十八、最高のTVショウ
ことがおこった時、千央はかなり遅めの朝飯を食べていた。
普段なら食卓以外で食事をするのはご法度であるが、その時は家の大人たちは皆出払っており、それで鬼の居ぬ間に洗濯というわけだった。しかし千央がふと見た光景は、千央にご飯の塊をはき出させた。そして大声で叫び皆を読んだ。そのあまりの劇的な瞬間は皆をその場に凍りつかせた。
まるで宗教的なお題の活人画みたいだったが、その中心で注目を集めているのは、偉大な救世主でも美しい女神でもなく、部屋の隅に置かれた無機質なテレビであった。
アンコは目をパチクリと動かし、慶幾は頭を鶏のように突き出し、唾を音をたてて飲み込んだ。真琴は今しがた疾走してきたばかりみたいに、肩を揺らしていた。公平は遠い物を見ているように目を細めてそれを見た。伊鶴は、ああウッソお、と小声で呻いた。
テレビ画面には鮮やかな五色のタイトルと、毎度お馴染みの司会者が大写しにされた。この人物は、いつも奇妙な色のネクタイを付けている。おそらく、毎日違う色柄のネクタイをつけなければならないため、どんどんと奇抜になっていったのだろう、そう千央は認識していた。
早速司会者は、よく動く口と明瞭な声でニュースを伝え始めた。
「地方商業活性法の施行を受けて、地方経済が今、活発に動き出しています。現在全国92の自治体で106の計画が申請され、国の許可を待っています。これらの事業がうまくいけば、今後地方発展のみならず日本経済活性化の小さな芽になるでしょう。しかし、その影でおこる、人々の欲望が起こす犯罪、住民同士や自治体との軋轢、露呈する長年の政治腐敗、暴露された不正、などは、急激な変化で起こった摩擦熱であるとも言えます。そしてこれは我々日本人が富めるため歩んできた長い道のり、その間に起こった光景の縮図でもあるのかもしれません。前回は、自治体ぐるみで行われた酒田村談合事件を放送しました。また前々回はプラント設計士脅迫事件、これには四人の逮捕者もでました。今回は九州の市にある団体についての取材です。今回は少し、色を変えてお伝えします」
信じられないことに司会者はここまでを一息で言い終えた。
場面が変わり、画面にはアスファルトの地面と足先が写しだされた。カメラは大きくぶれ、荒い息と蝉の鳴き声を背景にして、男の低い喋り声が聞こえてきた。
「すごく太陽が高くて……、ものすごく暑いです。ただ今の時刻、午後1時5分前、温度は32度」
テレビ画面には真っ青な空が映し出された。しかしカメラの問題なのか、太陽が真っ黒に影っている。
やがてカメラが下ろされ、ある人物のシルエットが写しだされた。逆光のため時間がかかったが、じわじわとその顔が見えてきた。それはいつか声をかけてきたあの人に間違いなかった。
「今回は建設計画反対運動の事務所一つである、お宅にお邪魔するの予定ですが、少々変わった訪問になるかもと近所の方から忠告を受けました」
そう言って、歩きだした。
何やら音がするので何かと思っていたら、紙袋を持っているのが見えた。これには確かに見覚えがある。
一旦画面が消え、また写しだされた。目線が変わった、以前より低い位置になっている。おそらく違うカメラに切り替わったのだ。しばらく前進すると見慣れた光景が見えてきた。白い建物部分にはモザイクがかかっているが、間違えようがない、増田家の入口である。今まで何度となく見た、生け垣の形そのまんまだ。そして玄関が写った。千央はたった今訪問を受けているような錯覚に陥っていたを受けた。千央の心臓は肋骨の中に収まりがつかなくなってきていた。
千央は隣を盗み覗き見た、毅は目を見開き、口を抑え、音をたて息をしていた。
インターホンを押した。ピンポーン。チャイムがなり、皆は飛び上がった。
ハルエさんがいつものように愛想よく出迎えた。顔にモザイクがかかっているが、間違いなくハルエさんだった。
ピンポーン。チャイムがなり、皆は飛び上がった。千央たちはカーテンの部屋に忍び足で向かった。皆はカーテンに潜り込み、頭だけ出した、十の生首が、声を押し殺して笑った。
これから最高のショーが始まるのである。
千央は以前やったのと同じように物の間から覗き込んだ。他の子も、それぞれ自分の見やすいところを探して覗き込んだ。
