第三話
「マミさん、逃げますよ。こんな場所に居ると、警察が来た時面倒ですから」
慎一郎の奴、手ぶらで帰ってきた。と、思ったら、ここへ来た時同様にあたしの手を強引に引っ張って、さっさと建物を後にした。
ああん、あたしの飯〜。まだ、食い足りないのに〜。
建物の出口付近は、逃げ惑う人々で右往左往の大渋滞だったが、慎一郎は器用に人並みを掻い潜り、あたしを連れて建物を出てしまった。
スムーズに人並みを分けて走った慎一郎に比べて、あたしときたら引っ張られるを良いことにあっちこっちにぶつかりまくってたから、あたしを連れてなきゃ先頭の方に出られたんじゃないかな? こいつも少し侮れないか?
パポパポいう箱物が赤い光を発してやって来るのと反対方向に導かれ、あたしは慎一郎の後に着いて行った。ってか、まだ引っ張られてんだから着いて行くんじゃなくて、引きずられてんだけどね。
後ろを振り返ると、人の塊が出来つつあった。どこにでもいる物見遊山な人だかりなんだろうなぁ。それはどこの世界でも一緒だよな。何かあれば見てみたい好奇心は誰にも止められないし、それが他人の不幸なら一層蜜の味だしね。
どのくらい離れたろう。建物をぐるぐる回るかのように慎一郎の奴引っ張って行くからわかんねぇよ。ただ、そう大した距離じゃない。慎一郎はハァハァしてるけど。ヤワだねぇ。普段の運動不足がモノをいうんだよ。笑っちゃうよん。
人通りは先刻よりは少ないけど、それでも行き交う人間が途切れない場所に連れてこられた。あたしには何処なのかわからんけど、慎一郎は大きなガラス張りの建物に入った。勿論、あたしも連れて。ってか、いい加減に手、離してくれないかなぁ? だいぶ汗ばんできてて、気分的にイライラすんだけど。
「いらっしゃいませぇ。ご注文をどうぞ」
なんて言うおねぇちゃんがにこやかに迎えてくれて、それはそれで嬉しいけどね。その張り付いた笑顔は何とかならんもんかね? 見せ掛けってのが丸分かりでキモイっての。
「僕は、コーヒーを。マミさんは、なんにします?」
え? なに? また何か食わせてくれんのか? そういえば何やら旨そうな匂いだよな。
「いいのか?」
って聞いただけだけどね。嫌だって言ったって食うけどね。
「どうぞ」
なんてにこやかに慎一郎。
「じゃ、ぜんぶ」
「は?」
って声は二重奏だったか? 慎一郎と向かいのおねぇちゃん。聞こえなかったか?
「ぜ・ん・ぶ。うふっ」
一応、最後は可愛くしてやったぞ。どうだ、今度は聞こえたろ?
「いえいえ、全部は食べられませんし、そんなにお金もありませんから」
なんだよ。どうぞって言ったじゃん。ウソツキだな。
「あ、僕に任せてください」
だったら最初からそうしろっての。期待させるだけ罪だっつうの。
お盆の上に載せた紙包み二個と紙のコップ二個を持って慎一郎は階段を昇り、二階のテーブルが並ぶフロアを眺めて、先程のガラス張りの壁面に取り付けられたカウンターに座った。必然的にあたしはその隣に座る。だって、慎一郎があたしの食い物を持ってんだからしかたないだろ?
「びっくりしましたね、マミさん。あんなことが眼の前で起こるなんて、きっと一生に一度ですよ。あ、はい、ハンバーガー」
そう言ってあたしに紙包みを手渡した。これは、良い匂い。あったかいし、いっただきま〜す。
「あ〜あ、マミさん、包みは取らないと。紙は食べられませんよ。あ、全部取ったら、ほらソースが服に垂れますって。ナプキン、ナプキン」
ほんと、あたしが何か食うとうるさいよな。でも、旨いねぇ。ふんわりで香ばしくてジューシーであったかい。ウマウマ。
もっと!
「え、もう食べたんですか? はい、今度はてりやきです」
ほほう、種類があるんだ。今度は香ばしさの中に甘味があって、それでいて絶妙な塩加減。これもイケる。うふっ。人間界ってのも悪くないかも。ってか、食べ物に限りだけどね。
「マミさん。僕の話、聞いてます?」
ありゃ? まだ、喋ってたんだ。はは、わりぃ、夢中だったわ。
「うるさい奴だなぁ。物を食べる時は、喋らないってのは常識だろ。……それに、白々しいんだよ。お・ま・え・は」
慎一郎が飲もうとしてたコップを奪い取り、あたしは自分の口に運んだ。慎一郎が小さく「あ」なんて吐き出したけど、お前がまだ口付けてないのは確認済みだってぇの。って、にが! なんだ、こりゃ? 毒か!
