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8、三つの世界

 ユーキにとってブレイガイオンの刃は、燃えたぎる情熱が溢んばかりの色をしているかのようだった。だが、凄惨な血の色にも見え、このブレイガイオンという剣は、一見すると到底味方には思えないような色合いをしていた。長さや重さは授業で使う剣とは差異はなく、使いやすそうな感じはしていた。

「遅れてごめん!」

 ヨダットとムニは、ユーキが派手な色の剣を持って駆けつけてきたのを目撃した。

「なんだ? その剣」

 ヨダットが珍しそうにブレイガイオンを見ている。

「ごめん、今は説明している暇はないんだ」

 ユーキはシタターグ目掛けて剣を振るった。斬ったシタターグの体の一部は蒸気を放出しながら、甲高くて鋭い金属的な音を出し、切断した一部分は中庭の地面に落ち、水滴の跡を残して消えた。

「どうやらファーツイと同等の効果のある剣のようだな。ま、お前の事などどうでもいいのだが」

 ヨダットは冷めた口調で、シタターグを斬っていた。

 シタターグの体は先程よりも減少しているようだった。中庭の三分の一の大きさから、その半分へと縮まっているように思われた。ムニとヨダットが奮戦してくれたおかげだろう。

 突然、シタターグの体が激しく動き出した。シタターグは体全体を大きく波立たせ、大津波のようにユーキたちに迫ってきた。そしてあっという間に、ヨダットとユーキがその波にさらわれてしまったのである。

 二人を取り込んだシタターグは球体になり、地上から少し離れた高さで静止していた。

 ユーキはシタターグの体内で、ラビーユとヨダットと一緒に胎児のように丸まっていた。ヨダットは意識がない様子で、目を閉じていた。

「ユーキとやら、わしの声が聞こえるか?」

 (その声はケンさん? 液体の中でも喋れるんですか?)

「いや、これは口を動かして喋るのとはわけが違くてな。おぬしがわしを掴んでいるため、わしとの意思の疎通ができておるのじゃ。実際おぬしは丸まって目を閉じておるが、辛うじてわしの力により、イムシンを抜き取られない状態におる」

 (じゃあ、ここから抜け出そうと思えば、抜け出せるんですね?)

 ユーキはシタターグに気取られまいと、目をつぶって膝を抱えていた。

「そうじゃ。じゃがわしにはある思惑があってな。シタターグの中は目には見えんが、学校の生徒や教員のイムシンでひしめいておる。特に今おぬしの隣におる二人の友人のイムシンとは、簡単に接触できる状態じゃ。そのイムシンの泉の中に今から入り、おぬしは眠れる己心のイムシンを自分の力で見出して欲しいのじゃ」

 ユーキは瞼の裏側を見ながら、シタターグの水の体表を通り越して、鐘の音が鳴り響いているのを耳にした。

 (この音は、――まさか!)

「イムイス使いの間でアドアゾンと呼ばれておる障魔が、学校に近づいておるようじゃな」

 (外のムニが危ないじゃないですか! ここでのんびりしているわけにはいきません。こんな液体すぐにでも振り払って……!)

「慌てるでない。どうやら何者かがシタターグを操っておるようじゃ。じゃが操る側の力が弱まっておるようじゃな。うまく操られておらんのがわしにはわかる。操り方が不器用なせいもあって、わしらは吐き出されておらんのかもしれん。この二人もそうじゃ」

 (障魔を操るなんて、そんなこと出来るんですか?)

 障魔は人が住む世界とはかけ離れた、暗界あんかいという世界から来たとされている。

 暗界とは人が普段立ち入らない、深い森や山、洞窟の奥、谷や海の底などを言う。イムイス使い達はそれら人の手が及んでいない、未開の地の想像もつかない暗闇の世界を、暗界と呼称していた。

 そして、暗界を含めたある三つの世界が、イムシンの教えに存在していた。

 他の二つの世界を、「源界げんかい」と「輝界きかい」と呼んだ。

 三つの世界観としては、光を発する元である源界を中心に、円を描くようにして、輝きの世界である輝界が源界を囲み、輝界から生まれる暗い世界、暗界がそれらを囲んでおり、さらにそこから外の世界は、人々が住む現実世界が広がっているとされていた。

 イムシン教の信者達にとってこの三つの世界は、基本的な教えとして言い伝えられてきた。また、この世界は人の無意識下で繋がっているとされていたのである。

 一見すれば、輝界が天国、暗界が地獄、という見方ができるだろう。だが、輝界が幸福というイメージを持った輝かしい世界である一方、幸福な時間は長続きはしないというのも一つの見方で、脆く儚い世界であることも相違ないだろう。暗界も地獄といいながら、普通、夜に睡眠をとるので安息の世界というのも、また一つの見方である。

 また、こういう教えもあった。

 源界、輝界、暗界はどこか別の世界にあるのではなく、自分の心の中に存在しているという教えである。源界とはすなわち心の持ち主である自分自身の事をいい、心の外の世界は、この持ち主の気持ち次第で変わってしまうという見方だった。陽の当たるような幸せな世界にいながらも、幸福に気づけず、もがき苦しみながら生きる場合もある。また、暗く不幸な世界にいながらも、この不幸こそ自分への試練だと、喜び勇んで生きていく場合もある。

 ユーキもこの教えは聞いたことがありながら、いわば、前人未到の闇の世界からやってきたとされる障魔を、人の手によって操る事ができるのだろうか? という疑問が浮かぶのだった。

 ユーキは思考を張り巡らせた。そして出てきた答えは、「ジャムシン」という言葉だった。

 (まさか、ジャムシン教がこの学校に入り込んできたというんですか?)

 ジャムシン教は、イムシン教に仇をなす敵対勢力である。障魔の研究に心血を注ぎながら、ジャムシン使いと言う術者によって障魔を操り、イムシン教の施設を攻撃させたりする、卑劣な邪教団だった。

「そうかもしれんな。すまぬがわしには、誰が操っておるかまでは解らんのじゃ。ユーキよ、いまここから飛び出したとしても、イムシンの解放ができんおぬしでは、再びこの障魔の中へ取り込まれてしまうか、アドアゾンにさらわれてしまうじゃろう」

 (それなら……、ケンさんがさっき言ってたように、イムシンとイムシンを繋いで僕自身を見極めるしかないんですね)

 ユーキはこのままイムシンの世界へ行こうと腹を決めた。人のイムシン、いわば精神や心などというものが混ざり合う世界で、もしケンの言うとおり、本当に自分のイムシンを見つけ出せるのなら、これほどいい機会はないと思ったからだ。

 (それにしても、シタターグが動いてるような感じがしないのですが、なぜなのでしょうか?)

「この物を操りし術者が、これ以上のイムシンの取り込みを中止しようと合図したのじゃろうな」

 (先程言ってたみたいに、上手く操れていないっていうのもあるんでしょうか?)

「そうかもしれん。ユーキよ、事態は一刻を争う。イムシンの世界へ行く覚悟はできたか?」

「はい、必ず自分を見つけだしてみせます!」

 のんきに会話しているように見えるユーキとケンだったが、ユーキにはムニを案ずる気持ちを抑えるのにいっぱいいっぱいだった。ユーキはそのはち切れそうな思いを、イムシンの世界に自身を投入させようという意気込みに転換させていたのである。

 ユーキは深海魚のごとく、計り知れない心の世界へと潜り込んでいくのだった。

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