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2、ユーキの悩み

 ユーキは今日の授業が一通り終わると、寮に帰宅し一人ベッドに横たわっていた。

 寮は男子と女子に別れ二人ずつで一つの部屋を使う。

 部屋の中は手狭な空間だった。入って右に立て付けの悪い二段ベッドがあり、左には二つの机が壁を向いて並んでいる。真正面には窓があり、淡い藍色したカーテンが日差しを遮っている。他に衣装ケースやルームメイトと共同で使う本棚などもあったので、やたらと狭く感じた。

 カーテンの隙間から、夕刻のオレンジ色した光が漏れていた。

 ユーキは二段ベッドの下の段に寝そべって、ルームメイトのブロウが使う上の段の床板を見つめながら考え事をしていた。

 窓を少し開けたため、涼しげな春の風が入ってくる。

 ユーキはユフィーネが行方不明になってからというもの、イムシンを自由に解放できなくなっていた。イムイスを習う場では致命的な欠点である。

 イムシンを解放するという事は、一たす一は二というくらいの初歩的な事だった。このままイムシンを扱えないとなると、卒業はおろか学校側から退学を言い渡されてしまうのではないか、という不安がよぎる。

 自分のふがいなさによって暗鬱な気分がもたらされ、そのおかげでブロウや他の友人達とのふれあいや、ユフィーネを想う事さえ難しくなり、楽しいことも楽しくなくなってしまっている気がする。人並みに彼らと接することはできるが、どうも居心地の悪さみたいなものが胸の辺りに居座っているようだった。

 一年間、ユーキが退学を言い渡されず、ブロウなどの仲間達とも何とかやってこれているのも、先生や学校がこんな自分に期待を寄せてくれているおかげであり、何かと気を使ってくれる親切な友人達のおかげでもあるからなのだ。

 しかし、ユーキはそれらに対して、感謝という気持ちが遠のいている感があった。感謝する余裕すら彼にはなかったのである。

 彼にとってこの悩みは、即刻解決させなければならない問題に値していた。しかも入学当初からのイムイス使いになるという夢を、叶えるか叶えないかを見極めなければならない難題だった。

 (できれば今すぐ何とかしたいけど、どうすればいいのか具体策が浮かばない……。心なんて操り人形とそれを操るくぐつみたいに単純な仕組みには思えないし、念じればどうにかなるものでもないし)

 だが、ユーキのこの悩みは、答えとなるものは既に出ていたのだ。

 授業の時、あるイムイス使いの講師が話していたのを思い出した。

「イムシンを解放するためにはまず、自分を信じることです。絶対的根源力を持った私達なのですから、その力を引き出し、制御するためには、自分という存在を深く信じなければなりません」

 イムシンという、絶対的とまで言われる力を人は内包している。その絶対的な力は、人知を凌駕するといい、この世の理を度外視する程の力と言われている。

 しかし、そんな神に近いエネルギーを心のどこかで保持していようとも、人は不幸に悩み、不運に嘆くのである。

 超人的な能力を持ちながら、悩みや弱さを持つ人間が、イムシン教という心の拠り所を元に、繋がっていこうとしているのも当然な事なのかもしれない。

 ”答え”はわかっていても、それを導く方程式が解らない。つまりユーキにとってそれは、

「自分を信じなければいけないのはわかるが、イムシンを解放できないダメな自分を、どう信じろというのか?」

ということなのである。

 ダメな自分。

 彼は周囲と自分を比べることに躍起になっていた。どうしてもイムシンを解放できないという事が、周囲との落差を決定的なものにしていたのである。

 (僕がこの学校にいる理由はすでにないのかもしれない……)

 ベッドで寝そべりながら、記憶を巻き戻したり早送りしたりするユーキだったが、ある日の授業で先生の言っていた事を反芻していた。

「人の心は常に何かに縁しています。縁によって心の色彩は、様々な色に変わっていくのです」

 色の変化とは、苦しければ黒、怒れば赤となる事を言う。幸せなら黄色なども考えつく。だが人により、赤は血の色でもあり、苦しい時は赤色だと言う人もいることだろう。

 人それぞれ悩みが違うように、心の色のイメージも違うのだった。

 日々の授業や宿題、または友人達と町へ遊びに行ったり、授業そっちのけで私語に夢中になったりする。そして、友人だったヨダットの、ここ一年の冷たさ。親しき友だった、ユフィーネの消失という哀しみ。

 心の小箱に大事にしまわれているのは、何もユフィーネとの楽しい思い出だけではない。嫌な事も、思い出さなくていいのに思い出してしまい、心は変わっていく。

 日常的な自己の思考や他者とのふれあい、宿題や授業などの様々な事柄を、「えん」と呼ぶ。縁はありとあらゆる形に変えながら、人々の心根に触れ、色とりどりの花が咲くように、心の色彩を変えていくのである。

 苦手な人と接して、自分は何を思うか? 美しい風景を見たり、高尚な書物を読んだりして、自分は何を感じるか? 自分と、それを取り巻く森羅万象との関係は、自らに大なり小なり何らかの影響を与えているのではないだろうか?

 激しい滝の如く月日は流れていく。その中で、人の心情も「縁」によって様変わりしていく。

 ユーキにとって難関とも呼べる、「イムシンが解放できない」という悩みを解決させるには、「縁」に左右されない、強固な信念を持つ事が必要不可欠だった。

 強固な信念とは、自身の欲に負けそうになる揺らぐ心や、やる気を無くしてしまうような他者からの雑言に負けない、ユーキにとってみれば「必ずイムシンを解放してみせる」という信念である。

「縁」とは何も自分を脅かすだけの存在ではない。時として、自分を見守り、よい方向へと導いてくれる人や有形無形の出来事も指す。今のユーキにはそういった導き手となる者がいないのも確かだが、彼が心を閉じながら、器用に表層的な付き合いしかしていない現況では、出会いすらないのも確かで、良き縁と結び付くためには、大幅な時間を浪費することになるかもしれなかった。

 せせこましく心が変容していく世界で過ごしながら、友人を失った悲しみを背負うという過酷な人生を味わうユーキが、果たして人に感謝する事ができるだろうか? もしできる人がいたとしても、ユーキにそれは不可能だった。

 だが、あくまでユーキは人と話す時、平常心でいようと努めた。自分が元気のない顔をしていたら、下手に友人達や先生達を心配させてしまう。彼等の気持ちは汲めても、ユーキとしては、独りになりながら当たり障りなく人と接することで、自分の世界に閉じこもりたいという願望もあった。

 気にかけてくれる先生や、友人達(主にラビーユやブロウだが)には、ユーキは諦めの気持ちと表情をもって、

「大丈夫です。自分で何とかしますから」

 と、言うのだった。

 ユーキの故郷の村も、障魔による被害が頻繁にあった。

 硬い皮膚に悍ましい容貌をして、田畑を荒らし、人々を骨まで喰らう謎の生物、障魔。

 五十年程前から、人々が立ち入れない、山奥や沼地、洞窟の奥の方から、人間の世界へ出てくるようになった。

 外界との繋がりが希薄な村が窮地に陥いり、村人達も知恵を絞って応戦していたが、村から外の世界に興味のあったユーキは十三歳の時、村を飛び出す。

 立派なイムイス使いになって、必ず戻って来る――。

 村の友人達や大人達にそう言い残し、盛大に送り出してもらったはいいものの、入学から三年目にして大きな挫折を味わっていた。

 (このまま学校を辞めてしまおうか……)

 ユーキはそう思いつつもなかなか踏ん切りがつかずにいた。

















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