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夢幻妖女  作者: 天中涼介
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第十話

 あたしと慎一郎の味方。

 それは、何十、何百という数で、堕龍の廻りを飛び回り、口から霧のような糸を吐き出して動きを止めてくれている。

 どの世界にも存在する、自然の中に溶け込み暮らす妖精と呼ばれる種族だ。

 時に悪戯もするが、いつもは木や草、水や土の中に暮らしている。滅多なことでは出てきてくれないが、完全に心をシンクロさせて呼びかけられれば、こうして出てきてもくれるんだ。

 シンクロ。言葉では、簡単に聞こえるが、実際には、物凄く難しい。

 億って数から、たった一つの数を抜き出す作業に等しいし、たとえシンクロ出来ても、相手が答えてくれなければ、それまでの苦労すら水の泡だ。

 それを、こんな短時間で可能にし、治癒魔法さえ使える慎一郎って……。

 妖精たちの力は、単純だけど絶対的に強い。

 あの口から吐き出される糸状の霧が、魔力や、それに伴う現象を完全に無効化してしまう。視界も奪われるし、数がまとまれば動きさも止められてしまう。

 自然と完全共存するからこそ出来ることらしいけど、四大元素の力にまで対応してしまうなんて、脱帽以外の何ものでもないね。


 さて、終わらせていただきますか。

“おのれ! 雑物の力か! 完全体であれば、このような侮辱を受けぬものを!”

 あははは。そいつは残念。ただ、その根拠も怪しいもんだけどな。

 辺りを見渡して、さっき落としたベルトを見つけた。

 勢い良く振りぬいて、土塊や草を落とすと同時に、剣の形へと変える。

 やっぱり、手に馴染むものは、いいねぇ。

“このような時間稼ぎが、いつまでももつと思うか!”

 ありゃりゃ? ちょっとヤバイか。膨れ上がった堕龍の繭が、ジリジリと動き始めてる。限界が近いってことだろう。

 その証拠に、妖精たちが聞こえない悲鳴を上げながら、少しづつ消えて行く。

 すまない。もう少し、がんばってくれ。

 大きく息を吸い込んで、両手を広げる。今度は、急激に魔力を貯めるのでは無く、ゆっくりと時間を掛けて貯め込む。

 全身が熱を帯びるように熱くなる。これが、いつものあたしの臨界点くらい。これだと身体は光らないし、能力自体もそれほど大きくはならない。さっきまでのことくらいが関の山。

 けど、ここからが真骨頂だよん。

 更に、腕を縮めて、顔の前まで持ってくる。必要はないんだけど、何か集中するためのポーズみたいなものかな。

 身体が光りだす。さっきのような光り方じゃなく、ボウっとした青い光。そこから、鮮明な青になり、白い光になる。

 まだまだ、足りない。堕龍を相手にするなら、この倍はないとな。

 白い光が、球体のようにあたしを包み、徐々に赤色に変化していく。灼熱色になるのも、そう時間はかからないだろう。

 本当の臨界点は、あたしにもわからない。ただ、これ以上だと、身体がもたない。

 貯め込んだ魔力を、身体の中心に凝縮して、右手から剣に流し込む。神々しいまでに光りだす剣は、あたしの魔力を紡いだ糸で出来てる。それじゃなきゃ、これほどの魔力を流せない。

“貴様! 何をする気だ! 巨大な魔力の気配がする。 貴様! 高等魔術を使う気か!”

 ちょっと、時間食っちまったせいで、堕龍の姿が透けて見える。ってことは、あたしのこともあっちから見えてんかなぁ。

 おいおい、後ずさるなよ。みっともないよん。不完全体でも、龍の血族だろうが。往生際は、綺麗でなきゃな。

 ぐるりを飛び交う妖精たちは、既に半分以下だろう。その子達に目配せしながら、堕龍の前に仁王立ちする。

“寄るでない! 寄るでない!”

