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4、一年前

 一年前の歳月を振り返る。

 中学二年の春も去り、夏がやって来ようとしていた。

 この日、ユーキの好奇心から、当時まだ仲の良かったヨダットとユフィーネと三人で、昼間でも日光の届かない裏山へと、遊びに行くことになっていた。

 ラビーユは、故郷へと帰郷していたし、ブロウは熱血漢のわりに妙に真面目なところもあるから、立入禁止区域の裏山になんて行けるか、と頑なに聞こうとしない。結果、この三人だけで行くことになったのである。

 三人は、ユーキ、ヨダット、ラビーユ、ブロウ、ユフィーネの五人グループの中で一番仲がよかった。

 当時ユフィーネは、こがね色の髪を三つ編みにしていた。そしてよく、ユーキとヨダットに話したことがあった。

「希望はイムシンから生まれるんだって。だから人って、本当は不幸に負けず生きていく強さを持っているんだよ」

 イムシン教の本などを読んで覚えたという、この十五歳にしては早過ぎる悟ったような言葉は、ユーキとヨダットには目から鱗だった。

 ユフィーネはまだ、ユーキ達と勉学を共にしていた頃、こうしたイムシンの教えに触れた少々賢い物言いをよく聞かせてくれた。彼女がなぜこうも学者の格言のような言動に戯れるのかといえば、幼い頃に父親を亡くしていたからである。

 ユフィーネは幼いながらに、人が逃れられない死という運命を直視する事によって、父の死を乗り越えようとイムシンの教えを独習したのである。イムシンの教えにユフィーネが自発的に触れ、彼女の人生の指標となったことは、宗教をしない彼女の家庭から見て運命的な事だったと言えるだろう。

 ユフィーネはイムイス全般が得意で、どんな科目も疎かにしない健気な少女だった。

 当時、学校では校内でイムイスの使用厳禁という規則はなく、緩い環境の中、この三人はイムイスでいたずらを起こし、教師達からは散々注意を受けていた。三人共成績は良かったので、教師達もより峻烈に叱り飛ばした。

 しかし、教師の目にも限界があった。広い敷地に教師達の限られた人数では、多くの生徒の行状などに目が届かない事もあった。

 ――裏山。

 立入禁止になった理由を、中学年も残すところ一年足らずで終わろうとしている今のユーキは朧げに記憶していた。

 たしか入学式の際、先生が言っていた。裏山は障魔が住むと噂され、行方不明になった生徒が大昔にいた、とかそんな理由だった。だが、それは予め事故を起こさせない為に大人達が子供に対して用いた嘘だろうと、ユーキを含めた多くの生徒は思っていた。

 この時、ユーキは入学して二年以上が経過し、イムイスの成績も芳しく、友達もいて前途洋々たる心情だった。歳相応のやんちゃさと勢いや情熱も持ち合わせていた当時の彼は、同じく、根拠のない自信と果てなき希望に満ちあふれた心持ちの、ヨダットとユフィーネとは意気投合していた。その意気投合がいたずらをするエネルギーになっていたし、彼等の子供らしい無邪気なパワーが、立入禁止という大人が作った制限を壊そうとするきっかけとなっていたのは言うまでもない。彼らの心安い間柄からして、裏山への冒険はもはや時間の問題だったのかもしれない。

 すでに三人は横に列をなし、勇ましく、大腕を振り、胸を張って、歌を口ずさみながら闇深き裏山へと潜り込んでいた。

 学校の外周に設置された大きな鉄柵を超え、規則を破った罪悪感よりも、探険のための障害を回避するのが”楽勝”という気概でユーキは歩いていた。

 いざとなったら、イムイスで障魔を倒す!