千央の目に、男性が女の人をエスコートし部屋に入ってくるのが見えた。男はポロシャツにダボッとしたズボン、女の方の服装は体にぴったりとした上衣にデニムという格好だった。
女性は大変ビクビクオドオドとしていて、見ている方も落ち着かない、かなり警戒したようにしている、周りを見ないようにしていて、目は虚ろであるからだ。まるで怖がりの千央が強引にお化け屋敷へ連れていかれた時みたいだと思った。お化け屋敷はたいてい真っ暗だが、暗視スコープ等を使って中にいる千央を見たら、まさしくあんな感じだろうと思う。そうすると、視覚だけでなく、耳も鈍感になる気がするのである。
二人は妹とそれを見守る、優しい兄の兄弟のように見える、またもしくは彼氏と彼女だ。彼らの関係は恋人同士にもまた単に兄妹にも見えるのだ。カップルだった場合、男の方は随分手間のかかる相手と付き合っているな、と千央は思わざるをえない。しかし、仮にこんなところに来ることを提案したのが男だった場合ならば、それはまた別の種類で厄介な人物と言えるだろう、と数メートル前にいるこの二人を見て考えた。だから他の人には知らないが、千央の目にはこの二人が同じくらい変わっているように思えるのだった。とりあえず、妙に釣り合いの取れた似合いのカップルだ。 男は霊能者の目前に座り、女はその斜め後ろに座り落ち着かな気にモジモジとした。
「今日はどんなご用でいらっしゃったの?」霊能者はいつものように言った。
「はい、えーと、今日はこの子のことでお尋ねしたいのですが……」
男は女の表情を伺いながら言った、女はこちらを感情のない目でさらった。
「あの、この子が何か最近変なものが見えると言いだして、ちょっと困ちゃっててですね……」
「大変ね。それはどんな格好をしてるの?」
「あー、ただ変な影みたいのが見えるそうで」
「どんな形かわかる?」霊能者はやさしい声で女に尋ねた。
男は女の方を見てわかる?と、聞いた。しかし女は、わからない、という風に首を振った。
「あ、そう。なら……いつどういう風にしてたら見えるのか教えて下さる?」
「それがーっと、よくわからなくてですね……、ご飯の途中とか家に居るときとか……、僕は全然わからないんだけど、そういう時彼女はすごく怖がってるんです」
依然女は黙ったままだった。いきなり、うたた寝する時のように頭をガクッと垂れた。
「んー、どうしたねー?大丈夫ねー?」
霊能者は下から覗き込むようにして、女の顔を見た。まるで迷子で泣きじゃくる子供を宥めるように。女はしっかり目を開けていて、それを見返していた。千央なら絶対に笑うだろうが、女はピクリとも顔の表情を変えなかった。
「う~ん、何かをきっかけに変なものにとり憑かれたのかもしれませんね~」
霊能者は女の手を取り、また何やらぶつぶつ言いはじめた。
「最近どこか神社かお寺に行きませんでしたか?」
やっと女は首を振った。霊能者の質問に直接反応を示したことに、千央たちも、男も、そして霊能者もホッとしたに違いない。
霊能者は女の手を擦った。
「仏閣には稀に低級霊がいましてね、心の弱っとる人についてくることがあるんですよ。手入れのしてないところはね、特にそがん」
「そういうところに行った覚えはないですね」男は少々申し訳なさそうに笑い、首を捻った。
「んー、違うみたいね。何か小さな影のようなものが見えます、人みたい。あなたの近くにいた人。手を振っている、男……、だと思います。心当たりはありませんか?」
「さぁ、思いつかないですね……」
「そんなに大きい男の人ではないの」
「あと、そうね、その霊は会いに来たって言って、さんに気づいてもらおうとしてる」
「大柄ではない男の人……、思いつかないです……すいません」
「いいのよ、謝らなくて、正直に答えてくれれば。じゃ、小さい時に亡くなった知り合いの方はいませんでしたか?」
男はピクッと動くとゆっくりと言った。
「えーと、そうですね……、最近というか……この子の家族が……マオって名前だったんですけど……。去年の……今ごろに交通事故で亡くなったんです。まだ小さくて……」
ビンゴ、今回の標的が決まった瞬間だった。霊能者はそこに攻め入る気だ、千央はわかった。
霊能者は女を見た。そして女が否定しないのを見て慰めた。嘘はついても慈悲深いのが彼女だ。
「まぁ、そがんね……、お気の毒に……。亡くなったのが今ごろなら、今年が初盆ね?」