 残念だが、そうはいかない。ここでお別れだぜ。

「悪いけどな、自然とも人間とも生きられないお前に、この世界での居場所はないんだよ。次は、自分の世界で生まれるんだな」

 光輝く剣を振りかぶり、剣先を堕龍の足元に突き刺す。と同時に、妖精たちの繭が四散する。

 剣に貯めた魔力と、あたしの中に残った魔力を足して、一気に堕龍の体内に送り込む。

 ボコボコと堕龍の半身が、いくつもの瘤状に膨れる。

 剣を引き抜いて、後ろへ飛んだ。かなりの距離をとったつもりだったけど、魔力自体が底をついていたらしい。大して飛んでなかった。

“‥‥こんなことで‥‥龍の血族は‥自然の摂理に‥‥従わぬ生き物‥故に‥‥生きる世界を追われた者‥‥真龍の目覚めも近い‥‥無駄な生き延びは‥‥‥”

 聞き取れたのはそこまでだった。

 ボコボコと全身を瘤状に膨らませたかと思うと、爆発するかのように身体が裂け、四方へと飛び散った。

 その肉片が地面に落ちる前に、それらは全て炎に包まれ灰となった。

 妖精たちが、元の木々や草の奥へと消えていく。

 堕龍を倒した。

 疲れたっていうより、満身創痍ってところかな。慎一郎が治してくれたとはいえ、身体のあちこちが痛む。

 大きく息を吐き出して、あたしは前のめりに倒れかけた。体制を立て直そうとしたけれど、うまく腕も足も動かなかった。

 そのまま地面とこんにちわして、ぼうっとする頭で考えた。

 あたしって、結構強いんかな?

 そのあと、あたしは、気絶したらしい。真っ暗な視界に意識までが吸い込まれた。



 あたしが眼を覚ましたのは、どうやら建物の中らしい。

 記憶が無くなる前までの草木は、どこにも見当たらない。変わりに、フカフカの布団の中だった。

 半身を起こそうとしたけれど、どうにもうまくいかなかった。なんだか、全身の力が抜けたみたい。

「無理ですよ。あんなに魔力を貯めたこと、無かったんじゃないですか? 相当な負担が身体に掛ったんです。当分は満足に動けないでしょうね。一種の筋肉痛みたいなものです。ゆっくりと休んだほうがよろしいですよ」

 ん? 足元のあたりで声がする。

 慎一郎の声みたいだけど、首すら動かないから確かめることすら出来ない。くっそ。

 そういえば、小さい頃もこんなことがあったような。

 小さい石を飛ばす練習中だったかな。徐々に大きくしていく過程をすっ飛ばして、一気に巨石を浮かせた。そこまでは覚えてる。その後、もっと大きいものにチャレンジしたはずが、気付けばベッドで寝かされていて、結局のところ五日も満足にベッドを降りれなかった。

 記憶も無いし、親父や母さんも何ひとつ教えてくれないしで、記憶の彼方に追いやってたなぁ。まぁ、どうでもいいけど。

「お腹空きましたか? 何か持ってきましょうか?」

 やっと慎一郎が、あたしの顔を覗き込んできた。顔が見られた。

 どうやら、慎一郎には、怪我をしてるようには見えない。よかった。あれだけ苦労したのに、慎一郎に怪我のひとつもあったら、何のための死闘だったやら。

「あれ? マミさん。泣きそうですか? 眼が赤いですよ」

 ば、馬鹿言ってんじゃないよ! 泣くわけないだろ。大体、理由が無いっての。泣く理由が。

「どうやら、目覚めたようじゃの」

 また、足元で声がした。ははん、じいさんか。よ〜し、よ〜し。どうやら、約束を忘れてなかったようだ。

「お若いの。少し、お嬢さんと話したいんじゃがの」

「どうぞどうぞ。僕は、マミさんに、何か食べる物を買ってきますんで」

 まったく、慎一郎も役者だよ。あたし同様、異世界人だってのに、じいさんを騙してるつもりなのか、それとも、お互い騙しあってるつもりなんだか。

「どうやら、わしとの約束は、果たしてくれたようじゃの。お礼を言う。これで、この世界は、とりあえずは、安泰じゃ。本当ならば、この世界全てで祝福を与えたいが、そうはいかんのがこの世界。済まんの」

 あたしの枕元まで来て、あたしの顔を覗き込んでから、どうやらベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けたらしい。木製の軋む音が、小さくした。

