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二十七、鼠と猫と特製ポプリ

 ホテルへ行った翌日、アリジジは青のバケツに入ったまな板、塩、果物用ナイフを千央たちから受け取った。

 これはアリジジは昨日のうちに所望していたもので、まな板は余った板切れを適当な長さに切ったままごと用。刃物は本当は牛刀を持って行きたかったのだが、それではあまりに大袈裟すぎ、という意見を受けて、ほとんど使われていない小さな果物用ナイフを毅が砥石を使い、切れ味鋭く磨いだ物だった。

 それからアリジジは千央たちを畑まで走らせ、タマネギを幾つか採って来させた。一方自分は山の中を散策し、色々な野花を摘んできた。

 アリジジはナイフを持って、タマネギの上下を切り落とした。それから皮を向き、格子状に切り目を入れて、1cmほどの粗微塵にした。同じように他の材料も刻むと、手元にあった塩袋を開封した。これはなんの変哲もないただの食塩であり、増田家の台所から失敬した物だった。

 アリジジは、まずプラスティックバケツに薄く塩をしくと、その上からタマネギを乗せ、さらに塩、またその上に野花、また塩、タマネギという順で積み重ねていった。横から見てみたら、塩と野花、タマネギの色が横縞な層になる感じだ。最後にまた塩をまぶし、それから、ツバキの葉を並べて蓋をしていった。

 材料が塩にまみれた状態で、なんだか漬物でも作っているかのようだが、もちろん食べるために作っているのではなかった。実はこれは住人を騙すために使う、小道具の一つなのだ。

 ここ最近、近所で空き巣やボヤ火事(昨日のものも含めて)がやたらに増えているという話を千央たちから聞いていたアリジジは、あることを以前から推理し、話していた。

「もしかしたら、これらの事件は反対派が運動を有利にするために空き巣とか放火を装っているんじゃないかしら」

 考えてみると、この件では唯一アリジジ一人だけが犯人はアリジジ(自分)ではないと知っていた人なのだから、他の犯人説を思い至っても全く不思議じゃない。近所ではこれらの事件はすっかり病院からの脱走者の仕業ということになっていたが、アリジジは犯人が他の誰かであると前から核心を持っていたのだ。アリジジ本人が疑われていたのだから、それは分かるのが当たり前といえば当たり前だ。だけれど、村全体で集団詐欺を働いているというのは、あんまりに突拍子もない話だし、それに住民の人達のとった行動、病院の増設反対運動や、山の中を追いかけ回されたことを恨みに思って、そう考えているのでは?という疑念があったのだ。

 これを千央が指摘すると、アリジジは答えた。

「いや、僕は反対運動だけで住民の人達を恨んでそう思ったわけじゃない。ただ住民たちの増設に対する反感から考えると、可能性が一番あると思っただけ。別に犯人が住民たちじゃなくても構わないんだ。僕は単に濡れ衣を着せ続けている奴が憎たらしいんだよ。あと、一緒になって騒いでる奴らもね。これはいないかもしれないけど、とにかく、こんな不名誉を受け続けるのはもう堪えられないんだ。だから一刻も速く犯人を探して辞めさせることにしたんだ」

 慶幾は言う。「犯人探しなんてさぁ……、どうやってやるの?待ち伏せでもする?」

「うん、それはちゃんと考えてあるよ。僕の無罪を知っている人は他にもいるはずだろ。それは紛れも無い本当の犯人さんさ。もしだよ、見に覚えのない同じような事件が起こりだしたら本当の犯人どう思う?きっと混乱しだすはず。それで騒ぎが収まるのならいい」

 要は模倣犯の犯行にオリジナルが割り込んでくるという、小説めいた展開にしたいらしい。

 自分はこれから放火や空き巣(空き巣はしていたようだが)をしますという旨の発言を今さっきアリジジはしたのだが、それを無視して毅は聞いた。

「でももし、それをやっても収まらなかったらどうするんです?」

 この質問にアリジジは少々諦めモードになって答えた。

「収まらなかったら……、それはどうしようもないねぇ」 とりあえず処処の問題は置いておくとして、千央は思っていた。これが個人の犯行ではなく集団の犯行でその上、計画的なものではなかった場合はどうなるのだろうか?と。もし暗黙の了解で個々にやられていたものであったら、他の事案と差別がなされず、結局ただの一協力者で終わってしまう気がするのだけれど……。

