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『 い も う と 』

 夕食の時間になった。

 ユディは朝陽と夜宵と共に、すでに食事を始めている。四人分の料理が並ぶテーブルは、しかし明らかに十人以上用のかなり大きなものだった。義父の屋敷のよりも大きい。

 義父は、表では華やかな装いをしているが、自宅ではそれほどではない。

 食事は貴族にしては質素な方だと思う。肉類をあまり好まないので、野菜が多く並ぶのもそう見える一因だろう。ベジタリアンではないのだが、どうにも苦手なのだと言っていた。

 そこはユディも同じなので、食事は魚介類と野菜が中心。さすがにパーティでは肉を出しているようで、義父も多少は口にしているようだ。ユディの場合は、それでも極力食べないが。

 ……なので。

「好き嫌いはいけませんの」

「大きくなれないですの」

 と、双子に叱られるのは日常茶飯事だった。

 朝陽と夜宵はとにかく何でも食べる。特に甘いものには目がない。庶民向けの焼き菓子が特に好きらしい。あれは義父も、そしてユディも好きだ。よっていつも争奪戦になる。

 血の繋がりはないはずなのに、義父とユディはよく似ていた。

 侍女のナリア曰く、若い頃の義父にユディはそっくりだそうだ。面影がとくに、と彼女はよく懐かしそうに笑っている。ただ身体つき――主に身長は、ユディの方が若干小柄らしいが。

「失礼いたします」

 半分ほど食事を食べ終わった頃だった。先ほどから姿を消していた執事が、一人の少女を連れて部屋に入ってくる。執事に傅かれながら歩くその姿、その容姿に、ユディは絶句した。

 引きずるほどに長く伸ばされた黒色の髪。

 透き通るような白い肌、それを彩る赤い膝丈のドレス。

 薄く笑みを燈した薄紅の唇に、細められた星のような銀色の瞳。

 彼女はユディの向かい側の席に座り、さらに笑みの色合いを深くした。

「はじめまして……ユディフォードさま」

 そこにいたのは、あの肖像画の中から出てきたような容姿の少女だった。年齢は少し上なのか大人びているものの、髪型、目つき、肌などの色彩まで、全てが同じだった。

 アリエッタ――そう言いかけたユディは、その言葉を飲み込む。

 彼女は死者だ。

 いるはずがない存在。

 ならば、目の前で傅かれているのは。

「わたくしが、あなたをおよびいたしました……この別邸の主、ニィナです」

「……あなたが、ですが」

「ふふ、驚かれたでしょう? そう、わたくしが《娘》ですの」

 彼女――ニィナは、ゆったりとした動作で食事を開始した。

 しばらく唖然としていたユディだったが、すぐに食事を再開する。双子はというと、彼女の容姿にはさほど驚かず、ほとんど平らげていた。あの広間の肖像画で慣れたのかもしれない。

 まぁ、あれだけあれば、慣れざるを得ない。

 しかも廊下や、この部屋にもアリエッタの肖像画は飾られている。

 ここの使用人たちは、さぞや大変な思いをしているだろう。なにせ屋敷のあちこちにかの歌姫の姿が飾られている上に、自分たちが仕えている主はその生き写しと言ってもいい少女。

 執事も侍女も、極力ニィナに近寄らないようにしている。

 ――恐ろしいのだ。

 あの歌姫の娘を自称する彼女が。

「それで、何用ですか?」

 ユディはナイフとフォークを置き、声をかける。

 彼女もまた、食事の手を止めた。

 銀色の瞳がまっすぐにぶつかり合う。

「私をここに呼んだのは歌姫絡みでしょう? 歌碑の封印ですか?」

「いいえ、そんなことではありません」

「……違う?」

 彼女の答えにユディは、何とも言いがたい不信感を抱く。

 ユディの主な仕事は、アリエッタが紡いだ詩片の『無効化』だ。

 通常、術者がいなくなった術式は、適切に処理をしなければ大災害さえも招く。術式をもっとも的確に、そして安全に扱えるのはそれを作り出した術者のみだからだ。

 アリエッタが紡いだ詩は石に刻まれ歌碑となり、あちこちに安置されている。その効力があまりに高いために、適度に封印をかけつつ利用しているが、時折それが不安定になる。

 その処理係として呼び出されるのがユディ。

 ――正確には、朝陽と夜宵だ。

 二人は常にユディのそばにいる。いや、ユディがいなければ何もできない、といっても過言ではない。少なくとも、今の双子には自らの力を引き出すことさえ、彼なしには不可能だ。