「‥‥別に‥‥いいよ‥‥」

 ありゃ、声は、何とか出る。悠長に喋ることは、可能かどうか怪しいけど、話せるってのは、助かる。

「お嬢さんが、これほどの働きをしてくれるとは、正直なところ、期待してはいなかったんじゃの。堕龍は、強い。恐らくは、この世界での発見時には、十分な力を付けた後であろうと予測していたんじゃ。完全な身体であったなら、ベリアルでさえ敵わかったであろう。そうなっては、時間が欲しい。お嬢さんには、悪いと思ったんじゃが、お嬢さんが相手をしてくれている間に、暗黒の穴を開け、そこに落とし込もうと思っておった。じゃが、お嬢さんは、自らの命をも賭して堕龍と戦い、勝利してくれた。わしは、何と言って詫びたらいいのか、わからんくらじゃ。感謝する」

 深々と頭を下げる気配がする。くっそ、直に見れないのが口惜しい。あの高慢ちきなじいさんが、あたしに頭を下げるなんて、これ以上の御褒美なんてないのに。

 まぁ、でも、いいか。

「‥‥気にすんなよ‥‥きっと、あたしが、じいさんでも、同じだったろうから‥‥」

「そう言ってもらえると、気が楽になるの。じゃが、納得がいかんこともある。お嬢さん、なぜに逃げなんだ? 命を掛けろとまでは、わしは言ってなかったがの」

 なんだよ。そんだけなのか、感謝の気持ちってのは。悲しいくらい素早い変化だよ。

「‥‥逃げるって選択も有りだったけど‥なんか悔しくってね‥逃げるってのは」

 お? 段々といい具合に喋れるようになってきたじゃん。でも、身体は無理っぽいな。目玉くらいしか動かない。

「それにしてもじゃ、あのままでは、確実に命を落としておったぞ。異世界で死ぬのは、本望ではないじゃろの」

「どこで死んだってのが重要なら、そうかもな。けど、いつ死ぬかってのなら、あたしには、あの場所でも構わなかったのかもな。死んでないけど」

 じいさんは、あたしのセリフに大きな溜め息で答えた。呆れてるのかもしれない。

 んなこたぁ、どうでもいいんだ。今は、それより神聖魔界への出口。これが、あたしの目的だったんだから。

「じいさん。約束だ。出口を教えてもらうよ」

「おおぉ、そうじゃったの。この世界での異世界への入り口は、簡単には見つけられん」

「へ?」

「定まった出入り口が無いのじゃ。ようは落とし穴みたいなものでな。時折、ぽっかりと口を開けるんじゃ。そこに落ちる人間は、非常に運が悪い。お嬢さんには、運が良いってことじゃろうがの」

 笑いながら言ってのけるじいさんだけど、それって…。

「詐欺だ! 教えるって条件だったぞ!」

 身体さえ動けば、首根っこひっつかまえて、引きずり回してやるとこだけど、今のあたしには不可能だ。ちくしょう。口惜しい。

「詐欺ではないの。ちゃんと教えたじゃろ。ただ、見つけるのには、骨が折れるってだけじゃ」

「じゃぁ、このまま帰れないってことと同じじゃねぇか」

「そうとも言えん。道が開くにも、それなりの条件があるんじゃ。この世界では、月の満ち欠けが、異世界の道に深く関わっているのじゃ。満月と新月のどちらかに、必ず道は開く。その時に、その道を探せば良い。必ず、どこかの世界に通じるはずじゃ」

 はぁ、溜め息が出るね。それって、場所は特定出来ないってことじゃん。つまりは、満月と新月になる度に、どこにあるかもわからない入り口を探して、この世界を駈けずり回れってことだろ。

「そう、悲観するでない。道は、ひとつだけ出来るわけではない。二つ、三つと出来ることもある。この街でも、数回に一度は、必ず道が開くのじゃ。それまでは、この世界を楽しむんじゃの。わしは、そろそろ行かねばならん。堕龍の後始末があるでの。お嬢さん、もう一度言わせてくれ。ありがとう」