「でもそれと、この塩漬けは関係があるの?一体何に使うの?」

 アンコはバケツを指差して言った。

「これも無意味じゃない。使い道はちゃんと考えてあるよ」

 アリジジはにっこりと笑った。

「ほら、以前ヤギの死体が近くで発見されたっていう事件があったろう?何かの記事に載ったやつ」

「ああ、ゴッチのやつですね」と公平。

「そう。あれは悪魔の儀式がどうとかって言われてたよね。もちろん実際は違うけど」

 そう言ってアリジジは毅と千央を見てきたので千央は多少の罪悪感を感じて首をちょっと竦めた。この二人がゴッチの死体を墓から掘り出し、すき放題バラバラにしてそのまま帰ってしまい、それを見つけた住民たちが大騒ぎしたというのがこの事件の真相であった。

 しかし千央は言い訳をしたかった。別にめんどくさいという理由でゴッチをそのまま置いてきたわけではないのだと、あの時はゴッチの腹から変な影が飛び出して、こちらは逃げるのが精一杯であったと。「あれの真似事をして、悪魔の儀式っぽくやって、いかにもあのヤギ殺しがまだ活動しているように見せ掛けるわけさ。あのことの真相を知る人は君たちと僕ぐらいしかいないからね、好都合なんだよ」

 この発言で、アリジジは犯罪を犯すつもりはないようだとわかったので、千央は一旦はホッとした。しかし、またすぐ別の問題が千央の頭に浮かんできた。

「でもそれだと動物の死体が必要ですよね。一体どこで都合するつもりですか?スーパーマーケットで鳥の足でも買ってくるんですか?」

「まさかとは思うけど、どっかの家のヤギを殺してこいとか言わないよね……」 千央の後に真琴はこれ以上ないほど顔をしかめて聞いた。

 アリジジはハハハと笑って、首を振った。

「いや、まさか……、もちろん都合よく何かの死体があればいいけど、そんなもの簡単に見つけられないだろ。ただそれっぽく演出できればいいんだよ。だからこれを作ったんだ。これを振り撒けばそれらしくなるんじゃないか?」

「そうかぁ……?」と伊鶴は言った。

 どうやら、この植物類の塩漬けは胡散臭い呪術風のアイテムとして使われるらしかった。とりあえず、近所中に死体をばらまいて回ることにはならなそうなので、千央は安心したのだった。

 それからアリジジは紙一枚とペンを毅から借り、このようなメモを作った。


┏━━━━━━━━━━━━━━┓

┃              ┃

┃ ・必要なもの       ┃

┃              ┃

┃ ・ローソク        ┃

┃              ┃

┃ ・乾燥剤         ┃

┃              ┃

┃ ・布(白っぽいもの)   ┃

┃              ┃

┃ ・麻ひも         ┃

┃              ┃

┗━━━━━━━━━━━━━━┛


 アリジジはそれを渡しながら言った。「あの塩漬けが出来て、これらが揃ったらいつでも作戦決行できるよ」

 毅はメモを十字に折りたたんで、ポケットに入れてた。

 その毅の横で慶幾はぼそりと呟いた。

「もしかしたら……僕、近いうちに死体を幾つか用意できるかもしれない」

 これに、皆は驚き目を見張った。公平は少しおどけた調子で言った。

「何?近々大量虐殺の予定でもあるのかよ?」

 驚いたことにまた慶幾は頷き、言った。

「まぁな。遠からず」


 慶幾の言う“大量虐殺”については最初、意味が分からなかった。しかし、話を聞くにつれて、それが特別異常でも大事件でもないことに皆気づくのだった。

 慶幾の話はこのようなものだった。

 先日、台所の戸棚から茶色い羽虫が次々と飛びだすのを見て不審に思った慶幾のお姉さんは戸棚を点検してみて驚愕した。保管しておいた米に大量の羽虫が発生していたのだ。

 慶幾の家は農家で、家族が食べるほぼ一年分の米を大量に保存していた。米はスーパーで売ってる密閉されたビニールパックの袋ではなく、丈夫な紙の袋に入っていた。そのため密封性があんまり良くなく、虫の出入りが自由状態で卵産み放題だったのだろう。たくさんの羽虫はそれぞれ身体を震わせ、今にも飛び立たんとしていた。それを呆然と眺めながらお姉さんはあることを思い出して青ざめた。倉庫には備蓄された米がまだ大量にあったのだ。