 そんな気骨でもって、裏山へ忍び込んだのはいいが、探険への準備は全くもって簡素だった。授業で使う剣や鎧等の装備品は持たず、いざ遭難したときの非常食もなければ、テントなども持たなかったし、何しろ彼等の浅はかな行動は、行ってすぐ戻って来るという、近所の友達の家へ遊びに行くくらいの感覚でしかなかった。

 イムイスは確かに超人的な力を自分に与えてくれる。学校が障魔から危害を加えられないのも、高い鉄柵のおかげでもあるし、施錠イムイスという目に見えない壁のような物が学校の周りに施されているからだ。

 本来裏山の木々は、季節によって紅葉をあらわにし、かつてはピクニックや登山に持ってこいの場所だったようだ。障魔が頻繁に出るようになってから四季折々の山の表情もなくなり、湿気が立ち込め、靄や鬱蒼と生い茂る木葉が日差しを遮り、昼間なのか、夜なのか、曇りなのか晴れなのか、時間や天候も把握できず、ピクニックをするだけでも、もはや危険を孕んでいたのである。

 装備品もたいして身につけず、腕っ節だけで探険に出かけた子供達三人に何か起きないことの方が不思議だった。

 山に入ってから少し経過した。ユーキは立ち止まった。自分達三人のものとは別の足音が近づいてくるのが解ったからだ。何か大きな生物の呼吸する音も聞こえてくる。

 ユーキは歩き、先に行った二人に追いつこうとすると、その息遣いは早くなり、自分の地面に無数に散らばる枯れ葉を踏む音とズレて、同じ音が聞こえるのを感じ取った。重量感のある足音だ。

 ユーキが立ち止まる。すると、遅れて足音も止まる。ヨダットとユフィーネは楽しげに話をしていて、足音に気づいている様子もない。

 さらにユーキは、その息遣いは、自分の後方から聞こえてくる事に気がついた。

 枯れ葉に覆い隠され、ないようでしっかりと存在しているこの山道にユーキは独り仲間から取り残され、異質な存在が近づいてきているのを鋭敏に感じ取っていた。窶れたような木の根が、そこらかしこで見え、その持ち主の大木の群れも目や鼻、口を持って、暗がりの山路で直立不動の自分を覗き見ているような気がした。足場も不自由な感じがして、これでは逃げられたとしても誤って転んでしまいそうだ。ユーキは恐怖心から体が硬直していた。

 ユーキは背後に暗幕を張られたような気がした。

 後方は暗影。そして何か異様な存在が鼻息を荒げ、その何者かからの視線が後方から感じ取れた。

「どうした? ユーキ。まさか怖くなったか?」

 ヨダットは会話になかなか入ってこないユーキが気になったようだ。

「駄目じゃないの。言い出しっぺがそれじゃあ」

 ユフィーネが笑って、二、三歩後ろにいるユーキの方を振り向いた。

 ヨダットとユフィーネはすでに、その存在を視界にいれていた。

 ユーキはまだそれを見ていない。見る勇気がない。彼は完全に脅えていた。

 そして、ユーキは恐る恐る後ろを振り向くのだった。

 その風体は大きな顔そのものだった。背丈はそこらの山の木々と同等の大きさをしており、髪と思しきものは顔全体を覆っていた。幅は大人が手を広げても収まらないくらいといったところである。こめかみ辺りから筋肉隆々の腕があり、あごの付け根からは、これまた筋肉隆々の脚が生えていた。ユーキが一番嫌悪を抱いたのは、この障魔の表情だった。ブロウなどの元気溌剌としている生徒が、たまに教室でふざけながら、顔を手でいじって変な顔にさせていることがある。この障魔の顔、あるいは胴体は、まさにそれと似ており、顔の皮膚を左右に引き延ばしたような表情をしていた。明らかに引き延ばしたように見える皮膚と皮膚の重なりが痛々しく、背筋に悪寒が走る。

