表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/32

二十八、バーガー岩にて

 滝のように降り出した雨を岩の影から見上げながら毅は言った。

「この雨だとまた増水して川が濁るな。しばらく川で遊べなくなるかもしれないぞ」

「え、泳げるようになるまでどんくらいかかんの?」岩に寝転んでいた伊鶴は飛び起きて言った。彼はこのところ、川で泳ぐのを日課にしているのだ。それも、午前と午後の二回もだ。

「んー。僕の経験から言って、だいたい十日間くらいかな」毅は答える。

「そんなぁ、つまんねぇ」伊鶴は脱力したように言った。

「まぁそれは嘘なんだけどね」飄々と毅は言った。

「夕立だからすぐに止むよ、多分」

 公平はシャツの袖で耳を拭き、笑って言った。

「雷がなるぞ」とアリジジは言った。「そら」

 その通り、間もなく辺りがフラッシュを焚いた時のように、二度白く照らし出された。それから千央たちがいるところからそう遠くないところでゴロゴロ音がなり、ドーンと大きな音とバリバリと割れるような音がした。アンコは耳をパッと塞ぎ、縮こまった。しかし千央は、堅固な岩の下にいると守られているような感じがして安心だった。千央たちが雨宿りしている場所はとても変わっていて、大きな平たい岩を背後の木が上下を割るような形で裂いており、まるでホタテ貝のようなハンバーガーのような感じで、その間に皆は入りこんでいた。天井も床も乾いていて、張り出した岩の屋根のおかげで雨は降り込まず、難をいえば正体不明の動物のフンらしいものが奥にべったり張り付いていることくらいだった。

 アリジジはどこからかキイロの飴を取り出すと、全員に一つずつ配りはじめた。皆はそれぞれ礼を言って受け取った。

 千央は飴を舐めながら(それはなんとも奇妙な味の飴だった)、なぜこんなものをアリジジが持っているのかとふと疑問に思った。誰も飴などは持ってきていないはずなのだ。千央はそれを尋ねたかったが、どこかの家から盗んだものだという答えが返ってくるような気がしたので、止めておいた。

 アリジジは飴を砕いて、鼠のカゴの中にそれを振り掛けた。

「飴なんか食べるかな」真琴が言った。

「どうかな……。あっ、食べるようだよ」と慶幾。

 皆の熱視線の中、鼠は臆することもなくシャリシャリと音をたてて飴を噛みはじめた。ちなみにこの子鼠の名前はいつの間にか決定しており、鼠なのになぜだかスズメになっていた。スズメとの共通点は毛の色くらいなのだけれど。

 千央は言った。

「ねぇ、あのさ。動物の死体の件で私に考えがあるんだけど」

 口中をモグモグさせながら、すごく奇妙でへんてこな話題を振っているなと自らも思いつつ、千央は話した。

「植物を入れるって言ってた袋に生きたカエルを入れて代わりにすればいいんじゃないかって思うんだ。生き物の死体を使うんじゃなくってさ。カエルなら魔女っぽさも出るし、その辺に大量にいるから無理矢理死体を探さなくていいから」

