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夢幻妖女  作者: 天中涼介
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第四話

「まさかとは思うが、この期に及んで白々しい真似やとぼけた真似はしないだろうな?」

 あたしは斜めに俯く感じで上目遣いで慎一郎を睨みつける。こうすると釣り眼がちなあたしの眉間に皺が浮き出て、物凄く怖く見えるらしい。まぁ、それを知ってるからこそやるんだけどね。

けけっ。タジタジってな感じで両手をフルフルさせてやがる。でも、それもポーズだろ? 今までの感じからして、これくらいでうろたえるような奴かよ。

「な・なんのことでしょう? あれ? マミさんって自己紹介してませんでしたっけ?」

 おいおい、言ったそばからそれかよ。とぼけた真似すんなって言ったぞ。

 及び腰でイヤイヤしてるみたいな慎一郎が、突然向かいのテーブルを吹っ飛ばして壁まで滑っていった。まぁ、あたしが蹴り飛ばしたんだけどね。

「正直に答えなよん。叱ったりしないからさん」

 ニカッって笑ってあげたけど、あれ? 聞いてねぇし見てねぇか? 白目剥いて泡吹いてら。ってそんなことでごまかし切れるなんて思ってるところが、これまた甘いんじゃね?

「そんな真似してると、死ぬまで蹴るぞ」

「ご・ごめんなさい!」

 ほらみろ。まったく、芝居が浅はかなんだよ。血反吐でも吐いてのたうつくらいなら信用しないでもないけど、それでも結果は一緒だけどねぇ。白状するまでは痛め付けるんだから。うふっ。

「言います、言います。言いますから、もう、乱暴しないで」

 最初から、そういう態度なら乱暴なんかするか。ってか大袈裟だろ。

 あ、その前に

「テリヤキっての後五個」



「実は、マミさんのことは、今回の依頼があった時から知らされてました。というか、マミさんを伴ってあの店に行くようにという依頼だったんです。強引なやり方でもいいから、あの場所に連れて行くことが条件で、その後のことも指示されてます」

 あたしはテーブルにあと三つになったテリヤキを一気に食うか迷っているのに、慎一郎は床に正座して上目遣いで話してる。別にあたしがそうしろって言ったわけじゃないぞ。勝手にしたんだかんな。でも、下僕としては当然の格好だけどね。

「そいつがあたしの名前、知ってたわけか?」

「ですね」

 って慎一郎は答えるけど、それっておかしくないか?

 あたしって今日の午後に、この人間界に来たんだ。この人間界で誰があたしを知ってる? 何千年のも間、人間界に来た他世界の住人はいないはずだろ。

「そいつって、だれ?」

 当然の質問に慎一郎は腕を組んで考え込んだ。こいつ、まだ躾が足りないってか?

「いやいや、話さないわけじゃないんですけど」

 あたしが左足を軽く上げただけで、慎一郎はアタフタと両手を動かした。それでも正座を崩さないってのは褒めてやるか。

「一応、僕も探偵の端くれなんで守秘義務ってのがありまして、僕から話すってのは問題あるんですが、今回は依頼者がマミさんに会いたいって言うんです。それが、この後の指示でもあるんです」

 言ってることが良く分からんが、あたしに会いたいってのはわかったよ。

「つまりは、あたしを連れて、あのふざけた出来事を見せろって指示だったと。んで、その後にあたしに会いたいと」

「そういうことです」

 なんだか回りくどいけど、あたしを知ってるってのは、何かしらあるってことだよ。もしかするとこの世界での出口くらい知ってる可能性もあるってことでしょ。

 会わないわけにはいかないってことでしょ。

「いいよ。会おうじゃないの」

「助かります。もうすぐ約束の時間なんですよ」

 何? ってことは、あたしがこうして気付いていなかったら、慎一郎の奴、なし崩しにあたしを連れて行ってたってことか? このやろう。

「会いに行ってもいいが、その前に、テリヤキもう十個買って来い」



 慎一郎が歩く後ろを、のろのろと着いて行くのはいいが、何やら暗がりに近づいているのは気のせいじゃないよな。

 今までは煌びやかな明かりがギラギラした場所で、夜なんだか昼なんだか分からなかったけど、ここいら辺りはちゃんとした夜の空気が寒々と漂ってる。廻りにも木々が多く、僅かだが空気も正常化してるようだ。ただ、完全に清涼とは程遠いね。臭いやら煙いやら、鼻はムズムズで皮膚にまとわりつく空気はベトベトして気持ち悪い。ほんと、人間界って異様なところだ。