「……そうだよね?」と彼氏が聞くと、女が頷いた、少しずつだがやり取りに参加するようになってきていた。
「お盆だから帰ってきたのかもね」
「えーと、何で来てるのかわかりますか?」男は聞いた。
「ちょっと待っててね。やってみるから……」
霊能者は千央の時と同じように、手を摩って意識を集中させていた。
しばらくして頷き、「とても寂しくて会いに来たって、家族にも、友達にも会いたいって」女は大きな溜息をついた。
「でも、知り合いがお墓参りに来てくれます。おもちゃとかおやつをもってきて供えてくれたり……」女がようやく語りはじめたので、千央はホッとした。
「ふーん、おもちゃってどんなものを供えるの?」
「そうですね、流行りの玩具だとか……、野球のボールとかサッカーボールとか……、子供用の小さいやつを……好きでしたし」
女は指でボウリングのボールより一回りほど小さい輪を作ってみせた。
「マオくんはそれに感謝してる、忘れないでいてくれても嬉しいって、でも直接会いに行きたいって」
「あなたはどんなものをお供えするの?」「私は料理をした時とか……、少し取り分けてやったり……、生きてた時みたいに」
霊能者は女の手厚い世話ぶりに満足したのだろうか、ずいぶんよい声をだして言うのだった。
「美味しいものを供えてくれて嬉しいよ、って」
笑いながら女は言った。
「下手で申し訳ないけど……」
「そんなことない、美味しいって、いつも楽しみにしてるって」
女は鼻を啜った。
「おもちゃは天国で使ってくれてるんでしょうか?」
「そうね、あの世では年は関係なく遊べるから、年上のお兄さんお姉さんと一緒に元気に野球とかサッカーしているわよ」 女は目を潤ませ、声を震わせた。
「遊んで貰えて、喜んでるでしょうね」「そうね。天国での生活は穏やかで楽しいって言ってるわ」
霊能者は頷いた、しかし、また女の手を擦りはじめ言った。
「でも何かご家族に伝え忘れたことがあるみたい。謝ってる、約束のことで」
笑顔で小首を傾げた。
「何だろう……、何かあったかな……、遊びに行く約束のことかな……。ああ、……一人で外に……行っちゃいけないって注意したのに……それで……」
女は衝撃を受けたように言った。
霊能者は頷き、素早くそれを肯定した。
「約束を守らなくてごめんねって言ってる」
「マオくん……、こっちこそ謝らなきゃいけないのに」
女は嗚咽を漏らした。「お姉ちゃんは悪くないんだよ」霊能者はマオくんに成り代わり女の人を慰めていた。
千央は考えた。どうやら、この女の人のマオという弟は、幼くして、交通事故で亡くなってしまったらしい。年齢は話からして、幼稚園から小学校低学年くらいだろうか。
気づけば霊能者は又女の手を摩り、必死の形相で念を送り続けていた。
「ご両親とお姉ちゃんにまた会いたいって言いよんさっよ。またいつか会えるのはわかってるって、それまで待ってるって、だから急がなくていい、待てば待つだけマオは幸せだって」
女は瞼を一杯に綴じて、声をたてないように泣きだした。
「他に何か言ってますか?」と男は聞いた。
「死ぬ時は痛くて悲しくてとても苦しかった、けど今は暖かいところにいて幸せだから、お姉ちゃんたちももう悲しまなくていいよ」
女は喉をヒクヒク鳴らし、頻りに頷いた。
「お盆に戻ってきたってことはちゃんと納得して成仏しとんさっとよ。」
始めと比べて大分うるさくなった。女は大きな大きな溜息をついた。
「よかったです……、ホッとしました。とても」そう言い、大きく息を吸った。「でも、少し気になることがあって……何か怒ってるようなんです。ずっと見ていると、何かに怒っているような、その……空気というか、オーラを感じるんです」 女はオーラ、と言うのを少し躊躇したが、手で自らの周囲をゆっくりと扇ぐような動作をして、オーラが自分をどう圧倒しているかを見せた。
「怒ってる……」霊能者は手を摩り、何かを探っていた。「ああ、それはね……ご家族が落ち込んでいるからじゃない、普段の生活が疎かになってる。マオくんはそれで自分で自分に腹が立ってる。何で自分は死んでしまったんだって、自分のせいでお姉ちゃんや両親を苦しませているって。それをあなたが感じとったの。ご家族に対してはむしろ悲しみの気持ちがあるようね」