 だから二人を呼ぶことは、主であるユディを呼ぶに等しい。

 しかし今回は違う。

 二人はむしろ添え物のようなものだ。

 彼女の、ニィナの目当てはユディ。

 その思惑が、彼には読めない。こんな場所に幽閉されているということは、トゥルーリア家からは完全に疎まれている、としていいはずだ。その自由も、極限まで制限されるはず。

 ならばなぜ、本家を通じてユディを呼んだのだろう。

「あなたとやりたいことがあるからですわ、《お兄様》」

 ニィナは哂う。

 その笑みに、言いようの無い違和感と不気味さを感じた。

「……妹を持った覚えはありませんが」

「もちろん、言葉のたとえですわ」

 でも、とニィナは続ける。

「わたくしは容姿、あなたは力を《お母様》から受け継いできた。彼女らが『アリエッタの娘たち』と呼ばれるのなら、あなたもまたそう呼ばれるべき。そう……だから《兄妹》ですの」

 彼女はうっとりと、恍惚とした表情を浮かべて言った。

 ――意味がわからない。

 アリエッタとの縁も、儀式に彼女の遺物が使われていただけの話。いきなり現れたかの歌姫の娘に兄と呼ばれる覚えなどないし、それほどに強い縁など身に覚えがない。

 それともアリエッタの関係者ならみな兄であるのか。

 だが、それなら双子はどうなる。朝陽と夜宵。力で言うならこの二人の方が上だ。ユディはただ彼女らを人形に見立て、制御しているだけなのだから。

 だが使用人と同様に、ニィナもまた朝陽と夜宵をいないものとして扱っている。

 これは、どういうことなのか。

「そもそも」

 ユディはあからさまに声のトーンを落とした。

 相手を威嚇するように。

 そして、自分を落ち着かせるように。

「私は貴女があのアリエッタ嬢の娘だという話すら信じていない。彼女は死んだ。もしかすると子供はいたのかもしれないが、あの状況で、無事に産ませてもらったとは思えない」

「えぇ、きっと反対されたでしょう」

「ならば」

「お母様は、わたくしを侍女の腹に移したのです。そして、逃した」

「まさか……」

 ユディは絶句する。

 腹の子を、他者に移し変えるという行為。

 理論上は可能とされるが、それは明らかな外法であり寿命を削る禁術だ。

 いくらあの歌姫でも、命の保障は無い。

「えぇ、公爵家令嬢といえども、禁術に手を出せば命を落としかねない。ですがお母様はそれに全てを賭けられた。自分の死が免れないなら、せめて我が子だけでも……と」

「ありえない……そんな行為を、トゥルーリア家に見破られないはずがない」

 そして何よりも、そうまでして隠された娘を、どうやってトゥルーリア家は見つけ出してきたというのだろうか。まだ『実はアリエッタは生きていました』と言われる方が納得できる。

 隠され方も常軌を逸しているし、見つけたて隔離――幽閉しているのもおかしい。

 本家令嬢であるあのアリエッタすら、処刑された。

 正確には衰弱死だが、あれは処刑といって差し支えないだろう。


 離島に繋がれたアリエッタは、まずその目を潰された。

 ――視線で魔力を操り、詩を紡がないよう。


 次に喉を潰してその声を奪った。

 ――詩片を歌わないよう。


 最後に四肢をもぎ取った。

 ――足や手で詩を紡がないよう。


 それほどまで徹底的に彼女の全てを奪いつくし、死に追いやって。

 残忍すぎると方々から責めを受け、魔族や公爵家の面汚しとまで罵られ、魔王であるクレディリットから叱責されても、その正当性を訴え続けたあの公爵――アリエッタの実父が。

