムと旧友たち

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第十一話 過去と現在と

 談話室を兼ねたリヒトの部屋は、寝室とは一続きの設計だが、壁と扉で間仕切りがされている。長男は専用の応接間を与えられているとかで、前にレシエムがこの部屋を訪れた時、四男は損だよなあ、とリヒトはぼやいていた。やがて、執事が葡萄酒を盆にのせて現れ、和やかな空気が広がった。


 レシエムの向かいの椅子に腰かけたリヒトは、屈託のない会話を始める。


「そういえば、お前は親父さんの跡を継いだんだよな。で、今は何をしてるんだ?」


 リヒトはレシエムが養子であることを知っているが、こういった質問をする時も悪びれない。レシエムは微笑する。


「今月から宮仕えを始めた。まあ、今は雑務しか任されていないが」


「へえ、仕官なんてお前にはぴったりじゃねえか。法学院に残って学者になるよりも、実務に携わってたほうがお前らしいよ」


「そうだろうか」


「ああ、早いところ大法官にでもなって、ちっとはこの国をましにしてくれ。お前ならできるんだからさ」


 大法官は、最高裁判官であると同時に宰相でもある、マレ王国最高の官位だ。レシエムの観察する限り、国王シュツェルツは、大法官の職権を制限したがっているようだが、それでも大役であることに代わりはない。


 レシエムは苦笑する。


「あまり焚き付けるなよ。ところで、お前のほうはどうなのだ? 法学院を辞めたと聞いたが」


 リヒトは複雑そうな顔をした。ついに訊かれてしまったか、という面持ちだ。


「まあ、な。ちょっと理由があって、辞めることにした」


「理由とは?」


 レシエムが重ねて尋ねると、リヒトは口ごもった。逡巡するように辺りを落ち着かなく見回し、レシエムから視線を外して答える。


「……フリーダと結婚するつもりだった」


 フリーデリーケ・マグノーリエ。夏の日差しを思わせる彼女の笑顔が瞼の裏に蘇り、レシエムは軽く目を細めた。リヒトとフリーダが結ばれてから、こんな報告を聞くこともあるだろうと、覚悟はしていた。

 

 鈍い衝撃は、やがて潮が引くように去っていった。


(意外に、あっさりしているな。俺は)


 初恋の女性と親友が結婚するということを告げられたというのに。訝しさに首を捻るうちに、レシエムはリヒトの回答が不自然であることに気付いた。


「待て、リヒト。『結婚するつもりだった』とはどういうことだ? なぜ過去形なのだ」


 苦々しげにリヒトは吐き捨てる。


「断られたんだよ、フリーダに」


 驚きを隠せず、レシエムはさらに問いかける。


「まさか。原因は?」


「知らねえよ。初めはあいつも乗り気だったし、向こうの親父さんも賛成してくれてたんだ。けど、話を進めていくうちに、あいつは突然怒り出して……あとは想像つくだろ? 喧嘩別れだよ。おまけに、結婚を計画してたことが、親父とお袋にばれちまって、いいことなしさ」


「結婚のことを相談しなかったのか? ご両親がお怒りになるのも当然だろう」


「仮に相談してたとしても、あの親がフリーダとの結婚を了承するはずねえよ。親父の奴、俺にこう言ったんだぜ。『料理屋の娘と結婚して何になる』ってな」


 レシエムは返す言葉もなかった。リヒトとフリーダが相思相愛だと分かる前、レシエムも考えたことがある。もし、フリーダが自分に振り向いてくれたとしても、養父の手前、結婚を請えるだろうか、と。


 レシエムの実母は農家の出身だ。身分の異なる実の両親の交際と結婚は、養父母に多大な迷惑をかけたらしい。


 ──いくら跡継ぎが生まれないからといって、何もあのような曰く付きのお子をご養子になさらなくとも……。全く、旦那さまのお人好しにもほどがある。


 ──その通りだ。元はといえば、旦那さまがラリサに隠棲なさることになったのも、あの若さまのご両親のせいなのだからな。


 子供の時、使用人たちの会話を聞いてしまってから、レシエムは養父母への申し訳なさと、亡くなった両親への複雑な想いを抱えるようになった。それだけならまだよい。自分自身の問題だ。しかし、自分はどこかで、母の出自を恥じ入ってはいなかったか。フリーダに好意を寄せながら、自分とは相容れない存在だと思ってはいなかったか。


 まるで、自分自身の卑屈さと傲慢さを突きつけられたような錯覚に、レシエムは目眩を覚えた。


(俺は愚か者だ。フリーダに結婚を申し込む勇気があるリヒトには、到底かなうわけがなかった……)

 