 大音量で鳴くカエルの合唱を聞きながら、千央は言った。

 それに対して毅は「死体を使わないと不気味さが出ないのでは」と言った。

「そこは他のところで怖く演出すればいいと思う」公平は言った。「たとえば血とか意味不明のマークとかさ……」

 それならといった感じで身を乗り出すと、慶幾は言った。

「雑誌に載ってた三角形の魔法陣とやらは?あれならすぐ真似できるし、ゴッチで儀式をしたやつと同じだと思わせられるよ」

「いいかも、それ。他に案のある人は?」公平は皆に聞いた。

「ローソクを使う」

「呪いの藁人形……」

「何かを釘で打って吊しておくとか」

 ……それを本当に実行する実感もないままに、千央たちは熱中しアイデアを次々に言っていった。この会議は雨の降る間中続き、アリジジは黙ってそれを聞いていた。

 雨が上がった後、千央たちは皆でカエル取りに行くためにバーガー岩を離れた。カエルは葉を踏んだり、揺らしたりすると飛び出てくるのでそこを捕まえた。

 カエル嫌いの真琴は当然それを嫌がったが、雨上がりで時機がよかったのか真琴抜きの7人でも十分な数を集めることが出来た。しかしどれも最初に見た塩漬けカエルほどの大きさはなく、ポップコーンくらいしかなかった。そいつらは全て例の木綿袋に入れられたが、中で必死になって飛び跳ねているのが見えて、それを見ているうちに千央は何となく気が滅入ってしまった。

 それから千央たちはアリジジの寝床に戻って、呪いの魔法陣の予行練習をやることにした。

 まず、公平が木綿袋からカエルを2、3匹取り出し、ハンカチサイズの布に置いた。それから、対角に向かい合っている角同士を合わせて二回折ってカエルを包み込み、三角に折れた布を地面に置いて角を釘で固定させた。

 次に、真琴が仏壇用の白いローソクを取り、ライターで火を点した。これはしばらく横向きに持って、ロウを何滴か地面に落とさなければならない。

「これは失敗したら駄目なのだ」

 ロウを垂らした地面にローソクを立てながら、千央はつぶやくように言った。「もしローソクが倒れたりでもしたら大変、全く関係のない人に呪いが降り懸ってしまうってわけ」

 これは千央が勝手に作った設定なので、もちろん本当にそうなるわけではなかった。しかし、こういう取り決めがあった方が呪いの儀式らしい気がしたのだ。最後に作って置いた乾燥葉っぱを周りに散らして完成だった。

 帰る時千央たちは、捕まえたカエルは程よく湿った地面に掘った穴に入れて逃げないように蓋をしておき、いつか使う時まで取っておくことにした。


 明くる朝、千央は庭で洗濯物を干していた。最初の頃と比べると、大分上達はしたものの、下手だった時の無茶な干し方でほとんどのシャツの衿がだらしなく伸びてしまったのがたまにキズであった。

 千央が途中ふと目を外すと、慶幾の家の猫ナガが生け垣を抜けて増田家の庭に入ってくるのが見えた。千央がナガがこちらに歩いてくるのを待っていたところ、後ろから今度は子供の影が見えてきて、あっという間にナガを追い抜いて千央の側まで来た。影の持ち主はナガの飼い主の慶幾だった。

 慶幾は手に何か白く四角い物を持っていた。彼はそれをひらひらさせて開口一番、こう言った。

「あったよ!名刺、見つけたよ!」 えっと千央が驚く間もなく、慶幾は速歩で通り過ぎ、ベランダから家の中へと大声を出し入っていった。

 千央は洗濯物干しを終え、それからナガを撫でて中に入ると、皆はテーブルで慶幾を囲み盛り上がっていた。

「名刺あったって!」

 アンコは名刺をくれ、受け取った千央は洗濯カゴを足元に置きながら聞いた。

「これ、どこにあったの?」

 慶幾は椅子の上で伸びをしながら尊大な調子で言った。

「それがさ、漫画雑誌のページに挟まってたの」

「漫画雑誌?」

「うん、昨日さ、アリジジが布のバック破ろうとしてただろ?」慶幾は興奮気味で話し出した。「僕いつかどっかで同じ物見たなぁって思って、ずっと考えてたわけ。で思い出してみたら、佃さんにあった日に毅に借りてたバックだったんだよ。んで、そのバックに何入れてたかというと、その日買った漫画だったんだよね。だからもしかしたら間違ってその漫画本の中に挟まっちゃってるんじゃないかと思って調べてみた、そしたら見つけたんだ。本当びっくりしたよ」