「う……わ……」

 ユーキはどうすることもできない。ヨダットもユフィーネも恐怖から体が硬直していた。

 だが、その時ユフィーネは思い切った行動に出た。

 灰色した気のようなものが、彼女の体からほとばしり、次の瞬間彼女はイムイスを唱えた。

「ファーツイ!」

 前にかざした手の平から、赫赫とした炎が発射され、眼前の大きな顔に直撃した。

 辺りに煙が舞った。

 その障魔は吠えると、煙の中から突撃してきた。

「わあああ!」

 三人は一目散に逃げ出した。

 障魔のいる方とは逆の方向へ駆け出し、陰気な靄のかかる山の奥へと逃げていった。

 顔の障魔も三人を追い掛けようと、巨躯を揺らして走ってくる。

 森の中を駆け抜けながら、三人は話した。

「ヨダット、何あれ! 顔だけ?!」

「あれはメンオーガだ、ユーキ! 確か下級障魔に位置していたはずだ、な? ユフィーネ!」

「その通りよ! だから私の実力でもしかしたら、と思ったんだけど、力加減が足りなかったみたい!」

 障魔は討伐に際して、イムイス使いが少しでも行動しやすいように三つのランク付けがなされていた。

 一般人で何とか対応でき、イムイス使いでも余裕で倒せる障魔を、下級。

 一般人では敵わず、イムイス使いでやっと討ち果たせる障魔を、中級。

 イムイス使いでも数人がかりでようやく屠れる障魔を、上級。

 このランク付けは、イムシリア国外でも用いられ、討伐システムの一端を担う重要なものだった。

 こうランク付けした方が、イムイス使い初心者でも、また上級者でも、どのランクが自分に適しているかがすぐにわかり、討伐には事欠かない。

 森を駆け巡り、三人は広間になっている場所にたどり着いた。

 登山客の休憩所のようだった。中央にある水呑場には錆びた蛇口があり、ユーキの腿あたりにそれは設置されていた。

 ユーキは散々走ってきたので喉を潤そうと蛇口を拈ったが、水は一向に出てくる気配がない。

「ここって昔は行楽地だったのかな?」

 ユーキが辺りを見回した。

「どうやらそうみたいだな。立入禁止になって全然手入れとかされてないみたいだが」

 ヨダットが付近に転がる石に座りながら、ぐるりを見ている。

「百年前のイムシン戦争が終結してから、五十年で障魔が出てくるようになって、そのおかげでひとけがなくなって寂れてしまったのね」

 ユフィーネもどこか落ち着きなく、広場全体に意識を向けている様子だ。

「ヤバいよ。どうしよう。もう戻った方がいいかも」

  ユーキは青ざめていた。

「だが、メンオーガはどうする? 帰りにまた遭遇したら……」

 ヨダットの表情もいくらか曇り顔だ。しかし、ユフィーネは明るく言ってのけた。

「三人で協力して戦えば、倒せるんじゃないかしら?」

「まさか!」と、ユーキとヨダットは仰天する。

 しかし、障魔の嗅覚は、三人の安らかなひと時を破滅へと導いた。

 追い掛けてきたメンオーガは、見事ここを突き止め、三人の前に立ちはだかったのである。

「くそっ! もう来やがったか!」ヨダットが身構える。ユーキとユフィーネも同じく戦いの体勢をとった。まだ中学年の彼等には、実戦は不可能だが、授業で習った事を見様見真似でやるしか手立てはなかった。

 だがこの時ユーキは、どこからか流れて来る音色を微かに感じとっていた。

 鈍い鐘の音のように聞こえる。裏山の峰を越えた先から、その音が空気を伝い、山の襞を撫でながら近づいてきているようだった。

 一方こちらでは、ヨダレを垂らしながら、ユーキ達を食いたそうにメンオーガが立ち塞がっている。

 メンオーガは鐘の音がやけに近くで聞こえるようになると、一回だけ吠え上空を時折見ながら、森の中へ走っていってしまった。

 鐘の音色が、とうとうユーキ達の頭上から聞こえてくるまでになった。三人とも揃って上空を見上げた。

 細長い形をした何かがゆっくりと彼らの目の前に降りていき、不時着したかと思うと、それは扉の形になった。

 滑らかな光沢のある、綺麗で白色の扉だった。鐘の音はするものの、どこにも鐘はなかったが、その扉から鳴っているのは明らかだった。

 鐘の音は今なお鳴り響いている。

 あまりにも大きい音だったが、ユーキは余裕を見せつつ、この稀有な状況に驚き「一体何が起きてるの?」と傍らにいるヨダットに言ったが、鐘の音色でその声は打ち消され、間近にいるヨダットには届いていない。