 アリエッタの娘である彼女を、こうして生かすとは思えない。

 今は息子であり、一件の後に生まれたアリエッタの弟に爵位を譲っているものの、その発言力はトゥルーリア家の誰よりも強いという。クレディリットに意見できる数少ない存在だ。

 彼がいる以上、トゥルーリア家に歌姫の娘は生存できない。

 拭えない違和感が、話の全てを彩っていた。

「意外と人は油断するものですわ。その女性は人間だったそうです。ゆえに油断し、気づかなかったのではないかしら、とわたくしは考えてます。でもそれは、どうでもよいことですわ」

「どうでもいい、だと……?」

「えぇ、わたくしの《願い》には、関係がないので」

 ニィナは立ち上がり、ユディに向かって歩き出す。

「わたくしはただ、《お母様を甦らせたい》だけですわ」

 そのために。

「あなたが必要なんです《お兄様》……さぁ、《わたくしの元へおいでなさい》」

 その声色に身を硬くしたユディは、異変に気づく。

 気づけば、執事を含め使用人が室内から消えていた。

 ユディのそばにいたはずの、双子がいない。

 いるのはユディ、そして――ニィナ。

「わたくしは血肉を、あなたは力を。そう、二つで一つですのよ。わたくしたちが結ばれることで、この世界にもう一度《お母様》を、生み出すことができますの」

「……言霊か」

 立ち上がり身構える。

 失念していた。

 相手はアリエッタの娘だが、それ以前にトゥルーリアの娘。

 仮に彼女がアリエッタの実の娘であり、本人が言うように血肉――容姿しか受け継がなかったとしても、トゥルーリアという血統の力まで受け継がなかったということではない。

 かの一族は言葉で魔術を統べる。

 ただ――会話するだけで、相手を魔術に巻き込める。

 トゥルーリア本家の十八番、ある意味では彼らが公爵家たる証だろうか。しかし、他所よりそこに至りやすいというだけであり、何の鍛錬もなく生まれつきできるというわけではない。

 まさか、こんな場所に閉じ込めた存在に――それだけの力があるなんて。

 いつからだ。

 いつから朝陽も夜宵もいなかった。

 いつから二人だけだった。

 考えても意味がない。

 結界なのか、それとも幻術なのか。どちらにせよ破らなければ。

「手荒なことはしたくなかったが……やるしかないな」

 ユディは懐から、小さなビンを取り出し、投げた。中で赤い液体が揺れるそれは、ゆっくりと放物線を描き、二人の間に落ちる。光があふれたのは、中の液体が飛び散った直後だった。

 ――といっても、これもまた幻術の一つだ。ユディには影響などない。

 彼は屋敷の客間で用意しておいた、別のビンを次々と投げて。

「《こんな行為は無意味》でしかないのだから、《早く扉を開け》」

 光などものともせず歩み続けるニィナに向かって、言葉を放った。相手はその筋のプロの家系ではあるが、ユディには長年積み重ねたキャリアがある。

 先ほどのように不意打ちでなければ、いける。

 ユディの言葉で薬品に込められた魔術が発動し、ニィナの動きを縛り付ける。術者が意識を失うなどすれば、結界や幻術の類は、その効力を保てずに消える。

 彼の狙いはそこだ。できる限り穏便に、ケガをさせずに終わらせたかった。彼の腰には愛用の剣があるが――それを抜くようなことはしたくない。

 次々と発動する魔術をぶつけられ、解けるように歪む景色の向こう側で。

「ふふ……」

 ニィナは、今までのそれとは比較にならぬ笑みを、その顔全体にくっきりと浮かべた。

 ふわりと空気がうねる。ゆらいでいた景色が一瞬で元通りになる。

 ユディのすぐ目の前に彼女――ニィナがいた。

 笑みを口元に、踊るような手つきで、ユディの頬を両手で包み込んで。

「いいえ、逃がしたりはしない。わたくしと《お兄様》は、交わらなければならないの。どろどろのぐちゃぐちゃになるぐらい混ざり合って、そして血肉と力を持つ《お母様》を産むの」

 そしてユディの耳朶に、直接言葉が吹き込まれ。

「だから――《眠りなさい》《歌姫アリエッタの愛し子》」

 視界が闇に落ちていった。

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