 倉庫へ向かったお姉さんは不幸にも、また別のことで驚くことになった。倉庫の米に虫は湧いていなかったが、床に鼠のフンが散乱しているのを見つけたのだ。そして米袋の一部は底がすでに破られており、米が流れ出てしまっていた。このままにしておいては、鼠に米袋を全て食い荒らされてしまうだろう。そこで、お姉さんは殺鼠剤を使って鼠を退治することにした。

「ちょっと待て、確かお前んち猫いなかったっけか?そいつに捕らせりゃいいじゃん」 毅は慶幾の話を遮った。

「いるよ。いるけど、本当にいるだけなんだ。何の役にも立たないお飾り猫だよ」

 “お飾り猫”って何?と千央は疑問に思ったが、慶幾はまた話し出した。

 お姉さんは殺鼠剤を鼠の通り道にばらまいておいた。それから、忘れずに飼い猫を家の中へ入れた。猫が間違って毒餌を食べないようにするためだ。

 慶幾は言った。

「うちの馬鹿ネコは食い意地がはってて何でも食いやがるからな」

 しかし、結局鼠を退治することはできなかった。鼠が少ししか毒餌を食べなかったのだ、使った殺鼠剤は毒が徐々に蓄積されて効くタイプだったので、少し食べただけでは殺せないらしい。もしかしたら別の場所で死んでいるということも考えられたが、お祖父さんが倉庫の壁裏に鼠が走り回る音を聞いたらしく、それはなさそうだった。

 そこで慶幾の家は古典的な方法に乗り換えることにした。ねずみ捕りである。

 これは金属の網で出来た長四角の籠で、餌を置いて鼠を誘い出す。だが入り口が鼠返しになっていて、もし中へ鼠が入ったら外へは出られなくなるのだった。慶幾のお姉さんはねずみ捕りの中に小さく切ったカボチャを入れ、鼠の通りそうな道に仕掛けておいた。

 ねずみ捕り器にはこのカゴ式の他に餌にふれると箍がはずれるバネ式がある。慶幾の家では過去に一度だけ、このバネ式が使われたことがあったらしいのだが、鼠の後処理が恐ろしく不快で、この方法は早々に廃止されたそうだ。

「あれは本当気持ち悪いよ。潰れた鼠が張り付いててさ、知らずに庭で見つけた時はびっくりしたなぁ。誰も触りたがらなくて、機械はほとんど使い捨てになったな」慶幾は頷きながら言った。「まぁとにかくさ、そういう訳。捕まえた鼠をこの計画に使えるかもしれないだろ」

「でもさ、カゴで捕まえたら鼠は生きたままじゃない?どうするの?」アンコは誰にともなく聞いた。

 公平は首を傾げて言った。「知らないけど、多分水に漬けて殺すんじゃないかなぁ?」

「なんとも気が進まない仕事だろうな」と毅。

 しかし、バネ式はグロい死体を片付けなきゃいけないわけだし、どっちにしろその大変さはあまり差がないようだ、と千央は思った。


 数日後、慶幾からとうとう鼠を捕獲できた、との連絡があり、千央たちは慶幾の家へ出掛けた。以前一度行ったことのある山の麓にある大きな家だ。慶幾は千央たちを前庭まで誘導した、

「今朝見つけたばっかりだよ」

 そう言い、慶幾は草むらから一つカゴ式ねずみ捕りを持ち上げた。ねずみ捕り器はハムスター何かを飼うケージに似ていたが、サイズはもっと小さく、カマボコのような、ナマコのような形状をしていた。

