第二話
う〜ん、なんて言ったらいいのかなぁ? はっきり言うと「これが人間界?」てのが感想だけど、確かに変わってんなぁ。
とにかく植物少なくね? 生きとし生ける者は植物の加護無く生きられないってのは、あたし達の世界じゃ常識だよ。生の根源と終焉を司る者でもあるんだ。
それが、ど〜よ。地面は変なもんで固められてるし、ひしめき合うように乱立する建物は真上に頭向けたって、その頂上も見えないっての。山か? 人工的な山なんか? これを登ると人間は精神的に成長するのか?
それに、人間の数? なんだ? 祭りか? あっちからもこっちからも、うじゃうじゃ湧いてくる。なのに、ただただ歩いて行過ぎるだけ。一方になら、そこへ行く途中なんだろうって思うよ。でも、バラバラやん。ってことは、こいつら行く目的は別々なんだろ。なのに何でこんなに人が多いの?
はぁ〜。こんな、わけわかんないところ、やだよ〜。
ぼやいても、帰れるわけじゃないけどねぇ。どうやら、あの落とし穴は一方通行らしくって、あたしを吐き出した後、綺麗さっぱり消えちまった。一瞬、力業ならとか思ったのは確かなんだけどさ。この人間界。何かと曰く付きでさ。
そうか。とりあえず、あたしが居た世界と人間界について話しておかないと混乱するよね。でも、ちょっと長くなるんだよねぇ。うざかったら、適当に割愛してよ。うふ。
あたしが先刻落とされた…もとい、追放された世界。そしてあたしが追放された世界。それ以外にも世界はある。これ、あたしが五歳で教えられたことだから、しっかり聞いてね。
世界は、言ってみれば紙一枚で遮られたようなもので、見えないだけで存在はしているのね。仕切られた部屋の中で、ドアを開けて外に出ると別の部屋。そう考えると理解できるかな?
世界は、今の段階ではい五つに区分されているっていうか、確認されてるっていうのが本当かな。あたしが居た世界が『神聖魔界』、それ以外に『天上真界』『鬼神界』『精霊界』そして『人間界』ってのが今の常識。
説明は得意じゃないんで、かいつまんで説明するけど、さっきも言ったけどうざったかったら飛ばしてね。
まず『神聖魔界』。あたしの居た世界だけど、創始者は“サタン様”って人だといわれてる。なんせ数千年以上まえの人なんだから、定かじゃないし記録も曖昧なんで、あたしの想像では都合よく作られた寓話だろうね。そんでね、あたし達って魔力っての使って日々暮らしてんのね。身体を使わないで物動かしたり、曲げてみたり。そんな力の優劣で仕事が決まってみたりする訳よ。あたしが足速かったりするのも、その力のお蔭が半分以上あるってこと。まぁ、いいや。
次『鬼神界』。ここは、一般に“鬼”っていわれる人が暮らしてる。頭部に角があって、それが一本だったり二本だったり五本の奴もいる。魔力は弱いんだけど筋力は半端ないくらい強い。普通の女の子が、自分の五倍はあろうかって岩持ち上げて、十メートルも飛ばすなんて簡単なこと。だからって怖いのかっていうと、これが人の良い奴ばかりでさ。宴会好きなんだなぁ。何度か行ったけど、必ずどこかで宴が開かれてる。例え別の世界の奴でも関係なく仲間に入れてくれるんだな。あの果実酒はうまかった。また行きたいねぇ。
えっと『精霊界』。ここは、身体を持たない人が、基本的に暮らしてる。基本的ってのは、そういう奴が多いってことと、身体を持つことも出来るってこと。説明に難しくて、巧く表現できるかも心配だけど、普段の姿は透明で、本人が見せようとしてくれない限り見えないのよ。でも、物に憑依することが出来る。その辺の石ころにもなれれば、あたしの中に条件さえ合えば入り込める。そん時は見える、ってか動くから分かるだな。意思の疎通は、特殊な精神感応さえ出来れば誰にでもできるんだ。ただ、見えないことをいい事に悪戯しまくるんで腹立つけどね。
厄介なのが『天上真界」』。本当は説明しなくてもいいかなってあたしは思うんだが、学校の先生によれば、世界の発現はここから始まった、らしいから説明するけど。なにしろ気に食わない連中の集まりだ。で終わりたい…けどそうはいかないよな。一言でならエリートの集まりってか、差別意識の民族最上主義? 自分達以外は下賤の者かなんか言っちゃって蔑んでんの。それだけでもムカつくのに、魔力に関してはあたし等なんか足元にも及ばないんだなぁ。あらゆることを記録してる“真界書”ってのがあって、全ての世界の創世から現代までが記録されてるらしいが、見た人がいないんだから眉唾もいい所だと想像してるけどね。