女は思い当たることがあったのか、納得したように頷いた。
「そうですね、私もだけど、母もマオが亡くなってから、変に病気がちになって……、一日寝たきりみたいな日もあるくらい弱っちゃって……」
女はグスグス泣きながら言う。
「親御さんも辛かったやろうね、親やもんねぇ……変わってやりたいと思ったやろうねぇ」
「はい……」なぜか男が返事をした。
「もっと遊んでやりたかった、美味しいものを食べさせてあげたかった、と後悔ばかりしているんです」
「でもそれじゃね、弟くんはこの世に心残りができてしまう。死者にとって残されたご家族のことが一番、気になることなの。心残りがあると成仏できないで、ずっとこの世をさ迷い続ける、死ぬ時の悲しみを抱えたまんまで。それでもいいの?」
女は首を横に振った、激しく。
「駄目でしょう?」今度は縦に振った、何度も。
「絶対に駄目」
女は手の甲で目尻の涙を拭っていた。
普段霊能者に複雑窮まりない感情をもっている千央だが、それでも不覚にも感動してしまっていた。そして、残された家族が幸せになればいいなとさえ思えてきた。
霊能者が笑いかけ、女もそれに応えるように笑っていた。一瞬その場は一件落着の雰囲気に成りかけた。
しかしその後ろから、嗚咽が聞こえてきた、見ると今度は男の方がさめざめと泣きはじめたのだった。何事かと、千央たちはそれに大注目した。
「ぼ、僕が悪かったんです」男は奮えながら訴えた。「マオのことは二人で決めたことなのに、僕は学校で忙しいのを理由に全然遊んでやらかった!!」
男は頭を腕に埋めて、子供のように泣いた。
「マオは僕のことを怨んでいないでしょうか?」
あまりのことに千央はついつい吹き出してしまった、それは千央が薄情だからではなく、ちゃんと理由があるのだ。
「僕には責任があったのに……」男はヒィーッと息苦しそうに言った。
「マオが死んでから、○▲くんはそのことをずっと悩んでいて……、す、すいません……」やっと泣き止んでいた女も男につられたようによよと泣いた。
千央には訳がわからなく、「はぁぁ?」とつい声が洩れてしまった。
「まぁ、そうだったの……」
しかし霊能者は何となく合点したようだった。何がまァそうだったのだよ、と千央は思った。あんたが見破らなきゃいかんことだろうが。嘘なのはもうわかっていたが、素直に観客になってどうするんだよ、と。
「じゃあ、アンタが男親なの」
男はゴクリと唾を飲み込み、頷いた。
何てことだ、千央は混乱していた。どうやらマオくんは、この男の息子でもあったらしい。だがそれでも、あの女の弟でもあるようだ、これは一体どういう訳だ。男が女の母親と浮気していたってことだろうか。……もしそうなら酷い話だ。家庭内が大変な修羅場になってしまうだろう。相関図が難し過ぎて、頭がだんだんこんがらがってきた千央だった。
「あ、そうだ。今もマオの写真をいつも持ち歩いてるんです」男はしきりに鼻をすすると、照れ隠しのように一枚の写真を差し出した。
場所はどこかの家の庭だろうか、大きな木が後ろにあり、中央には幼稚園生になるかならないかくらいの男の子が、コリーっぽい灰色斑の子犬を抱いて微笑んでいる。冬場なのか随分厚着をしてモコモコである。
霊能者は写真を見て微笑んだ。
「あら、あなたによく似とんさっね」 男は泣き笑いの表情で頷いた。それに同調し涙ぐむ霊能者、なんだかとても嫌な気分だ。心が痛む。
「あの、僕らはマオのために何ができるでしょうか?マオを安心させたいんです」
今度は男は女に貰ったハンカチで鼻水を拭いていた。
「それはね……、それは、あなたたちが協力し合って立ち直って、息子さんを安心させるしかないでしょ。悪霊にとり憑かれたわけじゃないんだから、追っ払えばそれで終わりってわけじゃないからね」
今度は霊能者が震えた声を出した。
「あなたたちとマオくんはずっと繋がっていますよ」
女は微笑んで嬉しそうに頷き、男も後ろで満足したように頷いた。
千央はどうしようもなくソワソワして、落ち着きがなくなってきた。千央はこの、感動的な瞬間をいつまでもそのままにしておきたかった、格別に上手く飾り付けられた特別なデコレーションケーキのようだ、しかし、これが運命、ケーキはナイフで切り分けられ、粉々に噛まれて胃の中へ……。千央は知っていた、今回の場合は、目もあてられないほどグシャグシャになる運命なのだった。