「あそこの公園です。少し遅れたかな?」

 あたしを振り返って行く手を指差す慎一郎だけど、なんか変じゃない。何ってことないんだけど。

 公園って言われたところは、それまでと違って鬱蒼と茂る木々の呼吸が感じられた。暗くて良く見えないけど、恐らくは森のようになってるんじゃないだろうか? 密集してるって感じ。それらが賢明に廻りの浄化をしようと必死になってるようだけど、そんな必死の活動も虚しい感じに思える。この場所を守るのが精一杯ってのが本音なんじゃないのかな? 可哀想を通り越して悲壮って感じだね。

 その森に入り込んで僅か数分。

「このあたりなんですがねぇ」

なんてのん気な声で廻りを見渡す慎一郎だけど、あたしはその傍までは行けなかった。

「どうかしたんですか? マミさん」

 あたしに向かって怪訝な顔する慎一郎。そりゃ怪訝にもなるよな。あたしってば、慎一郎に向かって進むどころか、ジリジリと後ずさってるんだから。

 けど、仕方ないってもんだ。あれって、なに?

 ちょうど慎一郎がいる辺りから、まるで透明な壁でもあるように見える。いや、見えない。感じるってのが正解。それは、地面から垂直に空まで続いていて、とてもあたしが越えられるものじゃない。慎一郎は無事なんだけどね。

 だけど、あたしには感じるんだ。これに触れたらあたしの身体なんて粉々になっちゃう。なんて言えばいいんだろう。風の壁っていうのかな? でも、今は風じゃないんだけど、何かの切っ掛けがあったらきっと千枚の刃物になって襲い掛かってくる。

「マミさん?」

 おいおい、近づくんじゃないよ。ほら、お前と一緒に動いてくるじゃん。おっそろしくて近づけないちゅうの。

 ここは逃げた方が良くないかって自問したところで、不意にその壁は消失した。と同時に

「ほっほっほ。これが見えるとは、かなりなものじゃな」

なんてしわがれた声が慎一郎の後ろから聞こえた。

「あぁ、お待たせしました。彼女がマミさんです」

 慎一郎が振り返って、声の主を確認すると笑顔で迎えた。あたしもその主を確認する。

 小柄なおじいちゃんが、黒いローブを頭からすっぽり被って立っている。背丈は慎一郎の半分くらいと思うけど、腰が曲がっているせいだとすると少し低いくらいかもしんない。ただ、顔は確認できないなぁ。暗闇に黒いローブじゃ輪郭すら怪しい。

「よく来てくださった。非礼はお詫びしますぞ。なにせ物騒な世の中ですからの」

 いくら物騒っていっても、このおじいちゃんに比べたら可愛いものじゃないか?

 お気楽な慎一郎は、何を言われているのかも理解できてない顔だし。

 いいか。いかな魔力の持ち主といえど、その力を発揮するには何かしらの前兆や触媒が必要なんだ。なのにこのおじいちゃん、何の力の脈動も無ければ、触媒になるようなものも持ってない。ってことはだよ。自然にあの風の壁を作っていることになる。そんなこと出来るのって、どの世界でも聞いたことない。

「お若いの。出来るならば、このお嬢さんと二人で話がしたいのじゃが」

「あ、はいはい。秘密の相談ですね。いいですよ。僕、その辺ブラついてきますんで、終わったら呼んでください」

 おいおい、慎一郎くん。あたしをこんな得体の知れないじいさんと置いて行く気か? 冗談じゃないぞ。勘弁しちくり。

 スタスタと背中を向ける慎一郎の追いすがろうと足を浮かせかけて、あたしは身動き出来なくなった。

 ん? って顔で振り返った慎一郎だけど、あたしが動かないもんで、肩をすくめて又もスタスタって。お〜い。

 慎一郎じゃわからないか。あたしの足の下、本当に足の形に下が小指の幅くらいに盛り上がった。動けば何かするぞ!的な感じが満々だっての。動けねぇ。

 慎一郎の背中が、暗闇の木々に消える頃、じいさんは話し出した。

「魔界の裁定者、ルキフェルの子よ」

 ありゃ? 親父を知ってるの? 確かにあたしの親父はルキフェル。神聖魔界の裁判長だよ。ってか、そんなことどうでもいいから、この足の下、何とかならんか。

「マミというそうだが。お嬢さんには、この世界の若者が死ぬところを見ていただいたわけじゃが、どう見えましたかな?」

 にっこりと笑って…いるんだろうけど、ローブのお蔭で見えやしない。とにかくそんな声音なのは間違いない。

「そ、それに答える前でも後でもいいから、この足の下、なんとかしてもらえるのかな?」

 そう言った途端にジリッと、もう一押し下から来た。足の裏、土踏まずの辺りに盛り上がる感覚。これは、恐らく答え次第では、このままあたしの身体を突き破る気なのかも知れない。泣ける。ってか、泣くぞ。

