第八話
クソ馬鹿野郎ってぼやいても、一瞬なんだよな。
堕龍の放った炎は、あたしがぼやいている間にも迫ってくる。
あっという間の出来事だけど、焦るほどには緊迫感は、ないんだな。
右手を大きく下から上に振る。堕龍の放った炎は、あたしの手前で丸く四方へ滑っていく。まるであたしを丸い球体が包んでいるように、炎は避けて通過した。
これくらいは朝飯前ってなもんでしょ。先刻、急いで貯めた魔力が、見えない壁になって身を守ってくれる。って、これからどうすんのよ。
とりあえず、足に魔力を通して後ろに飛んで距離をとった。魔力を使えば身体能力も強力にできるって言ったよね?
枯れてない下草の縁に着地。狙ってたわけじゃないけど、なかなかの場所じゃない。これなら、身を隠すことも、そう難しくないでしょ。
“ほう、あれを受け流すのか。では、これは、どうだ”
え? ちょっと、もう攻撃っすか? 少しは落ち着こうよ。って、あたしが言えた義理じゃないか。こっちも速攻だったしね。
無駄かもしれないけど、横っ飛びで膝丈の草むらに飛び込んだ。身を隠し、再度、魔力を貯めないと、このままじゃ底をつく。
“隠れたつもりか?”
あはん、やっぱ、無理?
堕龍は、一度大きく身を震わせた。パラパラとウロコが落ちたように見えたが、地面に落ちる前に見えなくなった。
あたしの中で警鐘が鳴り響く。ヤバイ、蟲だ。
考えるより身体が素直に反応した。あたしの背丈の倍以上にジャンプして、二度ひねる。手足には魔力が込められてる。小さな悲鳴が、いくつも上がっては消えた。風に蟲だったウロコがキラキラと散る。
着地したところに、堕龍はもう一度、蟲を飛ばしていた。避けられない。
手足には、まだ魔力のなごりがあって、取り付かれてもその場で砕け落ちたが、無防備な身体まではカバーできない。取り付かれた瞬間に、焼け付くような痛みが走る。と。同時に襲う虚脱感。くっそ、こいつら魔力を吸ってやがる。
痛みと虚脱感に、不覚にも右膝が地面についた。次に痛みが引いてゆく。内臓にまで入られた証拠だな。ちくしょう。
幸いなことに、あたしの予想はひとつ当たったみたいだ。堕龍は、身体をくねらせて前進してくるが、その速度は驚くほど遅い。慎一郎が歩くのと大差ない。
ここを逃す手は無い。
両手両足を地面に付けて、完全に四つんばいになる。情けないが、この方が楽だ。
一気に意識を集中して、魔力を貯める。身体の中心が熱くなる。身体の中で、小さな悲鳴が上がるのが感じられた。
けっ、半端な蟲ごとき、より以上の魔力に耐えられるわけないだろ。そのまま、急速に魔力を高める。全身がボウっと光りだしてきた。理屈はわからないけど、急速な魔力の溜め込みは、こうして身体が光りだす。
“ん? 貴様、高等魔術師か。見くびっていたか。人間界も捨てたものではない”
うっせいっちゅうんじゃ! あたしは、人間じゃないっての!
虚脱感が抜けると同時に立ち上がる。ひ〜、あぶないあぶない。
こいつは、戦略の変更が必要だよね。出来れば、遠くから勝負したかったんだけど、無理と判明。ってことは、動きの遅いのを優位にせねばなるまいよ。
肉弾戦は、趣味じゃないんだけどね。いっくよ〜ん。
出来るだけ全身に魔力をまわしながら、手足に強く集中させる。握り締めた拳が、明るさを増す。膝から下も同様だ。
地を右足で蹴った。一瞬で距離が詰まる。堕龍の鉤爪が振り下ろされるのを左にかわして、顔面に右フックを叩き込む。
堕龍が吹っ飛んでいく。地面に三度バウンドして、焼け野原の上を滑っていった。
それについて行くように地を蹴って、滑り止まったところで、左足を軸にして半回転のキックをおみまいじゃ。
地面をスレスレに堕龍が飛んでいく。ここまできたら、攻める。追いかけるようにジャンプする。もちろん、堕龍の止まるとこは、見当つけてる。上から踏みつけてやっからな。魔力たっぷりのキックを思い知れ。
って思ったら、あんの野郎、立ち上がるの早い。上半身を、すっくと起こしたかと思ったら、眼の前に奴の尻尾が迫ってた。腹にもらって、ジャンプした元の位置まですっ飛ばされた。
魔力でガードされてるから、大したことはない。ちゃんと、両足で着地したもんね。
“図に乗るなよ。小物め”
やっぱ、致命傷じゃないよな。けど、肉弾戦なら、いい勝負に持ち込めるってことは、確かだと思うね。証拠は、奴のご機嫌が、余裕あるようには見えなくなったってことで十分。
効果的なら、続けるしかない。ただ、あたしの体力がもつかどうか。
もう一度、魔力を貯めに入る。あたしの身体が、今一度、光りだした。
