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八、ホルンフェルスのヘレン

 ある晩、夢から覚めた千央は深夜遅くにトイレに行った後、そそくさと布団に潜り込んだ。そして、胎児のように丸まった。

 外の庭では名も知らぬ色んな虫たちが鳴いていて賑やかだ。ピッ、ピリリリリリリ……。フーイ、フーイ、フーイ……。チュツツツツ……。グァーゴ、グァーゴ、グァーゴ、これはカエルである。千央はさっき見た夢を思い出した。不条理で後味の悪い夢だった。なんだか全然眠れる気がしない。

 その時千央はふと、ある方法で気を紛らわすことを思いついたのだった。

 そして拝むように合わせた両手を口元に持っていき、それに向かって小声で話した。


“あの……ね、あなたが産まれたきっかけは、水野さんに算数のを解くのを手伝ってもらっていた時に、実験に付き合ってほしいと言われたことが始めなんだけど、”



 千央はまるで硝子が溶けたかのような水に手を入れ、川底の硬い石に触れた。

 石は長い年月をかけて削られ滑らかになったもの、こんぺい糖のように尖っているもの、灰色や白色がほとんどだが探せば珍しいものもいくつか見つけることができた。

 磨りガラスがサンドされているような石、キャラメル色と白が混じってマーブルキャンディみたいな石、プラネタリウムのように黒に白い星が散らばったのや、逆に大理石のような白黒で霜降り状のもの、真っ黒の碁石の材料になりそうなものどうみても宇宙からの飛来物のようなターコイズブルーのもの、赤い筋が走っているもの、金箔が混じったようなの。

 千央はその中からブルーサファイア色をした石を拾い上げた。白く曇ったような青と白が段々とした層になっている。宵闇の空を写しとったような柄でとても綺麗だ。

 選んだ石を持って川から揚がると、水野さんが待ち構えていた。

「よし、各自石は持っているな。さてさて……、えーっと、これから君達には、その石の中から、それぞれに、小さな小さな神さまを取り出してもらう」

 エーッと千央たちは声を出して驚くか、もしくは吹き出した。しかし、水野さんが弁解も何もしないので、そのうちみるみる呆れ返ったり、懐疑的な表情になっていった。なにしろ意味不明だった。彫刻でもさせようというのか。

 水野さんは皆のポカンとした顔を眺め回しアッハハ、と乾いた笑い声をあげた。そして、まぁ聞いてよと続けた。

「皆も一粒のお米には七人の神様がいるとか聞いたことあるだろう。全ての物に魂は宿る。だからむしろ発見と言うべきなのかもしれないな」後半は独り言になりつつも、水野さんは言った。

 ハァ、という声が隣から聞こえ、千央が見ると、真が困り果てた表情で相槌を打っていた。それを見て千央は随分寛容なやつだ、と思うと同時に、それに対して腹が立ってきた。彼も散々おかしなことに振り回されてきたはずなのに、なんでそんな間抜け呆けた初心な反応しかできないのかと。しかし、そう言う千央も同じようなもので、またおかしなことを言うやつが出てきた、と失望した気持ちで意識が占められ、千央はにわかに起きた相手に対する不審な気持ちを全く表すことはできなかった。現れた変化はせいぜい、少し頭を下に向けたぐらいであった。

 むろんそれで抗議や反抗の気持ちが相手に伝わるはずもなく、水野さんは提案を続けた。

「万物にはそれぞれ神が宿ります。この小さな石ころにもそれがあります。しかしその神さまたちの精神は未熟で赤ん坊同然なのです。さらに目も見えず、耳も聞こえない、あなたの話し掛ける心の声だけが聞こえるんです。それだけが彼、もしくは彼女の全世界なのです。あなたはマリアさま、マヤ夫人になって、優しくはなしかけ、一日あった出来事、気持ちや考えを報告をしてください。正しい方へ導いてやってください。いつか知恵がついて、精神が十分に成長した時に、あなたに話しかけてくるのを待って下さい。その時どんな言葉を掛けてくるか、楽しみにしていて下さい。その時はどんな言葉を話したか教えてね」

 水野さんはこちらの反応などまるで気にすることなく、まるでテレビの中の人のように喋り終えた。皆は、やはりア然としていた。水野さんが急に様相を崩し、

「実にくだらないなんて思わないで、皆さまどうかどうかご協力を、お頼み申し上げます」と言った。

 そのようすが可笑しかったので、千央らは吹き出してしまった。

 千央がふと隣を見ると、公平が一人鬼瓦のような形相をしていたので、とたんに笑いが吹っ飛んでしまった。どうやら彼も一筋縄ではいかないようだ。彼は千央たちよりいくつか年上に見えたので、多分他の子が気づかないようなことに、思いを巡らしているのだろう。

 それは純粋な嫌悪の表情というのか、一瞬の出来事だったのに、それは千央の目と脳に強く焼き付いたのであった。

「本当に話しかけてくるの?」

「ああ、きっと答えてくれるよ。熱心なら熱心なほど」水野さんは軽い調子で請け合った。

「ヘレン・ケラーとサリバン先生みたいだね」

「そうそう。いいね、その例え。それ頂きだ。でも神様なんだから、立場はわきまえないといけないよ。……まぁ、馬鹿らしいと思うかもしれないけど、試しにやってみてよ」水野さんは仏頂面の真琴を見ながら言った。



 公平や真琴は気に入らなかったようだったが、千央はこのやり方をとても面白そうだと考えた。これが人形遊びの一種の変形のように思えたからだ。千央は人形遊びやごっこ遊びはとても好きで、これは自分自身いつもやっていることだった。しかし、この奇妙な状況でお墨付きを貰ったことにより、千央は不信感を持ったのだった。そして、この遊びがどういったものであるかを考えさせられた。

 これが、普通のごっこ遊びと違うのは、出来事や考えに自問自答をさせる相手の役が神さまでなくてはならない、というところがである。話し相手は神さまなのだから、なるだけ人格者の性格をつくらなくてはならないから、善の性格を引き出す効果があるかもしれないと、千央は思うのだ。もし、悪い考えが起きた時とかにそれを諌めてくれたりするのかもしれない。どうだろうか?

 ようは、より好ましい人格のイマジナリー・フレンド(想像上の友達)を人工的に創りだすなにかしがの心理学的な実験のような気がするのだ。神様云々のところがこの場所らしいな、と千央は思ったのだった。


 しかし千央は後から、この方法にはマズイ面もある気がしてきたのだ。

 そもそも一人の人間がそれぞれの感情(この場合は良心)に意識的に人格をつけるのは不自然だし、一人二役を繰り返すうちに自分の意見を他人の考えのように感じるようになるかもしれない。これは、二重人格になる危険をがないだろうか?また、良心の規準を子供に丸投げしていいのだろうか、とも思うのだ。下手したら、その人の全て肯定する独りよがりな神様になってしまうのではないか?と、……そのような心配をしながら、千央は神様への報告を終えた。

 しかし、この心配はあくまでも真面目にやるやつがいればの話しであった。そもそも、そんなにうまくいくわけがないのである。だって、子供の自分でさえこんなに馬鹿馬鹿しく感じるのだから、“いいから、神とやらはさっさと失せろ!!”と、千央は自分の拳に向かってそう念じた。


“そんな風に言われ、私は千央に突き放されてしまった。以来、私は真っ暗な静寂の世界に住むことになったのだった――”



 ハハハ、……なんてね。千央は一人笑いし、しばらくしてやっと眠りに入ることができた。

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