『 は じ ま り 』
長い黒髪を指ですきながら、少女は笑う。
肖像画に描かれた、美しい歌姫の在りし日の姿に、彼女はよく似ている。
くすくす、と笑い続ける彼女を、屋敷の使用人は気味悪がった。
ただでさえ言動が狂気じみているというのに、その容姿は致命的なレベルで最悪だった。屋敷の関係者なら誰もが知る、あの歌姫を、抗おうにも克明に思い出させるからだ。
「早く、早く……きて、早く、きて」
彼女は心の底から欲していた。
この世でたった二人、アリエッタの因子を受け継いだ男女の片割れ。
ユディフォード・オーリェス。
いや、今はユディフォード・オーリェス・ジェストフェリ。彼女と同じ容姿を持ち、稀代の人形師にして、人間を辞めて魔族に至った存在。そして今は魔族の王の後継者だ。
種族を変えることなど、普通では決してありえない。
それを可能にしたのは他ならぬ、歌姫アリエッタの『因子』だった。少女にはない、亡き歌姫の因子を彼は持っている。だから彼女は、彼を呼んでいる。欲している。求めている。
「あなたは……わたくしと結ばれなければいけません」
アリエッタの血肉を受け継ぐ娘と、因子――力を受け継いだ青年。
これは運命なのだ。
二人は必ず、必ず結ばれなければいけない。
そして、もう一度。
「この世界に《お母様》を産みましょう、《お兄様》……」