感動的な場面に水を差すようだが、彼女の弟とやらは死んではいない。それどころか、本当に存在しているのかすら怪しいのである。
霊能者に会いたいという男に千央たちが会ったのは、真が入院してしまう前のことだった。とても暑い日で、上からの太陽光線とアスファルトの照り返しが千央たちを直撃するなか千央たちはスーパーまでの道を列を作って歩いていた。その時一番遅れていた真は、見知らぬ男に話しかけられた。
「あ、君、君。そう、君だよ」
その男は若い学生風で軟らかい声をしていたが、最初は妙に馴れ馴れしく不気味な印象であったという。
「増田さんって人の家、どこにあるか知ってる?」
真はジッと男を見た。近くでみると肌がソフトビニールのようにキメがない、そしてオレンジ色によく日焼けしている。歯は白いが非常に小さく長く、まるで米粒のようだった。歯ぐきが異常に痩せているのだ。その歯のすき間を唾液が波打ってるのが見えたそうだ。真が頷くのを見るや、男は続けた。
「知ってる!?そうか!!ありがたい。確か、その人の家で集会みたいなことやってるよね?」
その時真は質問の意味が分からず、首を傾げた。この頃は反対派の出入りもあるのでどちらのことを言っているのかが、分からなかったそうだ。
ここまで千央たちは遠目にそれを眺めていたが、あまりに長話なのを怪しく思い、皆は道路を引き返して真のところへ引き返した。
「僕、増田さんのお宅に行きたいんだけど、誰か道を教えてくれない?」 男は子供がわらわらと集まってくるのを見て、こう言った。この時千央たちは名刺をもらった。だが、大学生にしては歳をとりすぎているような感じがする、逆に講師としては若すぎる。それを尋ねると、自分は確かに学生だが、ただし大学院生だという。年齢は27歳だった。
┏―――――――――――――――┓
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| 〇※大学 |
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| 佃 憲人 |
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佃さんは続けた。「僕は大学で文化人類学の研究をやっててね。その関係で全国のシャーマンの類、つまりイタコや霊媒師の取材をして回ってるんだよ」
公平は名刺を見て言った。
「それで、増田さんに取材をしたいと」
「うん。と、言っても一般の客として潜り込むだけなんだけどね。地図はあるんだけど、どうも迷ってしまったみたいでね。わかるかな」
皆は佃さんの持っていた地図を我も我もと覗き込んだ。
「でも、その霊能者は偽物ですよ」
千央は人を群れに割り込むようにして言った。期待ハズレであってはならないと思ったのだ。千央のあっさりキッパリした口調が面白かったのか、佃さんは笑いだした。
「ハハッ!!なんでそう思うの」 なんでと言われても、偽物だから偽物なのだ。千央が返事に困っていると、毅が佃さんに尋ねた。
「あの、予約はしてあるんですか?」
「いや、ない。飛び込み取材だよ」
「じゃ、行ったとしても今日会うのは無理ですよ。紹介がないと。ね」慶幾は断言した。毅は頷いた。
真琴はここで素っ頓狂な声を出した。
「え?紹介?紹介ってどういうこと?そんな制度があるの?」
「何驚いてるんだよ」公平は低い声を出した。「真琴も誰かから紹介されてきたはずだよ」
父のやつ、いらぬコネを使いやがって……千央は心の中で毒づきながら、言った。
「私も今までそんなのがあるの知らなかった。まるで会員制のクラブか何かみたいじゃん」
このやり取りに佃さんは大いに興味を惹かれたようだった。
「じゃ、君たちの何人かは増田さんに占ってもらったことあるの?」
ありますよ、という調子で皆は次々に頷いた。あるどころか当の霊能者の孫がここにいるのだ。伊鶴は言った。「僕らはそこに泊まりに来てるんです。だから……」
「ああ、夏休みだもんな」
「ええ。だから、よかったら案内しますよ」
「え。でも、紹介がないといけないんなら、行ってもしょうがないだろう。どうすんのさ?」慶幾は言う。
「ああそうか、どうしよう」