「犯人はお前だったのか」公平はわざとドスの効いた声で言った。

 慶幾はおちゃらけた調子で謝った。

「ゴメン、ゴメン。でも見つかったんだし、許してくれ」

「ふざけてんじゃねーよ」

 公平は慶幾の背中を手刀で叩き、それから首を絞めた。慶幾はぐぇーっとカエルのようなうめき声をあげて苦しんだ。

「ちょっと止めなさいよ」真琴は二人の間に割って入った。

 千央はそんな三人をうっちゃって、再度名刺を見た。わざわざホテルに行き、嘘をついたのは無駄にはなったものの、佃さんの連絡先は無事判明したのだから、千央は嬉しかった。だが、今さら佃さんに連絡してもどうにもならないかもしれないと思った。近い先にいくつかの困難が待ち構えてるのは分かっているものの、効果は期待薄ながらも自分たちで対処法を決めたことやアリジジの存在が、千央たちに一定の落ち着きを与えていたからだ。とは言え、今の状況になる一因を作った人物ではあるのだから、怒りをぶつける相手には調度よいであろう。


┏―――――――――――――――┓

|               |

|               |

|  上成大学          |

|               |

|      佃 憲人     |

|               |

|               |

┗―――――――――――――――┛


 この名刺の裏側には、大学の電話番号と佃さんの携帯番号が並んで載っていた。

 公平は廊下からコードレス電話を持ってきて、早速電話をかけようとした。だが毅は公平を制止し、アリジジがいるところで電話した方がいいと言った。

 そこで千央たちは、子機を持って山へ入った。しかし、アリジジの寝床には風に揺られる草しかなく、もぬけの殻。アリジジの姿はなかった。今まではいつ行っても、アリジジは門柱のように当たり前にそこにいたから、一同は完全に面食らってしまった。

 慶幾が不安そうな顔で下草を踏み締めた。

「アリジジがいないなんてめずらしい、何かあったのかなぁ」

「誰かが側まで来たんじゃないか?だから場所を変えたとか」

「まさかと思うけど、見つかったりしてはないよね?」真琴は言った。

「怖いこと言わないでよ」

 もしそうなら、大変な事態だった。千央は平静を装いつつ、脳内で静かにパニックを起こはじめていた。

「まさか、もしそうなら、それならそれで何かしら騒ぎになっているはずだよ。あの人たちのことだもの」

 公平は冷静な意見を述べた。

 とにかく探そうと林から飛び出した一同にの耳にかすかな水音が聞こえてきた。音を頼りに行ってみると、アリジジは山の沢でのんきに水浴びをしているのだった。川の深みで浮いたり沈んだりを繰り返して遊んでいたアリジジは調度こちらに気づくと、眩しそうにこちらを見上げ、ニッコリと笑いオーイと、手を振ってきた。その脳天気な様子に心配していた千央はがくっと脱力させられてしまった。しかし考えてみると、逃亡生活とは言え、アリジジにもそれなりの生活があるのだから、留まっている義務なんぞない。トイレやら行水もしなきゃならないし、ある程度運動なども……。そういえば、アリジジは千央たちのいない時は何をして過ごしているんだろうか?それは今だ謎だ。