 レシエムは呟くように謝罪する。


「……悪かった。根掘り葉掘り訊いて……」


「お前が謝ることはねえよ。俺とお前の立場が逆だったら、俺も同じことをお前に訊いただろうしな」


 いつもの笑みを浮かべ、リヒトは言った。少し伸ばした頭髪を掻き回しながら、付け加えるように話す。


「それがきっかけで、親父の奴、ようやく俺が結婚できる歳だって気付いたみたいだぜ。貴族の娘との見合い話をいくつも持ってくるんだ。全く、どこまで伸し上がれば気がすむんだか」


「その話の中に、ピサエ伯爵令嬢との縁談はなかったか?」


 本来の目的を思い出し、レシエムは慌てて訊いた。リヒトは少し考え込むように、顎に手を当てる。


「……ああ、先月、そんな話を聞いたな。両親はおろか、後見人もいないってお嬢さんだろ? あのくそ親父、わざわざ気の毒な境遇の娘さんを探してるんだ。そのほうが有利に話が進むってな」


 やはり、リベアティアは政略結婚を目指す輩にとって、格好の餌食のようだ。後見人を引き受けて良かったと、レシエムは心底から思う。


「当時はそうだったが、そのご令嬢には正式な後見人がついた。……俺だ」


 レシエムが打ち明けると、リヒトは目をしばたたかせる。


「後見人? お前が? 女の子の後見人を引き受けるレシエムって、想像できねえなあ」


「半分は成り行きだ。元々、彼女は父の被後見人だった」


「そうか。お前と縁のあるお嬢さんを政略結婚の相手に選ぶとは、親父の奴、ますます許せねえな。……まあ、安心しろよ。親父が何て言ってこようと、俺は見合いをする気はないし、当分結婚もしないつもりだ。まだ、もうひとつの夢は残ってるしな」


 リヒトにその気がないと分かり、レシエムは一安心する。だが、潰えてしまったほうのリヒトの夢を思うと、心苦しい。残された夢がどんなに壮大であっても。


「東方を旅する、という夢か? お前の昔からの目標だったからな」


「ああ。結婚したのに何年も家に帰ってこないんじゃ、相手に悪いだろ? あいつのためになら諦めてもいいと思ってたが、もうその必要もないしな」


 リヒトは寂しそうに微笑した。自分まで胸が詰まりそうになり、レシエムは押し黙る。リヒトは水晶の杯に入った葡萄酒に口を付けたあと、唐突に話題を変えた。


「ところでさ、ピサエ伯爵令嬢って、美人か?」


 葡萄酒を飲み込むところだったレシエムは、咳き込みそうになる。


「……どうかな。他の貴族令嬢と比べても特別美人とは言えないし、まだまだ子供っぽい。それに気が強い上に強引な性格だ」


「お前ってさあ、昔から気に入った相手のことを妙にけなすんだよな」


「そ、そうだったか? 俺はただ事実をありのままに述べただけで……」


「どうだかなあ。そうだ、今度彼女に会わせろよ。美人かどうか、俺が直接確かめてやるからさ」


 先程までが嘘のような張りのある表情で、リヒトは提案してきた。再会の懐かしさから、ついつい彼の性格を失念していたレシエムは、自分の迂闊さを呪った。


(そうだ、こいつのせいで、俺はリベアティアからあらぬ疑いをかけられるはめに……ええい! 国王陛下といい、どうして俺の周りは、女にだらしない男ばかりなのだ)


 レシエムは断言する。


「だめだ。見合いはしないと言ったばかりだろう。それに、お前のような女好きを彼女に会わせるわけにはゆかぬ。後見人は保護者代わりだからな。まともな父兄が娘や妹をお前に会わせると思うか?」


「何だよ、その言い方。別に手を出そうなんて、考えちゃいねえよ」


「当たり前だ! 大体、そのようなことを軽々しく口にするな」


「妙に突っかかるよなあ。もしかして、レシエム。お前、彼女に惚れてるのか?」


 冷やかすようなリヒトの質問に、レシエムは絶句する。返答しなければ、肯定するのと同じようなものだと気付き、何度も首を横に振ってみせる。


「だ、誰が。被後見人をそのような目で見るなど、預かり物を盗もうとするようなものだぞ」


「ふうん。相変わらずお堅いなあ、お前は。……まあ、俺もさっきのことは思い付きで言っちまっただけだし、忘れてくれ。お前がそんなに大切にしてる()だ。無理に会いたいとは思わねえよ。念のために言うが、彼女との見合いの話はちゃんと断っとくから、大丈夫だ」


 リヒトは柔和に笑うと、もうその話題には触れてこなかった。

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