一番の違いはカゴの片側にはにらっぱ型に作られた針がねで、外側にある大きな方から入ったら最後、先細りになっている内側からは針がねが邪魔して出られないのだった。

 さて、鼻の尖った凶悪なドブネズミが入っていたらどうしようかと思っていた千央だったが、中にいる物の姿を見てホッとした。そこには一匹のちっちゃな鼠が入っていた。

「あらら、可愛い」と真琴は言った。

 それは茶色の毛皮に長細いしっぽを持った、ハツカネズミだった。子鼠は捕獲されたばかりなためかとても元気があり、チューチュー鳴きながら駆け回っていた。そのためにカゴは頻繁にぐらぐら揺れた。

 慶幾は持っていたパンをちぎって鼠にやった、鼻をひくつかせパンくずを受けとった子鼠は、それをクルクル回すと小さな顎を忙しく動かしてお食事をはじめた。 千央たち皆がそれを眺めていると、伊鶴が声をあげた。

「あ、あそこ。猫が鼠を狙ってるぞ」

 見ると確かに千央たちから五、六メートル離れた生垣の側に一匹の猫がいた。鼠の匂いが猫を引き寄せたのだろうか、しっぽを振りながらこちらをジッと眺めていた。

「あれが、うちの猫のナガだよ」

 慶幾は言った。

 さては以前慶幾が言っていた、鼠を全く捕らない“お飾り猫”だな、千央が見ていると、ナガは柵から飛び降り、皆の方へ悠々歩いて来た。鼠に興味を示すかなと思ったが噂通り、小さいお友達には全く興味がもてないようすで素通り、それどころか慶幾の持っているパンを欲しがりはじめた。

 長毛の三毛猫であるナガは、まんまとパンを獲得すると、その場でがっつきはじめた。慶幾はちょっと憎たらしそうに言った。

「猫なら猫らしく鼠を狙えよ。全く、怠け者のこいつのせいで、うちは鼠増え放題の鼠天国状態だよ」

 だが、側にあった雨水を貯めた甕を見た千央は子鼠の残酷な運命思い出し、ここはとうてい鼠天国とは言えない、と思ったのだった。

 パンを食べ、満腹したナガは寝転がり腹を見せ慶幾に腹を撫でてもらっていた。


 それからしばらくの後、千央たちは鼠入りのカゴを持って山へアリジジに会いに行った。アリジジはいつもの場所にいたが、こちらに背を向けて何か作業をしていた。

 公平が後ろから声をかけると、アリジジは振り返った。脇にはあのバケツがあった、どうやらまた例の塩漬けを作っていたらしい。

「鼠を持ってきたよ」

 ねずみ捕り器を寿司屋の土産のようにぶら下げ慶幾は言った。

「おお!!よく手に入ったね……やっぱり僕らは運がいい」

 アリジジは盛んに動き回る鼠を見つめていた。それからおもむろにカゴの蓋を開け鼠を取り出し、自分の手の平に乗っけ、指を開いた。 その途端一目散に逃げてもおかしくはないのに、鼠は鼻をひくつかせアリジジの手の上で大人しくしていた。やがてアリジジの腕を登って肩までくると、衿元からTシャツの中に滑り込んでしばらく中を探索した。そしてアリジジの人差し指にたどり着くと、オポッサムのようにぶら下がり、チューと鳴いた。

 アリジジは可愛さに心打たれたのかジッと鼠を見た。

「ねぇ……僕にはこの子を殺すなんてできないよ。こんなにも元気で目がいきいきとして、まるで黒イチゴみたいなんだから」

 千央はいきなりアリジジが詩人みたいなことを言い出したので、困惑した。

「こいつ、僕のペットにしようか」 アリジジは目を輝かせて言った。

 慶幾は少し怒ったように言った。

「じゃあ作戦に使う死体はどうするの?…都合よく死体なんか見つからないって言ったのはアリジジじゃん」

 千央は慶幾が怒る気持ちが少なからずわかった。アリジジのため鼠を捕獲したのが無駄になったら、それなりにがっくりくるだろうから。しかしこの子鼠を殺さずにすむようなので、千央は安心した。

「ごめん。せっかく捕まえてきてくれたのに、こんなこと言って。でも僕なんか寂しくてさ。昼は君たちが遊びにきてくれるからいいけど、夜は真っ暗な中で本当に一人きりなんだから。鼠でも一人よりはマシかなと思って」