ああぁ、次が『人間界』なんだけど、はっきり言ってわかんない事ばかりで、あたしも知り得ないってか、知る手段が今まで無かったんだよね。実は『人間界』とは不可侵条約みたいなものがあるらしい。らしいってのは誰も今まで確かめた者がいないこともあるんだけど、その記録は『天上真界』にあって、誰にも触れられないように厳重にしまい込まれてる。だから、あたしが学校「魔学会」で習った程度で語れるのは少ない。
今から数千年前、『人間界』にソロモンっていう一国の王様がいたのだけれど、その男は世界の四大元素を全て解き明かしたといわれている。これは、世界の根源に関わるもので、それが世界を支えてるんだけど、それらは自然発生的なもので、それ自体をどうこうすることなんて出来ないっていわれてきたのね。ましてや、その解明なんてインテリ軍団の『天上真界』の学者さんでさえ不可能。四つのうちのひとつも解けない。それを全て解いたのが人間で、それも過去の遠い存在ってのは、お偉いさんには非常に面白くないんだろうね。
そのソロモン王。解き明かしたばかりか、それらの力を自由に使えたっていう話。伝説的な逸話になってるから。そして、その力を駆使して『神聖魔界』の実力者「ベリアル」を手下のように使い、栄華を極めたって話。そのソロモン王。何故か突然に不可侵条約を各世界に送りつけてきた。正確には一方的な絶縁書、鎖国宣言書みたいな内容だったらしい。写しくらいは教科書にも抜粋されてたんだけど、大半は忘れたわ。ひとつは『人間界』で魔力は使えないってことが原則。使うと身を焼かれるだの切り刻まれるだのってことらしいんだよね。
出入り口も塞がれてしまっていて、今、もし見つけたとしても、役所の連中が眼の色変えて塞ぎにかかるって代物。故に、行けない世界ってことで、学校でも触り程度で流して、そんなところもあるよってな感じ。
が、なんだ? あたしは、来ちまってんじゃん。
何の予備知識も無いんだぞ。そんなんで魔力使ってはいけませんて、どういうこと? 飯もろくに食えないじゃん。ってか、既に腹減ってんだけどなぁ。
でも、これっておかしくないか? ここって『人間界』なんだろ? それでいて、この自然の無さ。ソロモン王は四大元素解明したんだろ? だったら、もっと自然と調和した世界になってなきゃおかしいんじゃないか? それがどうだ? 地面固めて、植物なんて変な箱が唸り上げて走る道の脇に、肩身狭そうに生えてるだけじゃん。おまけに貧弱そうだよん。あたしでもへし折れそう。
ああぁ、うるさいって思ったら、何だあのでっかい芋虫みたいなの? 腹ン中に人間が見えるってことは、あれに食われたんかな? すっごい数食ったんだな。中で人間がひしめいてる。あたしも食いてぇ。って、食欲に繋がるってことは、そうとう腹減ってんな、あたし。
そうだよな。あたしが親父に怒られてたのが朝で、朝食前。んで、母さんに落っことされたのが、そのすぐ後。妙な狭い扉の前に落ちたと思って、あちこち彷徨ってみた結果、自然というものが皆無の町みたいってのが理解できたわけだ。お蔭で、今や夕暮れ。一日、食ってない。そりゃ、腹も空くってもんだよ。
旨そうな匂いは、あちこちからするんだけど、人間観察の結果、何やら紙切れが無いと物が手に入らないシステムみたい。あたしが持ってるわけないし、木の実でもあれば、しばらくは何とかなるはずなんだけど、こんな町じゃ無理難題だし、寝るところさえ無いあたしって…。
ぼやいてばっかだなぁ。ってか、ぼやく以外することもないんだけどね。
「彼女。こんなとこで座り込んで、どうしたの? もう一時間にもなるよね? 待ち合わせに失敗しちゃった? 少し、時間いい?」
ぼ〜としてるあたしに、たぶん話し掛けてるんだよな。捲くし立てるように疑問符いっぱいだけど、あたしは答える気なんかないかんな。落ち込むわ、腹減るわ、宿無しだわ、いっぱいいっぱいだっつうの。
「あっれ〜? シカトなの? 傷つくな〜。僕って、そんなに悪い風に見えないでしょ? ほらほら、カメラも持ってないし、紙袋も持ってない。黒いスーツも着てないし、強面の傷があるわけでもなし」
ああぁ、うっとしいなぁ。出来ればそっと落ち込ませてくんねぇかな。一応、背中を丸めて、膝を抱えて、そん中に顔を埋めて、完全拒否って感じを出してみたんですけど。
「あれあれ? どうしたの? もしかして泣いてる? どうしたの? 何かあった? 彼氏に振られた? それとも、どっか痛い?」
って、余計にうっとしいわ! イライラさせんなよ。余計に腹が減る。
「え? なんだ、お腹空いてたんですか? それならそうといってくれれば。さぁ、行きますよ。たっぷりご馳走しますから」
あれ? あたし無意識に口に出してた?
