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13、二人きりの夕食

 ユーキの住む寮の決まり事として、朝夕の食事時のみ、男女隔たりなく、共同で食堂を使う事ができた。

 ユーキは日に日に食事の時だけ共にした、顔見知り程度の寮生達が減っていくのを見て、どこか心細い気持ちになっていくのだった。特に誰もいない今朝の寮内の静けさときたら、否応なしに侘しい物が込み上げてきてしまう。

 そんな調子でもあったので、ユーキはムニからのお誘いを大いに喜んだ。

「ちょうど一人じゃ、食事も美味しくないよなって、困ってたとこだったんだ」

「ふふふ。じゃあ、わたし達だけで楽しみましょう。残っているのわたし達だけみたいですし」

「貸し切りか。それも面白いね」

 二、三日程ムニの姿は見かけなかったが、一緒に食べられるのなら、この何日か味わってきた孤独感も帳消しになるものだとユーキは思っていた。

 ところが、いざ食事を作ろうとすると、ムニの独壇場になってしまったのである。食事を作る時、彼女は少し人が変わるらしい。

 ユーキはぶきっちょだったため、野菜の切り方がなってないと、即刻ムニからキッチンを追い出されてしまった。

 しかし、それも狙いだったのか、彼女は得意料理をご馳走しますと、大張り切りで支度をしだしたのである。

 ユーキはキッチンに立つムニの背中を見ながら、うっすらとユフィーネを回想していた。

 (そういえばユフィーネも、料理とか好きだったよな……。ユフィーネを重ねるのは、ムニに失礼だと言った手前もあるけど、こう思うのって友情にしては、執着し過ぎかな? なんでこうも僕はユフィーネを思い出して――これはヨダットも同じなんだろうけど――あろうことかムニとユフィーネは同一人物だなんて、考えてしまったんだろう……)

 そう思いながらも、切々とユフィーネとの思い出が、ユーキの胸奥の引き出しから飛び出して来る。

 ユフィーネの、少女ながらに奥ゆかしくも感じる一つ一つの表情。笑顔だったり、困惑していたり、雄弁にイムシンとは何かと語る彼女の顔も、ユーキにとって彼女と共有してきた時間の中で、一際楽しく感じられた瞬間だった。彼女が笑えば、自分も楽しく笑顔を向けられる。

 (ユフィーネ……。僕、イムシンがまた解放できるようになったよ。イムイス使いへの道を歩き出す事ができたんだ。これからまた頑張って行くよ……)

「ユーキさん」

 キッチンからムニの声。

「なに?」

「ちょっと味見してもらっていいですか?」

 どうやらムニが作っていたのは、サラダとジャガ芋や肉などを使った香辛料たっぷりのスープのようだった。適度な大きさに切られた野菜や、ジャガ芋やその皮などが、台の上に散乱している。

 ユーキは小皿に少しばかり乗せたスープを、口に含みながら、一刹那、ムニと初めて出会った時の事を思い出した。

 いつも制服のマントを着用した、黒ずくめのムニを毎日見てきたが、出会った時の彼女も、ちょっと色違いのマントを羽織っていた。

 そう、ちょうどさっきダイガンに見せられた、焦げた赤い切れ端のような色だ。

 (確か、ムニと中庭で出会った時、彼女はマントを着ていたっけ。その時マントの裏地は、赤だったような気がするけど……。まさか……)

 ユーキはスープを飲み干し、小皿をムニに手渡した。

「お味はどうでしょう?」

「うん、美味しいよ」

 ユーキはムニに対して、何の疑いも持たなかった。

 (そんな……。ムニが、ジャムシン使いなわけがない。有り得ないよ)

 何より、ユーキの頭の中では楽しそうに料理を作る人が、悪い事をするなど想像もつかなかった。

「よかった! じゃあ、ユーキさんはこれで、テーブルを拭いといてください」

「うん、わかった」

 ユーキは受け取ったふきんでテーブルを拭きながら、

 (ムニがジャムシン使いであるという証拠が、マントの裏地だけで、確かめられるはずもないじゃないか)

 その後、拭き終わったいいタイミングで、ムニが今夜の食事を運んできた。ムニはカラフルに野菜が盛られた皿を置きながら、

「もう少し待っててくださいね。わたし、もうお腹ペコペコです。早く食べたいですよ」

 ユーキはムニの笑顔を見て、物思いにふけるのだった。

 (どうして、以前、ムニとユフィーネを重ねてしまっていたんだろう。ムニはユフィーネじゃない。別にそれはたいした事じゃないよな。ムニは一人の女の子なんだ。そして自分とこんなにまで好意的に話してくれる、いい友人なんだ)

 ムニに出会って以来、いつの間にかユーキの心は、ムニの一挙手一投足に心を揺さぶられていた。

 心の中で、昔みたいに涙を流す自分はいない。

 今は目の前の友人とどう向き合うか、それが大切なのだ。

 ユフィーネとの思い出は懐の中で大切にしまわれていた。だが、目の前で息をして、莞爾かんじたる笑みを見せる、ムニ・ユイツという存在はユフィーネとの思い出を、ただ色褪せないよう記憶に留めておくだけの物にしていた。

 (もし彼女がユフィーネでも、変わらずムニだったとしても、僕は二人を守っていく。それが友人である僕の最大の勤めなはずだ)

「ユーキさん」

 ムニが声をかけてきた。

「その……、ユフィーネさんの事、少し知りたいなと思いまして、お話を聞かせていただきたいのです」

 ムニはどこかいつもより、控え目な語調だった。

「うん、いいよ。ユフィーネは、ムニにすごく顔立ちが似ていたんだ。初めて会った時、ユフィーネが帰ってきたんじゃないかと思ったくらいだよ」

「わたしが、似てるんですか?」

「うん。でも、僕の勘違いだったみたいだ。だってムニはムニなんだから」

「ユフィーネさんのようにはできないかもしれませんが、わたしはユーキさんやラビーユさん達ともっと仲良くしていけたらと思っています」

 ユーキはムニと話しながら思っていた。

 (もし仮に彼女がジャムシン使いだったとしても、僕の決心は変わらない。ムニは僕の大切な人だ。イムイス使いの先輩方や掟に逆らう事になるかもしれないけど……)

 ユーキは心を込めてムニに伝えた。

「僕はムニを守っていくよ。どんなことがあっても」

 濁りのない清流のようなユーキの瞳を、ムニは見つめた。ユーキはとめどなく湧き出す勇気を言葉にして、もう一度ムニに伝えた。

「ムニの身が危険にさらされようとも、僕は君を守っていく。ちょっとずれたこと言っちゃったかもしれないけど、だから大丈夫。その気持ちだけでも本当に嬉しいし、皆と絶対仲良くできるから、手伝える事があったら言ってね、ムニ」 

「はい、ありがとうございます!」

 ――何があろうとも、僕はムニを、そして皆を守り、支えていく――。

 ユーキは静かにイムシンに向かって、そう祈りを込めた。

 ムニの作った料理は美味しかった。食事が終わっても、二人の和気あいあいとした雰囲気の色は、人のいない無色の学生寮に隅々まで染み渡っていくようだった。

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