 伊鶴は川辺に駆け寄って行った、千央たちも後に続いた。伊鶴は元気よく言った。

「ねぇアリジジ、いいニュースだよ!佃さんの連絡先が分かったんだ!」

 アリジジはウワーッと歓声をあげ、シンクロのように一回転してみせた。

「そりぁすごい!」そして水面に浮かび、ざぶり、ざぶりと一掻き、二掻きし、岸へあがってきた。「じゃあ、カメラのことでホテルから連絡があったんだね?」

 慶幾はニヤッとして言った。

「いいえ、その……名刺が見つかったんです。実は、僕の本だなにあって……」

「なんだ、違うのかぁ」アリジジは少し残念そうにした。

「それで……、これがそうなんです」

 慶幾は名刺を差し出した。

 アリジジは腕を振り、手の水を飛ばした。そして濡れないように名刺を指で挟んで受け取った。

 アリジジの体にはそれなりに毛があったが、やっぱり顔の毛の方が断然濃かった。 千央はアリジジの顔のモジャモジャについて、本人に尋ねたこともなく、またこれから尋ねる気もなかった。別に聞くことにタブーを感じたからではない、あまり気にならなかったからである。というのも、千央の体にも他の人とは違う場所があるせいかもしれない。千央には右半身に大きめのアザがあったのだ。だが、今のところあまり気にしたことはない。だけど、あまりにくっきりと茶と白に分かれているため、小さい頃、自分は二人の人間を半分ずつ継ぎ接ぎにして作った人造人間なのではないか?と馬鹿馬鹿しいことで悩んだことはあったが……今ではそんなことは有り得ないと分かっていた。

 しかし、他の子はどう思うだろう?皆は、アリジジの顔をどう思っているのだろうか?

 名刺を見終わったアリジジは名刺を慶幾に返しながら言った。

「この番号に電話はしてみたの?」

「いいえ、まだ、だから今から電話しようと思って……」

 毅は持参した子機電話を見せながらこう言い、皆は頷いた。

 それから千央たちはアリジジが体を拭いて服を着るのを待ってから、またアリジジの寝床の場所へと向かった。アリジジと一緒なので、あまり一目につくところにはいたくないからだ。

 寝床に到着した一行は、岩に座ったアリジジを囲うように集まった。

「相手を怒らせないように気をつけろよ」アリジジは言った。「じっくりと時間をかけて聞き出すんだ」

 この電話の目的は、どういう経緯で取材ビデオが佃さんの手からからテレビ局の方へ渡ったのかを聞き出し、もし叶うのなら、佃さん本人が何者かの差し金で毅の家にやってきたのではないかというのをを探り出すことにあった。

「わかりました」と、公平は電話持って頷いた。公平が一番佃さんと接点があると思われたので、まず彼が電話をかける役になったのだ。彼はアンコに名刺にあった携帯番号を読み上げさせ、黄色く発光するボタンをポチポチと押した。一拍置いて、電話口から呼び出し音が鳴り出すのが聞こえてきた。千央はその音を心臓をドキドキさせながら聞いていた。それから急に公平が背筋をピンと伸ばした、それで千央には相手が電話に出たのだな、と分かった。公平の唇がせわしなく動くのを千央はじっと眺めた。

「あの、もしもし……僕――」

 二人がしばらくやり取りしている間に、千央は注意深く耳をすました。すると、紛れも無い、あの佃さんの声が受話器から聞こえてきた。

『……――あぁ……、そうか。思い出した思い出したよ、久しぶりだなぁ。あの後電話しようと思ったんだけど、連絡先を知らなくてさ、そっちがくれるんじゃないかと思ってずっと待ってたんだよ。思ったより遅かったね』

