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わたしのすてきな後見人  作者: 畑中希月
第二章 レシエムと旧友たち
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第十話 友との再会

 帰宅すると、レシエムは早速配下の騎士オルーフに命令を出した。リヒトが今でも寝起きしているはずの、法学院の学寮への使いだ。面会の約束を取り付けられれば、事態を収拾するのは難しいことではないだろう。リベアティアから送られた剣帯を、きちんとしまっておくよう、ヴィンフリートに申し付けることも忘れなかった。


 翌日の夕食時、レシエムはオルーフから報告を受けた。家族のいないレシエムを気遣ってか、オルーフは食事に同席してくれることが多い。礼儀に厳しいヴィンフリートも、こればかりは黙認していた。


「リヒトが法学院を退学していた?」


 二人で囲むには大きすぎる長方形の食卓を前にして、レシエムは驚きの声を上げた。


「ああ。去年の冬期休暇に入る直前に辞めたそうだ。詳しい理由は、学生や教授たちも知らないようだな。長旅に出るからだとか、結婚が決まったからだとか、噂だけは色々あるようだがなあ」


 ナイフで鶏肉を切り分けながら、オルーフは答えた。彼は屋敷の中で唯一、レシエムに気安い口調で話しかける人間だ。武芸や兵法の師であるオルーフが、自分に対してへりくだる必要はない、とレシエムは思っている。レシエムがラリサ伯家の養子に入った、七歳の時から続く習慣なので、当人たちにとってはごく自然なことだった。


「オルーフ卿、ラリサ伯家のご当主になられた方に向かって、そのお言葉遣い。何とかなりませぬか」


 うしろで給仕を務めるヴィンフィリートが、厳格に注意を促す。またか、という顔で肩をすくめるオルーフに代わって、レシエムはヴィンフリートを見やる。


「構わぬ。いきなり態度を変えられたのでは、俺も落ち着かぬからな」


 オルーフは大きく頷く。


「さすが、若。話が分かる」


「態度は変えずともよいが、『若』というのはやめろ。俺はもう十九の大人だ。俺が四十、五十になってもそう呼び続ける気か」


 レシエムがきっとなってオルーフを睨み付けると、うしろから上品な笑声が漏れた。ヴィンフリートが笑っているのだ。居心地の悪い思いで、レシエムは話題を戻す。


「……で、オルーフ。どこに行けばリヒトに会える?」


「そうそう。そのあと、ホルテンジエ家に直接出向いたんだが、今、彼は家にいるそうだ。本人に用件を伝えてもらったから、翌日にも会えるが……どうする?」


「翌日なら、ちょうど休みだ。むろん会いにいく。ヴィンフリート、仕度を頼む」


「かしこまりました」


 ヴィンフリートが深々と一礼する気配を感じながら、レシエムは黙々とスープを口に運んだ。

 

 リヒトはレシエムと違い、法学院卒業を目的とする学生ではなかった。商法を学び、人脈を作るために入学したのだと聞いている。そもそもリヒトの目的は、東方を見聞することであり、時機がくれば、いつ法学院を辞めてもおかしくなかった。


(だが、何かが引っかかる……。第一、なぜ誰もリヒトが辞めた理由を知らない? あいつの交際範囲は広かったはずだ。それに、噂がばらばらなのも気になる。リヒトは旅に出たわけではないし、縁談が成立したわけでもない……)


 スープをたいらげたレシエムが口元を拭っていると、オルーフが銀杯を手に嘆息する。


「しかしなあ、一人前に扱って欲しいなら、若もそろそろ考えたほうがいいぞ。三十路の男と食卓を囲むってのも、いい加減寂しいだろ?」


「考える? 何をだ」


「決まってるだろ。奥方をもらうんだよ。早く俺に甥っ子か姪っ子を見せてくれよ。男が生まれたら、武芸は俺が叩き込んでやるからさ」


 オルーフはすまし顔で語った。レシエムはぽかんと口を開けたが、頬が紅潮するのを感じ、我に返った。気恥ずかしさを振り払うようにオルーフを怒鳴りつける。


「子供が欲しいなら、まずはお前自身が結婚しろ! 大体、いつからお前は俺の兄になった」


「そう言われても俺には兄弟がいないし、独身生活を謳歌してるからなあ。若が結婚すれば、皆喜ぶぞ。……そういえば、この前俺が迎えに上がったピサエ伯爵令嬢、綺麗な姫さまだったな。気立ても良さそうだったし」