 謎の扉がゆっくりと開いた。

 中から真っ白な光輝を放ち、ユーキはあまりの眩しさに腕で遮った。

 扉の中から放たれる激しい煌めきは、薄暮の裏山の一角をまばゆく照らし、ユーキ達は長いシルエットを延ばす。

 何より鬱陶しいのは、このまばゆさだけではない。鼓膜を突き破らんとする鐘の爆音だ。すでにユーキの耳の中はこの大音響のために、一時的なものだろうが、膜を張ったように聞こえにくくなっていた。

 大きな音を防ぐため、両手で耳を塞ごうとすると、扉からの光が眼球を焼き付くそうとする。こうなると両手を眉間のあたりに出し、光を遮断するのは不可能で、眼を閉じ、両耳を手でふさぐ以外に方法はなかった。

 それは、完全にユーキ達の方が不利な状況だった。光と音を防ごうとすると、全くの無防備な姿になってしまうからだ。

 この扉は、一体何なのか? 障魔なのか? なんらかのイムイスをかけられ意思を持つようになった扉なのか? この扉が次に何をしでかすか、皆目見当もつかない。

 身動きが取れない。

 目を閉じていても眩しい。

 ヨダットは、ユフィーネは無事だろうか?

 ユーキは眼をつぶりながら、輝きの起こる直前に見た皆の立ち位置を思い出していた。

 左隣にいたのがヨダット、離れた手前、そうだ、扉の近くにユフィーネがいたはずだ。

 すると、突然音が鳴り止んだ。眼を閉じていても漏れてくる光も無くなった。

 耳の奥が痛む。そして、キーンという小さく高い音が耳と耳の中を通りぬけて鳴っている。

 ユーキは恐る恐る眼を開けた。足場には靄が立ち込めていた。そして自分が思い出していた通りの場所に、ヨダットがいた。しかしどうしたことか、ヨダットは地面に倒れている。ユーキは一人存在がいないことに気がついた。ユフィーネの姿が見えないのだ。

「ユフィーネ! どこ?!」

 靄のおかげで足元が見えない。倒れているヨダットは、にび色した靄に埋もれている。

「ユフィーネ! くそっ! どこなんだ!」

 焦って探すユーキに、目前に佇む扉は、明らかにユフィーネの消えた原因かと思われた。

 未踏の地に巣くう魔、そして、不幸の元凶とされ人々から忌み嫌われてきた生物、障魔。これらは、この世界では一般常識であり、事実である。

 ユーキは、この世の常識であり、揺るぎない事実に確証を得られた気がした。この扉は障魔であり、間違いなくこの扉の中にユフィーネはいるはずなのだ! 

 ユーキの体中から緑色にかがよう光が放射された。

 イムシンを解放した今、この力を扉の形をした敵にぶつけるのだ!

 ユーキは、靄で周辺の木々や足元が見えなくなっていようが、たじろぐことなく、眼前で大人しくしている扉の怪物に向かって、まっすぐに走り出した。

 今日は大好きな仲間と、裏山の探険を思いっきり楽しみたかった。だから今、目の前にいる敵を何としてでも倒し、友達を取り戻すのだ!

