約束
キミと会ったのは、行きつけの焼き鳥屋でアイツと再開した帰り道だった。そう言えばアイツ、後から肩を叩いた時、随分驚いていたっけ。まあ無理もないか。
キミは両足を肩幅よりちょっと開き、力強い目線をこっちに向けて、歩道のど真ん中で突っ立っていたね。
デニムのショートパンツからすらりと伸びる長い足。手は着崩した大きめのパーカーのポケットの中。黒のマニッシュボブに、斜めにかぶった、どこかの野球チームのキャップ。スニーカーは、あれは何のメーカーだったっけ。まあいいや。
横に傾げた顔が妙にふてぶてしい。それが第一印象だったかな。だけど整った攻撃的な笑顔に、悔しいけど見惚れてしまったんだよ。それと少し懐かしくも思ったかな。なんでかな。
キミはそのまま、つかつかと近づいてきた。アイツ、たじたじだったな。ちょっとだけ可笑しかったよ。
桜が見たい。そんな素振りを見せると、キミは笑って二回頷いたね。
アイツはなぜか嫌がっていたようだったけど、キミに腕を抱えられ引っ張られて、しぶしぶ付いてきたっけな。正直、羨ましいって思ったんだ。キミは美人だしスタイルもいいからね。あの時、ちょっと渋ってみたら、キミは同じことをしてくれたかな。
河川敷の桜並木はちょうど見頃だったよね。キミは上ばかり見て、逆にアイツは下ばかり見ていたな。綺麗に咲いているのに勿体無いよね。それとも散った花びらの方に興味があったのかな。目に映る二人の対比が可笑しくて吹いてしまったら、キミはちょっと拗ねてたっけ。可笑しいよ、絶対。
ここの桜も良かったけど、本当に見たい桜はここじゃないんだよね。そしたらキミは知ってるとばかりに、静かに笑ったね。見透かされているようで、ちょっとだけ怖かったかな。
アイツは帰りたがっていたけど、ここまで来たからね。せっかくだから付き合ってもらうよ。話もあることだしね。
一本の山桜。変わらないな、見事なものだ。キミはさすがにちょっと緊張してるかな。アイツは笑っちゃうほど顔が青ざめているね。真夜中だし、山奥だし、ちょっとした想い出もあるだろうし。それにね、仕方ないよね。
向こうに見える小さな小屋。秘密基地って呼んでいたっけ。今考えれば子供じみた遊びだったね。まあ、あの頃は子供だったしね。そこから見たこの桜の木。アイツは覚えているかな、と横を見ると同じ方を見てら。忘れるわけ無いか。
二十年後、桜が咲いたらこの木の下で会おう。約束をしたね。アイツと目が合う。するとコクリと頷く。憶えていてくれたのかい。嬉しいよ。
だけどなぜかキミも頷いたよね。知ってるの、二人の約束のこと。え、二人じゃないって。ごめん、思い出せないや。
キミはしょんぼりうつむき加減。待ってよ、今、思い出すよ。
学校の帰り道。毎日通った秘密基地。剥がれかけのトタン。壊れかけの椅子。カエルの置物。自転車のスポーク。欠けた湯のみ茶碗。壁に掛けられた錆びついたナタ。ひび割れた切子の灰皿。隙間から差し込む型どられた日差し。薄く積もった砂埃。土の匂い。木の匂い。迷い込んだ一匹の仔猫。
あれ、ひょっとして。
キミは嬉しそうに拗ねた顔を上げる。そして横に大きく口を開いて笑う。約束した時、確かにキミもいたね。憶えていたんだ。ありがたいよ。
三人で桜の木を見上げる。今度はアイツも見上げてる。昔と変わらないな。相変わらず気の抜けた笑顔だ。もう、怖くはないんだね。
キミが急に後から抱きつくもんだからびっくりしたよ。右手と左手、両手に二人。アイツ、顔が赤いや。可笑しいな。だけどこうしているのも悪くないかな。ちょっと恥ずかしいけどね。
朝が近づいてきた。残念だけど、そろそろ帰る時間かな。キミは先に帰ると、手を振りながら笑顔で暗がりに消えていった。
アイツと顔を見合わせる。泣くなよ、また会えるよ。
肩をぽんと叩き、振り返る。おいおい付いて来るんじゃないよ。こっちじゃないだろ。そしてなんで笑ってるんだよ。
笑い声が、聞こえる。
「なんだ。帰り道、一緒だったんだ」