“愚かな。二度も同じか”
ありゃ、バレてます? でも、堕龍のスピードじゃ、あたしにはついて来れないのは実証済みだろが。
地を蹴って、直進するように見せて、目の前で姿勢を低くし、左に回りこむ。後ろに回ったところで、右足を叩き込む。堕龍は、あたしの前をゴロゴロと、前転するように転がって……行かなかった。
吹っ飛んだのは、あたしの方。何が起こったかは、あたしにもわからなかった。気が付けば、宙を飛んで、したたかに背中を木の幹に打ち付けた。
魔力ガードのお蔭で、怪我をするまではいかないが、息が止まるくらいは仕方ないか。
ゴホゴホと咳き込んで、立ち上がってみて、びっくり。
なるほど。龍の血族は伊達じゃないってことか。
龍の血族には、ある伝説がある。確かめた者がいないから、はっきりとした記述は無いが、伝説としては残ってるんだ。
龍の血族は、四大元素の力を、それぞれ属性に従って行使できる。
堕龍は、地に落ちた龍。ならば、属性は地であってもおかしくはない。
現に、あたしの眼の前の奴は、自分の廻りに土の壁を張り巡らせ、それが生き物のように蠢いているじゃないか。
こいつは、ちょっとまずいことになった。
四大元素の力は、あたしの使う魔力とは、根本から違う。魔力は、大気の中や自然界の中にある特定の力を、自分の中に溜め込んで使う。使い方は、術者の適用に左右されるけど、基本的に使うものに制限はない。火に変えようが、氷にしようが、水や風にも出来るし、身体の能力を高めることにも使える。その気になれば、空だって飛べるけど、結構な集中力がないと、どこへ飛んでくかわからないから、みんなやらないだけ。
だけど、四大元素の力は、それ自体が力として存在している。いうなれば、固有の力なんだけど、それを使うことはできない。力の作用が解明できないからなんだ。
地の力は、地震だったり火山だったり。風の力は、嵐だったり真空だったり。火の力は、火そのものや太陽の熱だったり。水の力は、波や雨といった具合。それに介入して、その力を行使するなんてことは出来ない。それぞれが、それぞれに作用しあって、あらゆる現象を起こすんだけど、それを使う方法が、有史以来、ソロモンじいさん以外解明されていないってこと。
それを無条件で使えるってのは、龍の血族の特性だと伝説になってるってわけだけど、ここでその証明が成されたわけだ。伝説ってのも馬鹿にできないもんだよ。
厄介なのは、それだけじゃない。
あたし達の魔力は、結構な時間を貯めに使う。急速な貯めは、あたしみたいに光ったりして気付かれやすい。でも、四大元素の力は、それ自体に力があるものだから、貯めも何もあったもんじゃない。つまりは、使いたい放題ってわけ。それって、反則だよな。
堕龍の廻りで動いていた土の壁は、左右に分かれると固まり始めた。なんてこった、堕龍の形になったじゃないか。分身ってわけだ。
さすがに色までは変わらない土色だけど、形は寸分違わぬ堕龍だ。それが、ジワリと前進してくる。
不気味な光景だけど、驚きはまだ続いた。前進した堕龍の後が、また盛り上がったかと思うと、再び堕龍の形に変化する。こいつは、際限なく出て来やがるってことか? まったく、手が込んだ仕掛けだこと。
でも、所詮は木偶だろ? 叩き潰せば、それまでだろ。
魔力を貯めると同時に、手足に送る。貯めると使うを同時に行うのは、本来はやっちゃいけない。集中力が分散されるだけに、どちらも中途半端になりやすいからだ。
だけど、今は四の五の言ってられる余裕なんてないちゅうの。いっくぜぇ〜。
背中の木を踏み台に、身体を半回転させながら、土堕龍に突進する。かなりの衝撃だったけど、見事に粉砕した。ボロボロと土に還る。あったま、いって〜けどね。
次、二匹目。
着地を右手一本で支えて、そのまま回転を加え二匹目に。
頭じゃ痛すぎなんで、今度は両拳を突き出す。粉砕…って思ったが、二度目はなかった。金属のような音と共に、あたしの身体が弾かれた。くっそ、金属を混ぜたか。
倒れこんだところに、上段から殺気が降り注ぐ。右に反転してかわしたところに、銀色に光る大型の刃物が打ち付けられた。
バック転で距離をとって確かめれば、二匹目の土堕龍が、長い尾を銀色の刃物に変化させて、不気味にくねらせていた。
その後ろ、四匹の土堕流が出来上がっていた。それぞれが、少しずつ形が違う。爪が以上に長い奴。頭に大きな角を持った奴。前進が針の山な奴。鞭のような手と尾を持った奴。こりゃ、一筋縄ではいかないか。はぁ、溜め息しか出ないよ。でも、負けない!