話し掛けてた男は、あたしの手を引いて立ち上がらせると、そのままスタスタ歩き出しちまった。ちょっと、待てよなんて言えない強引さ。ちょっと、危ないか? あたし。
フラフラの身体なのは空腹が限界なのかな。一日くらい暴れまわっても大丈夫な位の体力はあるつもりだけど、それは腹が減ってないのが条件ね。う〜、魔力使ってしまいたい。けど、今となってはそれすら命取りかなぁ。
とりあえずは、あたしを連れて行こうとする男くらいは確認しとこう。
背は、あたしより少し大きいくらい。でも、大差無いな。太っているようじゃないな。どちらかといえば華奢な方じゃないだろうか。服に隠れて身体は見られないけど、“鬼”族みたいな筋肉隆々ってわけでもない。あたし達に近い種族なのかもね。髪は黒くてふわふわした感じがあるね。ありゃ? 顔つきも悪く無いじゃん。二枚目っていうには何か足りない気がするけど、気に入らない顔じゃないかな。
なんて観察してるうちに、こいつはあたしをデカイ建物の中に導いた。
入った瞬間の第一印象は、とにかくデカイ音に耳が悲鳴を上げた。うるさいくらいの音量じゃない。音楽なんだって気付いたのは、奥のテーブル席に座ってからだった。これは、何かの攻撃か? でなきゃ、ここの住人はかなりの難聴なんだろうよ。
「今、売り出し中のバンドらしいです。今日は特別ディナー付きライブとかで、今日を最後にメジャーデビューするらしいですよ。食事はバイキング形式なんで、好きなもの食べれますよ」
うるさい音量の中、男が口をあたしの耳元まで持ってきて喚いた。話の大半は理解不能だけど、とにかく飯が食えるってことだよな? じゃなきゃ、お前の頭を魔力で半分に縮めてやる。
「あ、僕が取って来ますね。待っててください」
って、走り去ってしまったかと思ったら、五分としないで戻って来た。
「これが、前沢牛のステーキだそうで、こっちがアサリのパスタでしょ。鴨肉のソテーにキングサーモンのムニエル、サラダに蟹肉とセロリの和え物だそうです」
両手に皿を抱えて帰ってきたと思ったら、またぞろ理解不能のオンパレード。でも、おいしそうな匂いだけはわかったよん。
「く、食っていいのか?」
「え? あ、どうぞどうぞ。そのために持って来たんですから」
ではでは、遠慮なくいただきましょうか。
「いただきます」
両手を合わせて、全ての生き物に感謝と慈愛と弱肉強食の教えを。
「とりあえず、僕の自己紹介しときますね。名前は慎一郎っていいます。仕事は、なんていうか自由業ですかね。って、聞いてます? あ、ちょっと、何故にステーキを手掴みで。ちゃんとナイフとフォークがあるじゃないですか。そ、そんなに急いで食べなくても、まだ沢山ありますから。いや、ソテーのソースがこぼれてますって。アサリの殻は出さないと歯が折れますから。ああ、なんでも詰め込めばいいてもんじゃないですって」
うっるさいな。黙って好きに食わせろ。でも、中々うまいじゃん。腹減って死にそうだったことを差し引いても、かなり旨いんじゃない? 『人間界』侮り難し。
「もっと!」
これじゃ、全然足りない。あたしの胃袋は、これの十倍は欲しいっていってるんだ。
「わ。わかりました。取ってきます」
わけのわからん呪文料理を次から次へとたいらげて、五度目に慎一郎に取りに行かせた頃だったろうか。
変な空気が、馬鹿デカイ部屋の中に流れた。人間は百人ほどだろうか。ぎゅうぎゅう詰めじゃないけど、それなりにひしめき合っていた人々が、小波のようにどよめき出した。
今まで耳をつんざくような音量の音楽が徐々に途切れていく。と同時に壇上にいた一人の男が、奇声を発したかと思うと、人垣に飛び込んだ。
何かのパフォーマンスかと思ったんだけど、そうじゃなかった。床に倒れこんだ男は、自分の胸を掻き毟るかのような動作を繰り返し、絶叫を搾り出すと反り返るように頭と踵で状態を支えた。次の刹那、真っ赤な霧が一面を染め上げた。
男の胸が裂けて、体液が辺りに四散したためと理解したのは、人込みが悲鳴と怒号で散り散りになって逃げ出した頃だった。
人間って、こんな死に方するんだと感心しかけたが、逃げ惑う人々の様子からして、これはあたしの間違いなんだろうなぁ。ってか、慎一郎遅いんですけど。
つづく