使命、討伐、悪鬼
いつの間にか、右手には一振りの日本刀が握られていた。
浅葱色の糸が巻かれた柄は手にしっかりと馴染み、剥き出しの刃は三日月型の刃紋が美しい。腰には漆塗りの鞘を帯びており、いま自分はここから刀を抜いたのだと理解する。
理解して――疑問が浮かび上がった。
何故おれは刀を持っている?
その答えは、目の前にいた。
時刻は既に深夜を回る頃。虚しい月明かりが境内の石畳を照らしている。円城鎮真は鳥居とその先に続く長い石階段を背に、そいつを見上げた。
神社の本殿。その屋根に腰かけるように佇む、赤い衣の女。古めかしい着物に身を包んだ、一匹の女だ。
鎮真が睨むような視線を向けると、女は心底嬉しそうに、真っ赤な唇の端をつり上げた。まるで口裂け女だな、と思う。
しかしこの女は都市伝説のような不確かな存在ではなく、確かにそこにいて、自分を見下ろしている。
刀を握る手に力がこもる。
いま目の前にいるのは、人外の化物であり、忌むべき災厄であり、滅するべき敵だ。
女がゆるりと、宙に踊り出る。泳ぐように夜空を浮遊。そしておもむろに、袖口から刀を取り出す。柄も、刃も、真っ赤に染まった凶刃を携え、鎮真に迫る。
互いの視線が交錯し、鎮真もまた、切先を地面に向ける。上空の敵に対する、切り上げの構え。敵を睨み据えたまま、駆ける。
女は嬉々とした笑顔で降下し、鎮真は能面の如く無表情で、刃を振るった――。
いつの間にか、右手には一振りの日本刀が握られていた。
滴る鮮血に濡れた柄は真っ赤に染まり、掴んだ手を離さない。剥き出しの刃は絵の具で塗り潰したみたいに昏い赤一色。腰に刃を収める鞘はなく、止めようもない殺戮の衝動が全身を駆け巡る。
衝動が疼き――疑問が浮かび上がる。
何故おれは刀を持っている?
その答えは目の前にいた。
深夜を回った暗い境内。虚しい月明かりが照らす石畳の上に立つ、一人の少女。漆黒の鴉を思わせる黒い短髪に、何処か神聖さを感じさせる白の小袖。下に履く緋袴は、自分の赤とは正反対に眩しい。
正しく巫女の出で立ちの少女であった。
無言のまま、彼女は腰に履いた刀を抜き出す。月下に輝く美しい銀色。それを携え、彼女はこちらを見据える。
その目に映るのは憎悪。化物である自分を、災厄である自分を、敵である自分を滅する者の目だ。
先程まで円城鎮真として存在していた自分が、いまはただ、怨みのこもった視線に晒されている。
今度はおれが殺されるのか、と僅かに残った意識で思った。
身体が勝手に空中に踊り出る。まるで水中にいる感覚を味わいながら、夜空を泳ぐ。途方もない解放感。堪らず刀を強く握り締め、地上の少女へと向かう。
少女は切先を地面に向けた構えで、こちらを待ち受けている。交錯する視線。意味もなく喜びが沸き上がってくる。赤い刃を突き出す。
――すべては夢のように儚く、脆く、朽ちて逝く。
貫かれたのは少女の身体ではなく、赤い刃を繰り出した己自身だった。
胸を貫いた銀の刃は、鮮血を滴らせ、水に濡れた紙のように赤く染まっていく。
これで彼女は新しく罪を背負う。たとえ災いを断つために剣を振るったのだとしても、血に染まった事実だけは変わらず、永遠に彼女を苦しめるだろう。
人は正義を行うが、刃は殺戮を行うためにある。それを知ってなお、その手に武器をとるならば、覚悟しなければいけない。
如何な理由があろうとも、殺人はそれだけで罪であり、悪と断じられるのだと。正義の旗は常に悪の一文字の裏にあるのだと。
刃を持ったなら、それらはあまねく悪鬼の卵であるのだから。
初投稿です。
プロットも無しにイメージが膨らむままに勢いで書いてしまったので、習作となります。
執筆歴浅いですが、しかし本当、微妙な作品になりました。