「まぁ、仕様がないかな」慶幾は地べたに座りながら溜め息をついた。「お前命拾いしたな」

 アンコも慶幾の隣に座って言った。

「ただ他の手を考えなければいけないわね」

「セミでも取っ捕まえて使うかい?馬鹿みたいな数いるし」

と、慶幾。千央たちの周りではセミが叫ぶように鳴いていた。

「ああ、それならもう考えてあるよ」

 こう言い、勢いよく乗り出したアリジジは背後にあるバケツに手を突っ込んで、あるものを引き出した。数日前までバケツに入っているのはタマネギや葉っぱなど植物だけだったはず、しかしアリジジの手には5センチほどのカエルの塩漬けが持たれ、こちらに白い腹を向けていたのだった。

 千央たちは当然、ギャアなりキャーなり言いながらそこから散り散りに逃げていった。その時のようすは悲鳴の起こり具合といい、逃げる際の皆の素早さといい、まるでアリジジが中心になって起きた爆発のようであった。アリジジが爆心地で千央たちが爆風や粉塵というわけだ。

「ああ、嫌だ、私駄目なの。カエルとかそういうの」

 千央より十五メートルほど先へ逃げていた真琴は、気分が悪そうにこう言って溜め息をついた。

「それ一体どうしたんです?捕まえたの?」

 恐々近づいて慶幾は言った。

「うん」アリジジは素直に頷いた。

「なんてね、まさか違うよ。多分昨日の夜、僕が知らないうちにバケツに飛び込んで勝手に塩漬けになったちゃったみたいなんだ。全く肝を冷やしたよ。昨日は僕の周りでものすごい数のカエルが鳴いてうるさいくらいだったからそれだろう。本当迷惑なカエルもいたもんだ」

 言いながらアリジジはカエルをあさっての方向へほうり投げた。千央たちはビクッとしながらそれを目で追った。塩で漬けられ、恐ろしい顔色になったドでかいカエルはヒューイとよく飛び、脇の林の方に派手な葉音をたてて消えていった。

「昨日そんなにカエルが鳴いていたんなら、今日は雨が降るかもしれないよ」公平は森の隙間から空を覗くように見て言った。

 確かに木々の隙間から見える空は少し曇っており、辺りの空気は何時もより少し涼しいようだ。

「でも、どうするんです?」

 皆で空を眺めていると、唐突に毅が言った。

「ゴッチの死体の代わりになるような物ですよ。鼠も使わないんでしょう?」

「さぁ、どうするかな。セミも今日は鳴いてないし……、このことは後でまた考えることにするよ」

 少し考えた後、アリジジはこう言った。それから彼は以前毅がカメラを入れるのに使っていた、木綿袋を取り出した。それまではいいがいきなり力を込めて左右に引っ張り、ビリビリ破ろうとしたので千央はびっくり仰天した。

「ちょっと待ってそれ、毅のでしょう?何をするつもりですか?」

「ああ、いいんだよ」毅は言った。「アリジジにあげたんだ、素朴な白い布が欲しいって言ってたけど家にはよさそうなのが無くてさ。それを破って使ったらいいと思って」

「白い布は何に使うんですか?」

「その……」アリジジはバケツを指差した。「作ったやつがあるだろ、それを包むのに使おうと思ってさ」

「はぁ……」分かるような分からないような気分で千央は頷き聞いていた。

さらにアリジジは続けた。

「この葉っぱとかを少しずつ取って、布と麻ひもでくるっと巻いて小包みたいにするわけ、君たちが来た時、ちょうどそれをはじめようとしてて……っと」

 アリジジはビクッとし、自分の首を触った。千央も自分の頬を撫でた。皆は空を仰ぎ見た、しとしとと小雨が降りはじめ、途端に辺りではカエルが一斉に鳴きだした。そのカエルの声に答えるかのように、雨はだんだんと冗談にならないほど強くなってきた。そのようすを見た千央はあることを閃いた。そんななか、毅は雨音に負けじと叫んだ。

「とりあえず、雨宿りできる所まで行こう!」

 仲良く濡れ鼠になりながらも、一行は毅の向かう方へと走り出した。

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