「そんなことなら……」毅が言った。
「今日じゃなくてよかったら、予約を代わりに入れときますよ。どうせ、名簿に名前を書いておくだけなんだから」
それを聞いて、佃さんは顔を綻ばせた。
「本当かい?ありがとう、助かったよ。じゃ、とりあえず道だけ教えといてくれる?」
それから、毅は日程の相談をし、他の子は地図を見ながら佃さんに熱心に道のりを教えてやっていた。 一方千央は、森に少し入ったところで朽ちて倒れた木に座って待っていた。そこはイノシシの泥遊び場で、じめじめしていて涼しい。足元には色取り取りの茸が生えていて毒々しい。森を抜けた、すぐ手前には、佃さんのものと思われる赤い軽自動車のエンジンが低い音でうなっている。
千央は、先日熱中症で倒れてしまってから炎天下にいるのを意識的に避けていた。あの体の芯が抜けていくような気持ちの悪さをまた味わうことと比べたら、多少怠け者と思われるくらい構わないと思えた。しかし、千央は離れたところにいる毅たちを眺め、溜め息をついた。千央はこの件で少し臆病になっていたのだ。具合が悪くなってしまわないかと、いつもいつも心配なのだった。
くそっ、なんだか腹立つな!!苛立ちつつ千央は、緑青色の茸と赤、黄色の茸を順繰りに踏み潰していった。
「さっき偽物だって言ってたけどどういうこと?何でそう思うの?」
急に声が聞こえ、千央は驚いて顔を上げた。皆と一緒にいると思っていたのに、目の前には公平が立っていた。
「だって、外したから」千央は顔を擦り、ふて腐れた声で言った。
「あの占い、絶対に嘘だよ。公平たちは信じてるかしれないけど。あの霊能者、お父さんが私のことで間違ってることを話したのに、まるで気づかなかったもん」ふーん、と言い公平はポケットに手を突っ込んだ。
「そりゃあさ、俺だってそのまんま信じてはいないけど……」
そういえば、と千央は思い出した。公平にとりついている先輩の霊の話を。それは放火で捕まって、今は少年院にいるという、不良の幼なじみだ。公平は彼を警察に売り、逮捕の原因を作ったのだ。
いや、間違っている。千央は首を振った。逮捕の原因を作ったのは、他でもない、そいつ自身なのだ。公平は悪くないのだ。
だが公平は多分、背信感のためか、飛び込み競技が出来なくなった。もし千央が公平の立場ならば信じないし、また信じたくもないだろう。しかし競技が出来なくなったということは、公平が何分の一かでもそれを信じてしまっているということではないのか。これに嘘だと証拠があり、公平の自信が回復するならどんなにいいだろうか。
「僕はさすがに嘘だと確信が持てなくってさ」
「よぉー君たち、そんなに占いが嘘か本当か気になるのかい?」
急に後ろから声をかけられ、二人はびっくりして飛び上がった。エンジン音で気がつかなかったが、佃さんがすぐ近くまで来ていた。毅たちとの話は終わり、集まりは散会したようだ。
佃さんはまた言った。
「そんなに占いが嘘か本当か気になるのか?」
「んー、まぁ、色々と振り回されてますからね」公平が言ったことに千央はウンウンと頷いた。
佃さんは繁みから顔をニュッと覗かせて言った。
「でもね。たかが占いだよ、信じるのも信じないのもそれは自由さ」
「あの佃さんは占いは信じてないんですか?わざわざ研究しているのに?」公平は目を細めて言った。
「僕は文化の観点から占いを見ているからね。特に占い好きなわけでも、信じているわけでもないんだよ。興味があるのは、その人独特のスタイルだったり、イタコや祈祷師の何が人々を引き付けているのか……?とかだね。当たるか当たらないかを調べるのは、それは他の人の仕事だ」
「取材で本物に会ったことはあるんですか?」千央は興味を持って尋ねた。
「あー、今までこれは!!ってのはいなかったな。単に数が少なかったのかもしれないが」
「それじゃ、そいつら全員が詐欺をしていることになりますよね?そういう場合はどうするんですか?警察とかに通報するんですか?」公平は聞いた。
佃さんは一気に吹き出した。
「まさか!!そんな大袈裟なことしないよ!!結局は無害な人たちなんだから」
千央は佃さんの言葉を不満に思った。今まで千央や公平たちを怖がらせ、苦しめてきた人たちがとても無害だとは思えなかったのだ。