「はぁ、それがですね。実は僕ら名刺を無くしちゃってて、ついさっき見つけたんですよ」

『そうなのか。で、あのテレビは見たか?』

「はい、そりゃ勿論見ましたよ。見たから電話をしようと……」

『ああ、あれはすごい番組だったねぇ。カルト教団対市長!!ただ今時悪の巣窟ってのはないよな。でも、結構楽しめただろ?』

「あー、そうでしょうか…………」

 公平は困った顔になって言った。千央たちもお互いに顔を見合わせた。

『あそこ今じゃすごい話題になっているようだねぇ』

「はぁ……、確かにおかしな騒ぎにはなってますね」佃さんは嬉しそうに言った。

『おかしな騒ぎなんてもんじゃないよ。しかし俺らが発端だなんで思うとなんとも感慨深いと思わないかい?』

 “全然感慨深くないな”と千央は思った、公平や他の子たちも多分そう思ったことだろう。

 公平は佃さんの質問を無視した。

「でも、僕聞きたかったんですけど、何であれがテレビで放送されてるんですか?あんなの聞いてなかったです」

 公平は相手に警戒されないように、興味ありげにさも、それを面白がっている調子で聞いた。

『あああ、あれね。まぁね、でもいいじゃん別に、気がすんだだろ?』

「全然良くないんですよ、それが。こっちは袋叩きにあって参ってるんですよ。変な電話はかかってくるし、近所の人には怒鳴られるし、もう散々なんです」

 佃さんは驚いた声を出した。

『えっ!?まだそこにいるのかい?もうとっくに家に戻っているかと思ってたよ。じゃ、他の子もいるのかい?』

『ええ、一人を除いては……』

 公平はまず真が入院した話をし、ちょうどその頃にあった怒り狂った近所の人たちが霊能者宅に乗り込んできて、大変な修羅場になったという話もした。

『へぇ……なんというか……、大変だったろうねえ。でも、面白い経験になったんじゃないか?大人相手に本気で怒る大人なんてめったに見れないからね』

 佃さんの言い方はまるで他人事のようだった。実際、千央たちは帰れば本当に他人事になるのだから良いが、毅には霊能者の家の子なのだから単純に面白い経験、というわけにはいかないのだ、ふざけるなと千央は怒った。しかし、そもそも佃さんは千央たちが霊能者を嫌っているものと思い(これはとりあえず間違っていないが)、毅が霊能者の家の子だなど全く知らないわけだから、これは自分の感じるほど意地の悪い発言ではないと千央はすぐ気付いた。

『で、いつ帰るの?』

「あと、何日間かはここにいる予定です」

 公平は言った。これにたいして佃さんはこう返した。

『ふぅん。ならさ。どうせなら、またそちらの取材をさせてくれないかね?どうだろう?手伝ってくれないか?』

 このとんでもない提案に、公平は唸り声をあげた。




「無理ですよ、そんなこと。だいたい佃さんたちはあそこ出入り禁止ですって、きっと袋だたきに合いますよ」

『そこんとこはちゃんと考えてるから大丈夫。別のやつを寄越すからね』

 佃さんは抜け目なく言った。

「いや、だからそういうの本当に無理です」

 佃さんはそれでも食い下がった。

『なら、せめて電話取材だけでもやって協力してくれよ。呪いとか、色々聞きたいんだよね。……そーだ、あの死んだヤギの件。あれはどーなってんの?黒魔術だとか呪いだとかの噂があるらしいけど』

 この唐突な問いに千央はこれ以上ないほどドッキリさせられた。そういえば、佃さんの専門はジャーナリズムがどうのこうのではなく、オカルトやらの怪しげな方にあるのだったと千央は思い出した。だから佃さんが、その情報を知っていたとしても不思議ではないだろう。

『そっちで実際にそういう儀式の習慣はあったの?』

「あるわけないでしょう」

 公平は冷たい口調になって答えた。

「ないよ、そんなもん」

 毅は怒鳴った。話し口から相当距離があったので、相手に聞こえたかは分からないが。

『じゃあ、霊能者本人はこの事件のことをどう言ってるの?猟奇犯の仕業か、例の逃亡中の患者の仕業か……』

 ついに自分の話題が出たので、アリジジは前に垂れていた頭をあげて、電話をじっと見た。そして、微妙な顔つきになった。

 千央の心臓はまたドキドキと強く脈打ってきていた。実はそれを自分たちは再現しようと計画している、偽の犯人を演出して本物をあぶり出す、もしくは錯乱させるため、なんてことはとてもじゃないが言えまい。

