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七薔薇物語

七薔薇物語 ―緑薔薇―

作者: 矢玉

七つの薔薇にまつわる 物語


緑薔薇 敗北の死

 その日溜りの届かない店の一番奥のテーブルには、いつも少女が一人で座っていた。

 重たげな濃灰の髪を結いもせず背に流し、黒味を帯びた緑陰の色をした瞳を伏せていた。長い睫毛が影を作り、ことさら陰気に見せていた。濃緑のベロアのドレスを脱げば、もっとずっと若いのではないか、もしかしなくても同世代ではないかと思うのに、なぜかいつも彼女はその服を着ていた。

 幼い頃おつかいに寄る程度で店に来ていた頃はわりと本気であれは精巧な生き人形なのだと思っていた。客として通うようになって初めて、動くところを見た。


 少女の動きはただ二つ。

 紅茶で喉を潤すために右腕を持ち上げることと、

 チェスと挿すため左腕を動かすこと。


 代打屋のチェスマスタ。それが彼女の名の変わり。

 彼女の周囲はいつも空気が凍っていた。いや、彼女が動けばその周りの客さえ凍らせる。

 マスタやバーテンに声をかけられると、窓の一点に向けていた瞳を瞬きする事無く動かし、対戦相手をみつめる。その鏡のような眼差しに耐えられる男は、いや人間がいるとは思えないほど硬質な瞳。

 無機物のようなけれど、爬虫類めいた孔雀碧石の一対。その瞳の魔力なのか、

 言わずもがな、僕を含め誰ひとり彼女から勝ち星を奪うことはない。

 彼女に勝てる人間はいなかった。彼女が負けるところを、僕は眼にした頃が無かった。皆に聞いても同じだった。不敗の女王。常勝の魔女。

 何時しか僕の興味は店の酒より彼女の動向にむかっていた。


 もし勝ったならば、彼女と話すことができるだろうか。

 彼女はあのビスクドールめいた容貌を動かすことなどあるのだろうか。

 店を訪れ、会話をし、笑いかけてくれることなど、あるのだろうか。


 好奇心が興味を呼び、じっくりと時をついやし、興味が恋慕へと変化をとげる。

 嫌いな叔父貴にすら頭を下げ、僕は腕を磨いた。




 そうしてある日、僕は勝った。

 さあ彼女はどんな顔をするだろう。

 呆然とする?泣く?嘲笑う?微笑む?青褪める?

――――――彼女は高らかに哄笑した。


「それでは皆さんごきげんよう」

 ベロアのドレスの胸元から出した黒い小瓶の中身を一息に干し、彼女の白い喉がこくりと動く。彼女は微笑を浮かべ、崩れ落ちた。


 彼女の黒い靴底を、僕は始めて目にした。

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