「な、なぜ、そこで彼女の名前が出る」


「私も子供がおりませぬので、せめて旦那さまのお子さまを目に焼き付けてから、神界に旅立ちとうございますなあ」


 ヴィンフィリートの情感あふれる述懐に、レシエムは頭を抱えたくなった。


 養父から託されたラリサ伯家を繋ぐためにも、いずれ結婚は必要だろう。それが養父母へのせめてもの恩返しだ。レシエム自身、新しい家族を作るというのも、悪くないと思っている。


(いつか出会えるのだろうか。浮ついた心とは無関係に、将来をともにしたいと思える相手と)


 葡萄酒を口に運びながら、レシエムはそんなことを考えた。




 翌日の昼下がり、ヴィンフリートに見送られ、レシエムは屋敷を出発した。馬は使わず、服装も平服に外套を纏っただけの簡単なものだ。他には身分を証明するための印章指輪と、護身用の剣を身に着けただけなので、周りには裕福な街の若者としか映らないだろう。この格好で出歩くのは久し振りだ。


 貴族の邸宅が並ぶ街路を抜けると、次は郷紳の邸宅が集中し、さらにそこを抜けると大商人たちの邸宅がそびえ立っている。彼らの屋敷はそのほとんどが新しいが、一見すると貴族のものと大差ない。それどころか、うだつの上がらない貴族の屋敷より、よほど豪勢だろう。以前、ホルテンジエ家を訪問した時、レシエムはその贅を尽くした造りに驚いたものだ。


 リヒトの父親は毛織物の輸出により、一代で莫大な富を蓄えた。財を得た人間が次に求めるものは、地位と名声だ。いくら財産を持っていても、国王から何らかの功績を認められ叙爵されなければ、貴族にはなれない。彼が息子をピサエ伯の遺児と結婚させ、貴族の仲間入りを果たそうとするのも道理ではある。


 だが、その相手がリベアティアとなると、話は別だ。友人としての私情は挟まず、リヒトを説得しなければならない。


 ホルテンジエ家の前にたどり着いたレシエムは、門番に来意を告げた。若造の訪問に、最初は面倒そうに眉をしかめていた門番も、レシエムがさり気なくラリサ伯の印章指輪をちらつかせると、目の色を変えた。丁重に玄関広間へと通されたレシエムは、見知った顔の執事に出迎えられ、「しばらくお待ちください」と恭しく頭を下げられた。その場に設えられた絹張りの椅子にかけるよう勧められ、珍しい紅茶まで用意される。


(やれやれ、四男の友人というだけでは、これほどのもてなしは受けられぬだろうな)


 元々、レシエムは子爵家の跡取りとして生まれ、ラリサ伯家の相続権は遠いものだった。ところが、ラリサ伯家に嫁いだ伯母が、子宝に恵まれなかったところに、レシエムの両親が馬車の事故で死亡するという事件が起こった。伯父であるラリサ伯は実子の誕生を諦め、両親を亡くしたレシエムを、跡継ぎとして育てることに決めたのだ。


 身内の不幸が重なったことで、レシエムはラリサ伯位を襲爵した。その爵位に敬意を払われるのは、どことなく気まずい。


「よお、レシエム! 久し振りだな」


 陽気な声に、レシエムは顔を上げた。赤みがかった褐色の髪、緑を帯びた青い瞳。見るからに女に好かれそうな笑顔を浮かべ、リヒト・ホルテンジエはそこに立っていた。彼と会うのをためらっていたことが嘘のように、レシエムは口元を綻ばせ立ち上がる。リヒトから差し出された手を取り、レシエムは固く握手を交わした。


「こちらこそ久し振りだ、リヒト。すまないな、長いこと顔を見せずにいて」


「気にすんなって。お前も親父さんが亡くなって大変だったろうし。ま、俺のほうでも色々立てこんでたしな」


 リヒトは少しだけ笑顔を翳らせたが、すぐに明るさを取り戻す。


「とにかく、こんなところで話すのも何だ。俺の部屋に行こうぜ」


 レシエムは異議なく頷き、リヒトとともに三階にある彼の部屋へと向かった。

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