一話
春のうららかな陽気だった。
小鳥が囀り、暖かな風が吹く。青い空には雲一つなく、その日差しは母親がやんちゃな子供を見つめるように優しかった。
桜並木の下を僕はゆっくりと歩く。
スーツを着たサラリーマンが、家族の為に会社へと通勤する。その横では子供と自転車で二人乗りをしている母親の姿がある。おそらく、子供の見た目からして幼稚園へ送っていくのだろう。その後ろには柴犬を散歩させているおじいさんがいる。
みんな、春の陽気を僕と同じように堪能しているようだった。
僕、渋谷ユウキは高校一年生の春休みを満喫していた。
三月の終業式からはや一週間。僕はこの一週間、家の中でダラダラしきっていた。趣味の読書で一日をつぶし、ペットであるアメリカンショートヘアのショウタロウと一緒に、部屋の中をゴロゴロしていた。
こんなインドア派の僕であるけれど、今日は親友のカズヤと一緒にスポーツ観戦をするために外に出ている。僕は休日、あまり外に出たくない派だけれども、カズヤからの誘いを断ることはしなかった。僕もカズヤもともに格闘技ファンであり、プロの試合もアマチュアの試合も頻繁に観戦している。今日はアマチュアの格闘技の試合があり、僕はそれを楽しみにしていた。
桜並木の道の下を潜り抜けると、目の前には交通量の多い交差点がある。信号は赤。個々の信号はなかなか変わらないことで有名であり、ほんの少し待たされることになる。
道を挟んだ向かいの喫茶店の中に、カズヤの姿が見えた。
僕とカズヤは小学校を入ったころからの幼馴染で、家も隣同士。付き合いは十年以上にもなる。
カズヤは身長が一六〇センチ半ばの僕と比べて、とても高い。学校で行われた身体測定では一九〇センチ超えをたたき出し、今もなお成長中とのことである。羨ましい。
小学校低学年までは僕のほうが身長は高かったのだが、高学年に入ってからのカズヤの成長具合は凄まじかった。たった一年間であっという間に抜かれた。
一九〇センチ越えの高身長に短髪、筋肉質の体は細いながらも引き締まっている。凛々しい眉毛の下の三白眼のせいで少々きつい印象があるが、本人は寡黙であり心優しい人物である。
それに比べて僕は、特に特徴のない人間だ。どこにでもいるような凡庸な人間。正直、幼馴染でなければ僕はカズヤに近寄ろうともしなかったであろう。僕たちの好きな格闘技観戦も、カズヤは実際に選手としてやっていけると思うが、僕には無理だ。格闘技に限らず、他のスポーツでも無理だと思う。
信号が青に変わった。
喫茶店の中にいるカズヤと目が合う。
僕は小走りに交差点を渡る。どうやら待たせてしまったらしいし、少しでも早く試合を見に行きたかったからだ。
カズヤの眼が大きく開かれた。
何だろう? 何か驚くことを見てしまったかのようだ。
僕はふと横に目を移す。目の前には大型トラック。
そこから先は何故かスローモーションになった。
ゆっくりと僕に近づくトラックに対し、僕の体は動かなかった。
人間は危機的状況に陥った時に周りがゆっくり動いて見えることがあると、この前テレビでやっていたな。そんなことを考えながら僕の意識は真っ黒になった。