「知りませんよ、そんなの」

『警察とかは来なかった?何か聞かれた?』

 毅は人差し指を招くように動かして、公平を呼んだ。

「特には……」

 公平の頭から受話器が浮いたので、一瞬やり取りの声が聞こえやすくなったが、すぐに受話器は毅の側頭部に押し付けられたので、聞こえは元通りになった。

「ねぇ、そんなにしつこく聞きたがるなんてあなたあのテレビの人じゃないんですか?」『誰だ君は?』

 電話の相手が急に変わったので佃さんは聞いた。

「僕は……、あの……髪の長い……男……」

 まさか霊能者の孫だとは名乗れず、毅は見た目の特徴をおろおろしながら述べた。

『……髪の長い……?……ああ、ああ、思い出したよ』

「佃さんは本当に大学院生なんですか?嘘じゃないんですか?」

 早口で毅は言った。

『まさか、嘘じゃないよ。名刺を渡しただろう』

「でも名刺を作るのに、本当の生徒である必要はないでしょう」

『馬鹿馬鹿しいなぁ、もう。君たちを騙すのに大学院生を名乗る必要なんてあるか?全然ないだろうが』

「……じゃあ何でテレビで流れたんですか?」 今度は毅が食い下がった。

『あのねぇ』少々イライラしてきたようで投げやり気味に佃さんは言った。

『帰り道にね、反対運動を取材しているテレビ局の人たちに会ったんだ。まぁ話し合って双方に折り合いがついたから、いくらかのお金を貰って取り引きしたんだよ。あの人たちも運がいいって喜んでたよ。確かにすごい偶然だものな、お目当ての映像をもった一般人に取材当日鉢合わせするなんてね』

「何で売っちゃったんですか!それにテレビの内容はまるで出鱈目じゃないですか!!」

 声を荒げて毅は言った。

『一体君は何を怒ってるんだ?』

 佃さんはあきれた声で言い、溜め息をついた。

『だいたいさ、お忘れのようだがね。仕返ししたいって自分から俺らに協力したのは君たちだろう?そのためにあんなわかりやすい芝居をうったんだろうがよ。普段はあんなに攻撃的じゃない。いつもならからかうだけで終わりだよ。外国人のふりをしたり、アフリカの帰国子女のふりしたりしてさぁ……』

「アフリカ?」と毅。

 千央も眉根を寄せた。

『まぁ、こっちの話。それに、そんなこと言われても、俺らは何もしてないよ。売ったもんを局がどう使おうが口出しできないものね。テレビで誇張なんてよくあること、それも含めて詐欺行為の報いさ、僕は自業自得だと思うな……。おーい、聞いてるか?』

「僕は別に仕返しなんかじゃなくて……、……騙されてる子たちを楽にしたかっただけです」

 毅はボソボソと言った。

『ああ、そうなの。まぁ、どっちにしろ、君らにはもう関係ない話だろう。親を引っ張ってやめたらいい』

「やめるなんてとても無理ですよ」

『無理じゃないさ』

 毅は地面を睨みつけながら、叫ぶようにそれを暴露した。

「だって僕のお祖母ちゃんが霊能者なのに、どうやって抜け出せっていうんだ!」

 そして毅は電話の「切」ボタンを押すと、子機を地面にたたき付けた。電話本体は地面にボトッと落ちそれきりだったが、衝撃で薄いプラスチックで出来た四角い何かが外れて勢いよく跳ね上がり、周りはびっくりして同じように飛び上がった。

 電話を切った後の皆の落ち込みっぷりは相当なものだった。特に毅は佃さんへの告白(自白と言えるかも)、で精神をずいぶん消耗したようで、ひどく気を落としていた。子供にこんな表現をするのはおかしいのだが、この数分間で何歳か老けたようだった。

 一方、千央の頭も複雑な動きをして、ものすごくこんがらがっていた。おそらく佃さんがスパイではないことが分かってホッとしたのと、やっぱり佃さんが流していたのかというのと、両方の考えがあったためだろう。

 アリジジは毅の小刻みに震える肩をやさしく叩いていた。毅は泣いてはいなかったが、顔を歪めて喉を獣のようにグゥーグゥーと鳴らして明らかに涙を堪えていた。アリジジは背後から毅の耳に何かを囁いており、毅はそれに合わせて頷いている。おそらく、慰めの言葉を言っているのだろう。