「そ、それはコーヒーですから。マミさんのは、こっちのオレンジジュースです」
先に言え。にげぇ〜。
「大丈夫ですか? でも、僕が白々しいとは、心外ですね」
けっ、オトボケか? そっちの方がよっぽど白々しいっての。
「お前、あそこで何が起こるか知ってて行ったんだろ。あたしを連れて行ったのはどうか知らないが、あのタイミングといい、逃げる速さといい、廻りがあれだけうろたえる中、冷静な判断なんて出来る奴は、それだけで疑わしいね」
ほんとはそれだけじゃないんだけどね。今はこの男が信頼できる存在じゃないってことが分かった以上、それ以外を話すことはない。
ちょっときょとんとした顔した慎一郎。すぐにニコッってして
「さすがですね」
だと。
なんだそりゃ? 馬鹿じゃないの?
「実は、マミさんもご存知かと思いますが、連続爆弾殺人の現場というわけです」
ばくだん? 連続とか殺人とかはわかるが、ばくだんって何だ?
「今月に入って八人目の犠牲者です。警察も捜査に行き詰っていましてね、人間の体内に爆弾を仕掛けて、時間なのかリモートコントロールかはわかりませんが、内臓を爆発させて殺すなんて悪趣味極まりない」
仕掛けるってことは?
「つまりは、人間の身体ン中に何か入れて、それがボーンってなって死んじゃったと」
「そういうことですね」
待てよ待てよ。おいおい、人間ってのはそれほど馬鹿なのか? じゃなきゃ不感症か? はたまた無神経? これは違うか。
「人間って、そんな物、身体に入れられて何とも思わない生き物なのか?」
「まさかぁ。でも、鋭い考察です。警察が悩んでるのもそこです。人間の体内に入れるって行為は手術でもしない限り無理ですよね。ですけど、犠牲者の中に手術痕があった奴はいません。死亡する寸前までホテルで情事の最中だった人間もいるんで、それは間違いないと思います。では、どうやって爆弾を体内に。飲み込んだにしても、あれほどの威力です。かなり大きいもののはずです。飲み込めるものかどうか。それに、爆弾の破片も見つかっていません。痕跡も無くなる爆弾なんて、そもそも存在するんでしょうかね」
あたしに聞くなよ。この世界のことなんて知るか。
「でも、お前、あそこであいつが死ぬって知ってたんだろ?」
じゃなきゃ、あのタイミングは合わせられないだろぅ。って言葉は飲み込んだ。こいつには、まだ奥がある。
「知りませんよ。なんて言っても信用されそうもありませんね。知ってました」
やっぱりな。こいつ、かなり食わせ者かも。
「お前、同じ人間が眼の前で死ぬって知ってて、黙って見捨てたのか?」
「そんなに睨まないでください。知ってたっていっても、あそこで誰かはまでは特定出来てなかったんですから。本当ですってば。情報がありましてね、今日のあの時間、あそこで連続爆弾殺人が起こるってね」
にこって、お前。はぁ、溜め息が出るわ。
「でも、実際に見た感じですけど、爆弾ってわりには火薬なんかの爆発音も火薬臭もありませんでしたし、確かにこう、内臓がバンてな感じで破裂してましたけど、火傷の跡も無いんですからねぇ。本当に爆弾なんでしょうかね」
そう言って腕を組み、難しい顔をする慎一郎だけど、考えてるんだかふざけてポーズだけなのか。まったく、読めん男だ。
ただ、あたしなりにも思い返してみた。苦しそうに悶える男が、胸を掻き毟った後に起こった破裂の瞬間を。
「なぁ、慎一郎。お前、あの男が破裂するところ、ちゃんと見たか?」
「え? そうですね、見てましたよ。あのステージから飛び降りるあたりから見てましたから、ほぼ一部始終でしょうね」
う〜んと上目になって考える慎一郎ではあるけど、どこまで本気なんだか。
「だったら、あの破裂の瞬間、何か見えなかったか?」
「は? 何かって、何ですか? まぁ、血の飛び散りようは酷かったですけど、これといって何も見当たりませんでしたよ」
そうかな? あたしの眼が変だったのか? いや、違うと思うな。慎一郎の眼が悪いんだ。もしかすると人間の眼が悪いとか? それに、魔術を使っているような感じがしないってのは、魔術を使えないのは、あたしだけじゃなくて、人間もってことか? う〜ん。
「マミさん。何か気付いたんですか? 出来れば教えて頂けませんか?」
魔力って世界共通だと思ってたんだけどなぁ。便利なものなのに、何で人間は使わないんだろ? ってか、そんなこと考えてる場合じゃないか。
慎一郎があたしを期待の眼差しで見てる。気付いたよ。ってか、見えたよ。うふっ。
教えてやらないわけじゃないけどね。その前に、慎一郎。お前には、聞かなくてはならないことがあるんだなぁ。
「慎一郎」
「はい?」
はは、無邪気な顔だな。
「この、てりやきっての、もっと食べたい」
「ありゃ? は、はい。買って参ります」
肩透かしを食ったみたいにズッコケて見せたけど、すぐさま立ち上がって行くところなんて下僕に相応しいと思えるねぇ。でも、それだけじゃないんだじぇい。
「なぁ、慎一郎」
走り出しそうな背中に、あたしは意地悪く声を掛ける。やっぱりズッコケるか。
「はい? まだ、何か?」
何かあるんですよ〜。
「お前、あたしの名前、どうやって知った?」
慎一郎の顔色が面白いように白んでいく。
ただで済むと思うなよ!
つづく