また、公平はあーあ、と失望しガックリと肩を落とした。そして歯を食いしばり、その間から獣のような唸り声を出して言った。「どうせ、どうせ大人にはわかりゃしねぇよ。大人に振り回される子供の気持ちなんてもんは」
いつものようすとあまりに違うので、千央はびっくりした。公平をよく見ると、目は潤み、体は細かだが震えているのだった。
佃さんはそれを聞いて、少し驚いたように眉をチョッと上げた。そしてしばらくの間考えていたが、千央に君たちはX日まであそこにいるの?と質問してきた。千央がはいと頷くと、佃さんは「じゃあねぇ……」と言い、こう続けた。
「もしご希望なら霊能者が偽物だって、君たちにもわかるように取材するよ。ただし偽物だったらな」
「えぇ!!どうやって?」それが出来るのなら目茶すごいことだ、少しニヤつき、だが疑いながら千央は聞いた。公平は眩しそうに佃さんを見ていた。
「何何、ちょっといつもとやり方を変えればいいのさ。……もし上手くいけば霊能者はまぁ、恥をかくだろうよ」
佃さんは片目をチカッとつぶって合図し、早速と立ち去った。千央たちはそれをポカンとした顔で見送った。恥をかく、この言葉がこんなにも大きな意味を持つことはなるとは、それに気づいたのは、大分後になってからであった。
さて、霊能者はまた鑑定の態勢に入っていた。千央の時と同じように、霊能者は女の手を撫で言った。
「ねぇ、家の引き出しに臍の緒があるでしょう?」
唐突に臍の緒の話なんか始めた霊能者に、二人共わけがわからないという顔になった。千央もそれは同じだった。
「ほら、赤ちゃんが産まれた時についてくる。それをたんすの一番上の位置にうつすといいわ」「臍の緒って……、ああ……」女は合点がいった顔をした。「誰のですか?私の?彼の?」
「違う。マオくんのよ」
女は不安気な顔つきになった。
「マオのですか!?はぁ、そんなの家にあったかしら」
「きっとあるはずよ、探してみなさい」 女は持っていた手帳にそれをメモした。
「あの、マオに是非聞いてもらいたいことがあるのですが」なんだか改まったようすで男は尋ねた。
「何?」
男は照れながら言った。
「えと、欲しいものを聞きたいんです。もうすぐマオの誕生日なので……」
「そうね」霊能者は微笑んだ。
「勉強したいから、絵本とかがいいって」
「本、ですか……わかりました。おもちゃはもう飽きたかな?」カップルは満面の笑顔になった。
「魂は天国でも成長を続けるのよ」言い聞かせるように霊能者は言った。
「じゃあ、ランドセルも必要ですね」
「中学高校にも行けるし、大学にもね。天国大学よ」 天国大学、のところで霊能者はフフフと笑った。すごい名称だ。きっとあの世やこの世のことが学べるに違いない。是非行ってみたいものだ。
「アハハ……。わかりました……」
薄ら笑いしながら女は言った。
「あっ、そうだ最後に……厚かましいお願いなのはわかってるんですけど……」女は言い難そうに切り出した。「マオの形見のお祓いをいくつかお願いしたいんです、死ぬ直前まで使っていたもので……少し気になることがありまして」
「いいですよ」霊能者は快く引き受けた。
女は微笑みを浮かべ、ぶつぶつ言いながら、カバンからおもちゃを取り出し始めた。
まずは小さな「ボール」、薄いピンクの「ぬいぐるみ」、薄汚れた「ハンドタオル」……。
「これは、マオのお気に入りのおもちゃです」
「あらー、随分とたくさん持ってきたのね」と霊能者は苦笑いした。
女はそれを無視して、またカバンに手を突っ込み言った。「これは割と最近に買ったものです」
そうしてまず女は、太い「ロープ(縄)」を取り出した。あれ?なんか変だな。
次は木製の「ブーメラン」、さて、雲行きがだんだん怪しくなってきた。幼児がブーメランで遊ぶだろうか。
続いて、ゴムの「ホネのおもちゃ」。いよいよもっておかしい。千央はカーテンの影で顔を歪めた。これじゃまるで、マオは……。
「おっと、忘れちゃいけない。これで最後です」そう言って女はパチンと手を鳴らして、取り出した。
それは、、、犬の首輪だった。
霊能者はマオくんは犬だという、決定的な証拠に衝撃を受けたようだった。それは千央も同じだった。確かに佃さんも女の人もマオくんが人間だとは一言も言ってなかった、しかしこれはあまりにも……。
「あの……これは……?何ね?」
霊能者は小さい声で言った。