 もしかしたら、アリジジのやさしさに堪えきれなくなって、逆に泣くはめになるかも知れないぞと、千央はハラハラしながらしばらく二人を注視していたのだが、毅は突然フッと吹き出し笑い出した。同じくアリジジも笑い、最後に毅の肩で摩擦熱を起こすように強く擦ると、毅から離れた。

 それからアリジジは千央たちの方に向き直ると、こう言った。

「計画を決行することに決めたよ。今夜中に全部やってしまう、本当は隙をみて一件ずつやっていくつもりだったけど、諸事情により早まったので……」

 そして、アリジジは口の端に笑みを浮かべ毅を見た。おそらく、毅のために作戦を前倒しにしたのだろうということを千央は悟った。

「えっ!なら、私も一緒に行きたい」

アンコは部品の欠けた電話を直そうと試行錯誤しながら言った。

「僕も」伊鶴は挙手して言った。それから、

「僕も手伝いたい」と、公平。

 続いて我も我もと千央、真琴、慶幾の手があがった。しかし毅はというと、側に繁った草を毟るだけだった。

 その光景を見て、アリジジは首を振りこう言った。

「いや、今回は真夜中に実行するし、危ないから僕一人でやるよ。だいたい夜間に子供がいなくなってることが親御さんにバレたら、それこそ大騒ぎになってマズいことになる。もし警察に通報されでもしたら、僕は絶体絶命のピンチさ……。それに皆が夜外出した次の日にゴッソリ呪いの跡が見つかったら、どう考えても君たちが怪しまれてしまうだろうよ」

 アリジジの言い分は確かにその通りで、納得がいったが、これがもし実現したら楽しい夜の散策になりそうだっただけに、千央はかなりがっくりときた。

 それからアリジジはポケットから四つに折った紙を取り出して開いてみせた。それは千央が以前見せてもらった毅お手製の山の地図で所々にいくつかバッテンがつけてある。悪魔の儀式捏造作戦”を行うにあたって、千央たちに任されたことの一つに今まであった事件(火事なり空き巣なり)の場所を予め調べておくというのがあった。地図にあるバッテンはこれまでの事件の数はボヤ火事6件と空き巣9件の計15件の目印だった。なんのためにこのような調査が必要だったかというと、アリジジの個人的な復讐のためだ。アリジジは事件が住人たちが談合し共謀した狂言である可能性があると思っている、これらの家はその計画に確実に協力しているのだから、アリジジの仕返しリストに上がるのも、まぁ当然といえた。しかし何の知識もない子供が作った地図なので正確さはなんとも頼り無かった。とはいっても、ここらへんの家屋はほとんどが山の裾野や麓にあり、それも点在しているので、山の麓の形さえ分かっていればだいたいの家の場所の特定は出来るのが救いである。

「正直に教えて欲しいんだけどさ」アンコは言った。「この9件の空き巣被害の中でアリジジのやったのは何件なの?」

「3件……いや4件かな?でもそれらはちゃんと抜いておくから大丈夫だよ」

 アリジジは笑い出した。

「店で万引きしてもよかったんだけど、このルックスじゃとんでもなく目立ってしまうしなあ」

「確かにそうだね」公平は吹き出し、頷いた。

 ボロを着た毛むくじゃらのアリジジが商店で人目を憚ろうとして全く憚れていないようすを想像し千央も一瞬吹き出しそうになったが、そのようすがあまりにも反省の色ゼロなので、代わりに千央は脱力してしまった。

「あああ、明日が楽しみだな」アンコは興奮して飛び跳ねながら言った。

 それに対してアリジジは警告した。

「楽しみにするのはいいけど、くれぐれも君たちが第一発見者にならないように気をつけておいてくれよ。出来るだけ村の人に見つけてもらいたいからな」

 確かに第一発見者が容疑者になったりはドラマとかでよく聞くものなと千央は思った。それに、もし千央たちが第一発見者になってしまった場合、それはあながち間違いとはいえないだろうから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