「うおおおお!」

 解放されたイムシンは、強力な攻撃力を持っており、頭で念じれば体の各部位に力を集めることができる。

 イムイス使いの攻撃方法としては、主に直接的攻撃と間接的攻撃に分かれている。直接的攻撃は、今のユーキのように拳などの体の一部分にイムシンを集束させ、標的に拳もろとも当てるという方法で、イムイス語を使わずともできる攻撃だ。格闘系全般はこの系統に属している。

 間接的攻撃は古代言語イムイスを使い、炎や雷を操りそれらを通して標的にダメージを与えるという先程ユフィーネがやった方法だ。

 怒り心頭のユーキには、イムイス語を唱えるより、直接的攻撃が手っ取り早かった。

 ユーキは拳を扉に何度も打ち付けた。

 しかし、扉は微動だにしない。

 直後、扉は再び鐘を大きく轟かせ、空中に浮きはじめた。耳の奥が痛みだしたユーキは、手で耳を塞いだ。

 ゆっくりと上昇し、細い長方形に戻ったかと思うと、やかましい鐘の音を周辺に撒き散らしながら、扉は飛び去っていった。

 ユーキの意識は朦朧としていたが、何とか眠っているだけの様子のヨダットを起こし、幸いメンオーガとはち合わせすることなく、奇跡的に学校へ戻ると、事の顛末を先生に伝えた。

 扉の正体はアドアゾンというランク外に該当した障魔だった。障魔を観察、研究する、障魔特別研究機関でも認知されて間もない謎に満ちた存在だった。

 すぐさま、イムイス使いによる裏山の捜索が施行されたが、数回に及ぶ捜索にも関わらずユフィーネは結局発見できなかったのである。

 こうして、ユフィーネは行方知れずとなる。

 この出来事はイムシリア国内外に広く伝わり、ユーキとヨダットは数週間に及ぶ謹慎処分を受けることになった。

 ユーキもヨダットも、仲の良かった友人が、自分達の不注意でいなくなったことで、精神的に相当気落ちしていた。

 二人の精神状態が極度に鬱屈していたことは、ブロウとラビーユも十分心得ており、彼らがヨダットとユーキの支えになろうと元気づけている姿を、この時期よく見かけることがあった。周囲の生徒や先生達も、ブロウとラビーユの頑張りを一際感じていたようだ。それとは逆に、ユーキとヨダットの精神状態は回復へ向かわず、あろうことか、寮内でイムイスを使った喧嘩にまで発展してしまう。

 出血にまで至ったこの喧嘩は、二人の情緒不安定さを考慮し、イムシリア校の教員も謹慎以上の罰を与えず、イムシン教を広めたジョクス・オンガムの著書を読み、感想文の提出という課題だけに留めた。

 そしてこの一件以来、ヨダットはユーキに対して冷徹に接するようになり、授業以外でのイムイスの使用は厳禁、という校則ができあがってしまう。




 約一年後の現在。

 ユーキは午後の授業をすっぽかし、自室のベッドに俯せになっていた。

 昼間、ヨダットにあんなことを言われ、二度と思い出したくない過去の記憶によって、授業を受ける気力も無くなってしまった。

 ムニ・ユイツが、ユフィーネ・ココリスと同一人物か?

 ヨダットは同じに値するかどうかというよりも、ムニはユフィーネだと盲信している始末だ。

 ユーキの頭の中で、幾度となく、あの時見た激しい光と鐘の音色が繰り返されていた。

 ユーキの精神という深淵を見分してみる。

 そこは闇に侵され、深部には川が流れていた。

 流れの源となるのは自身の涙。ユーキはうずくまりながら、その冷たい流れに足だけ浸かっていた。

 (僕はこれからどうすればいい……。ムニがユフィーネだと言うのなら、なぜ彼女は僕やヨダットに自分はユフィーネだと言わないんだろう……。彼女は一体何者なんだ? 自分の心が解らない、他人の心も解らない。解らないことだらけで、もう考えるのも嫌になってしまった。僕はどうすればいい?)

 冷たく浅い涙の川は、やがて烈々とした流れに変わっていった。ユーキはその激流に呑まれ、ほの暗い水の中を逆らおうともせず、流れに身を任せていった。そして心の最深部まで自分を追いやったのである。

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