 そう言ってじいさんは、いそいそと立ち上がって歩き出しちまった。あたしの『おい』とか『ちょっと』とか言う言葉には、耳も貸さずに部屋を出て行った。

 くっそ、あのじじぃ。動けるようになったら覚えてろ。

 入れ替わりに慎一郎が入ってくる気配がした。

「おい。お前。何者だ? 人間じゃないよな。あの時の治癒魔術は、例え神聖魔界の高等魔術者でも不可能な勢いだ」

 あたしの言葉に、少したじろいだような気配がしたが、それもつかの間で、慎一郎は、あたしの枕元までくると、今までじいさんが座っていた椅子に腰掛けたようだ。

「いやですねぇ、マミさん。あの時、言ったでしょう。今しか出来ないって。それに、マミさんのことは、おじいさんに聞いてましたし、驚くことでもありませんでした」

 ん? 何、わけわかんないことのたまってんだ? とぼけるにもほどがあるぞ。

「いい加減にしろよ。お前が、異世界人ってのは、この世界で魔術使ったり、妖精たちを呼び出したりしただけでもはっきりしてんだよ」

「あれは、おじいさんがやったんですよ。僕なんかが、出来る芸当じゃありません。おじいさんが、僕の身体を使ってやったんです」

 ああぁ、嘘もここまでくるとウザイの通り越して呆れるよ。あのじいさんの言葉を聞いてなかったのかね。

 じいさんは、四大元素の力で強かったんだ。決して魔術を使える人間じゃなかった。だから、ベリアルを下部にして魔術を駆使させたんだろ。って、説明すんのもめんどくせぇ。

「それよりマミさん。動けないでしょ? これから食事とかトイレとか大変じゃないですか。それに、さっきのおじいさんのやりとりからして、すぐに自分の世界に帰れないみたいですし、当分は僕のところで暮らしませんか?」

 ぐっ。痛いところをついてくるじゃないか。慎一郎の分際で。

 でも、この世界で暮らすってことは、ネグラを確保するってのは、死活問題だしな。慎一郎の申し出を受けるってのも、それはそれでおいしいのかも。

「まぁ、仕方ないしな。当分、厄介になるよ」

「そうですか。では、これからは、マミさんは、僕の助手ってことで、よろしくお願いしますね。あ、でも、家賃くらい払ってもらわないと困りますよ」

「あ? やちんって何だ?」

「ここに住むにあたっての対価ですかね。って、言ってもマミさんは、お金を持ってませんよね」

 お金って、あの物をもらう時に出す紙だの金属の丸いのだとかだろ。持ってるわけないじゃん。

「じゃ、家賃は、これで…」

!!!

 てめぇ!! 何しやがる!!

「‥こんのやろう!」

 これでって言って、慎一郎の奴、いきなりあたしの唇を奪いやがった。

 一瞬のことだったし、あたし動けないし。とにかく、卑怯極まりないっての。

「まぁ、まぁ。これで家賃ってことでいいでしょ。あれ? まさか、初めてだったとか?」

「ば、ばかいってんじゃねぇよ。ってか、てめぇ。動けるようになったら覚えとけよ」

 あれ? さっきも同じこと言ってなかったか?

「顔、赤いですよ。マミさん」

 うっせい。熱でも出てきたんだろ。ちくしょう。

「腹減った! てりやき、食わせろ!」

 照れ隠しじゃねぇぞ。腹が減ったんだかんな。

「わかりました。買ってまいります」

 走り出て行く慎一郎の足音を聞きながら、あたしは、深い溜め息を吐いた。

 結局、帰るってことには、ならなかった。それに、堕龍の最後の言葉。

 いやに重々しく、あたしの耳に残ってる。『真龍が目覚める』って言っていた。

 考えたくないようなことだけれど、もし真龍が、堕龍のような、他の生き物に敵意を抱いた生き物だとするなら、途方も無い力は、何処に向けられるのだろうか。

 まぁ、あたしには、関係ないか。

 今のあたしが気にしなきゃなんないのは、家賃と称して慎一郎の奴が、あたしの唇を奪いに来るってことの方が重要だ。

 けど、それも悪くないって思ってる自分も、少なからず存在してるってのは、あたしもどうかしてるのかな?







            おわり





 


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