「ありゃりゃ、済まないことをしたの」

 忘れてたみたいな声だったけど、あたしには心底恐怖の体験なんだけど。

 じいさん、ローブの中から右手を出すと、軽く横に振った。と同時にすっと足の裏に引く感覚があった。

 ほっとしてるあたしに、じいさんはローブを顔の部分だけ剥いだ。しわくちゃな顔が見える、かと思ったが案外ツルっとした顔立ちで、髪は白髪なもののフサフサだ。くりっとした眼が可愛い印象すら受ける。

「さて、さっきの質問の答えを聞こうか? あの若者の死に様。どう見た?」

 ま、開放してくれたんだから答えてあげますか。

「あれは、あの男の中から、小さいむしが飛び出してきたように見えたけど」

 ほほぅと感嘆する小さい声がじいさんから漏れた。

 そういやぁ、慎一郎には見えなかったんだっけか。あたしの中であの時のシーンがスローモーションで蘇る。胸が裂けた瞬間、飛び散る肉片と体液に混じって、爪の先より小さいものがうごめきながら四散して、そのまま壁を通り抜けて消えて行った。あれは、一種の寄生虫だと考えられる。

「やはりそうであったか。いやぁ、わしが確かめたかったが、相手も巧妙でな。わしの前では姿を現さん。それでお嬢さんに頼んだわけなんじゃ」

 今、つら〜っと妙なこと言ったろ。聞き逃したりしないよん。

「頼まれた覚えはないんだけど」

「おおぉ、これはしたり。済まなかった。あの若いのに説明はしてなかったの。しかし、巧く相手の正体は掴めたんじゃ。良かった良かった」

 うんうんじゃないっての。あたしは納得できないっての。

「だいたい、じいさんの正体の方が、あたし的には問題なんですけど」

「わしの? わしは、単なる老人じゃ。あぁ、腰が痛い」

 わざとらしく腰を摩るなっての。

「ただのじいさんが、あたしを細切れにしようとしたり突き殺そうとするかよ。それに、その腰も。無理に曲げてたんじゃ身体に悪いよ。か弱いじいさんの振りするんなら、もっとよぼよぼしなくちゃな」

 じいさんの動きが止まった。図星つかれて焦ったのかと思いきや、急にあたしの回りに先程の風の壁が降りてきた。いや、違う。最初からここにあったんだろう。それが何かの切っ掛けで動き出した。あたしさえ感知出来ないようなやり方で。

 ゆっくりとたわむようにあたしの周囲で風が動く。まるでねっとりとした水のようだが、確かにこれは風なんだ。それが次第に縮んでくる。

 あたしの手が少しでも持ち上がれば、指ごと持って行かれる距離まで縮んだそれは、あたしの髪の毛数本を浮かび上がらせ、ちりじりに吹き飛ばした。

 ああぁ、もう我慢ならねぇ!

 あたしは両目をぎゅっと閉じて、両手に握り拳を作って力を込めた。あたしが魔力を使う第一段階。

 途端に不穏な空気が頭上で集まりだした。嫌な予感で目を開けて上を見上げてみれば、背筋が凍る光景だった。

 ゴロゴロと雷鳴轟く黒雲が、あたしの真上で渦を巻いて、時折遠くから光を中心に集めているじゃないか。

 こ、これは人間界で魔力を使うと身を焼かれるっていうやつか? まだ使ってないけど、使おうとしただけで駄目なんですかぁ?

 万事休すってこのことか? 周りは逃げられない風の壁で、魔力を使って逃げようにも上から雷が降ってくるんじゃ、あたしには成す術なし。諦めましょう人生を。って、無理でしょ! なんとかしてぇ。

「しん…」

「いかんいかん。止めなさい止めなさい」

 じいさんが慌てて両手をバタつかせた。途端に無くなる風の壁。頭上のゴロゴロは、あたしが魔力を使うのを放棄してから勝手に四散して、今じゃ綺麗とは到底いえない星空を見せてる。

 緊張の糸が切れたせいでその場にへたり込んだ。命の危機ってこんな身近だったかなぁ。

「済まん済まん。なんせ敏感でいかんの。お嬢さんが魔界の人だから余計かの」

 よほど慌てたのか、じいさん既に腰を伸ばして駆け寄ってきた。やっぱ、嘘つきじじぃじゃん。って怒る気力もないけどね。

「…あんたの正体が…わかったよ」

 じいさんに手を貸してもらって立ち上がって、やっとこさ口にした。まぁ、予想はしてたんだけどね。確信ってかなり無理があったからさ。

「ほほぅ。わしは何者かな?」

 けっ。楽しんでやがる。

 普通じゃ信じられないけど、そうとしか結論付けられない。ってことはそれが正解。

「あんた、ソロモン王だな」

 あたしの答えに満足そうなじいさんの笑顔が正解と答えていた。


                  つづく



 


 




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