武器には、武器。
腰に巻いていたベルトを引き抜く。一振りする間に、ありったけの魔力を叩き込む。甲高い悲鳴のような音と共に、ベルトは剣のような形に変化した。まぁ、こういう魔力の使い方もあるってこと。っていうか、あたしの隠し技で、滅多にやらないんだよね。疲れるんだ、これ。
魔力を持続させるために、常に魔力を送らなきゃならないし、魔力を補充するのに貯めを常に行うことになる。それに、これを生かす身体能力も維持しなきゃならないから、魔力の量って半端じゃないんだよね。そう長い時間はもたない。
“くだらんな。小手先の誤魔化ししか出来ん高等魔術師とは。経験不足とは、罪に等しい”
ええい、後ろの方でぼんやりしてやがるくせに、いっちょまえに大口叩くなっての。
降りかかる刃物を弾いて、瞬時に懐に入り込む。下段から切り込んで肩口に抜けた。土塊に還るのを確かめないで、次の奴に向かう。頭に角を持った奴が飛び込んできた。あたしを串刺しにでもしようってのか? 左手でいなして、身体を反転しながら剣を振る。左下腹部から右肩に一線して、土塊に還す。
着地の瞬間を、他の奴は待ってなかった。全身針の奴が、総毛立つように身を震わせると、鋭い数千本の針が飛んだ。着地寸前だったあたしにかわすことは出来ない。剣を旋回させて、叩き落したものの、全ては無理だった。
右足と右肩に、数十本の針が刺さる。魔力のガードが無かったわけじゃないが、分散されている今は、完璧なガードは無理だ。
激しい痛みが走り抜ける。前転しながら抜き取ったものの、傷跡からは痺れのような痛みが残る。くっそ、毒でも入ってやがったか。
動きが鈍くなったと思ったか、長爪の奴が飛び込んできやがった。なめんなよ。
左足で踏み切って、地面スレスレを飛ぶ。下から切り結んで、股から脳天に抜ける。土塊に還る半身を左手で突き飛ばす。狙いは、全身針の奴。土塊を隠れ蓑に飛び込んで、突き刺すと同時に振り上げる。
脳天まで真っ二つにされた針野郎は、眼の前で土塊に還る。これで全部。
そう思ったのが、あたしの甘えだったことに、後悔は間に合わなかった。
本物の堕龍は、この時を待っていたに違いない。
土塊に変わった針野郎の後ろから、あたしの腹部に鈍い痛みが走った。今まで地面を踏みしめていた両足が、空を蹴る。
「ぐはぁ」
という声と赤黒い液体が、口からこぼれた。
やっべ〜。内臓までいかれた。見れば、あの短い堕龍の左手が、あたしの腹部に深々と刺さっている。持ち上がったあたしの身体は、無様にもジタバタするばかりだ。
極めつけは、眼の前に迫る堕龍の大口であろう。羅列に並んだ牙が、眼前に迫る。ちっくしょう、お前なんかの栄養になってたまるかっての。
顔面を蹴り飛ばして、腹に刺さった爪から逃れたものの、地面に突っ伏したまま動けなかった。ホントは剣を振り回してやりたかったが、魔力の消費は、あたしの予想より早かった。既に剣の形を保てなくて、ベルトに戻ってクタクタだった。
受けた傷が深すぎる。体液が流れ出す感覚が止まらない。あっという間に力が抜けていく。
なんてこったい。動けない。仰向けになったまではいいが、そこから指一本動かない。視界もぼやけてはっきりとしない。くそ、ここまでか……。
堕龍が、地面を這う音が響いてくるが、逃げることすら不可能だ。
万事休すってのは、こういうことだろうな。
ちっくしょう。短い人生だったぜ。それも、異世界での終焉ってのは、物悲しいやね。
覚悟は出来た。あばよ、楽しい世界。
つづく