いくら年寄りのといっても犬の首輪を知らないはずはなかった。
しかし、霊能者は自分からそれを口に出すことは出来ない。今までマオくんを人間の子供のつもりで色々喋っていた霊能者だったが、たった今マオくんは本当は犬であると悟った。霊能者は二人がそれに気づいてないと思っている、これから彼女はそれをなんとか取り繕わなくてはいけないだろう。
霊能者がしばらく何も言わないので、女の方から話しはじめた。
「これは、マオをペットショップで買った時に購入したものです。体が大きくなってきて、そろそろ新しいのに換えてやらなきゃと思ってた矢先に事故に遭ってしまって……。どうでしょう?何か霊はついてませんか?」
霊能者は何も言わずに、おもちゃの霊鑑定を黙々とやり始めた。いつもの何倍の速さでそれを終えると、
「あ大丈夫、何もついとらんよ」
とさっさと宣言した。霊能者は完全に脱力したのか、今までとは打って変わって声には全く覇気がなかった。千央は霊能者がなんだか気の毒になってきていた。
「そうですか、よかったぁ」
二人はホッとした顔を見合わせて笑い、いよいよ腰をあげて帰ろうとした、霊能者も一安心したことだろう、しかし――「あの、ねぇ」
女の方が振り返り、霊能者の側に駆け寄り、いきなり甘い声で言った。
「あの、ねぇ増田さん。私ちょっっと、思うんですけど、もしかして途中までマオが人だと思ってたんじゃないですかぁ?」
ズバリ女は尋ねた。
「まぁ、まさかそんなことはないですよ」
少し笑って霊能者は否定した。そりゃそうだろう。
女はまた言った。
「えー、そうかなぁ。聞いててそうは思えなかったなぁ、私は……」
「さぁさぁ、次の客が来るから早く帰りなさい」霊能者は手で追い返した。
しかし、女の方も食い下がった。
「では、犬の臍の緒が見つからなかったら私たちどうしたらいいんですか?呪われてこのまんまなんですか?」
「見つからなかったら……、その時はしょうがない。何もやらんでよかよ」
「そうですよねー。普通犬の臍の緒なんか取ってるわけないですもんねー」
女はぴょこんと正座して霊能者と向かい合い、笑った。
「ねっ、素直に認めて下さいよ。最後までマオが犬だって気づかなかったんでしょう?」
今度は女がさっきの霊能者のように手を掴もうと、腕を伸ばした。霊能者は文机から手を引っ込めて、それから逃げようとしたが、結局無理矢理握られてしまった。
流石にやり過ぎてるよ。もうやめてくれ、千央はそう思いながらも、カーテンのすき間からなす術もなくその光景を見ていた。
「ちょっと、何ばするとねアンタは。もうはよ帰れ、帰れ。もうすぐ次の客が来る時間けんが」
「えっ!!ちょっと待って下さい、マオが大学に行くって話はどうなるんです?本当なんですか?」そう言って、女はむくれた。
今思えば、犬が大学に行くなど荒唐無稽な話である。
「ああ、本当よ本当。天国にも学校があって……」
「本っ当にそうなんですか?適当なこと言って、誤魔化してるんじゃないですか?私たちは真面目にマオのことを心配して今日来てるんです。それなのに、臍の緒やら……フン、天国大学やらって……ひど過ぎます、フハハっ」
「私は真面目に言っとると……」
女はちょっと困った顔をして、首を振った。それは宥めすかすような表情にも見えた。
「いやいや。嘘です。いくら真面目だろうが、あなたは嘘を言ってます。だっておかしいもん。ってゆうか自分でも嘘だと分かってずっとやってるでしょ?」
チッ、と霊能者は舌打ちをした。
年寄りの舌打ちってあんまり聞く機会がないよな……、って珍しがってる場合じゃなかった。
「そがんして人を信用せんけんおかしかもんの見ゆっとくさぃ」霊能者はやり返した。
「信用?」
「そう。心が汚れとるけん、犬の霊につかれて頭のおかしくなっとるとよ」
「はい?私の心が汚れてる?あなたが嘘つきの責任を私に押し付けないで下さいねぇ。じゃあ聞きますけど、幽霊が見れるのはどうしたら治るんです?あなたの嘘占いなんかで治るんですかぁ?あんなへぼ占いでぇ?」
嘘つきめ!!確かに霊能者にこれを言いたいとずっと思っていたが、まさかこういうかたちで実現するとは、こんなことになるのを望んだわけではなかった……、千央は後の日、またそれを強く思ったのだった。
霊能者はまた舌打ちをした。
「ところで、マオが大学に行くって犬の大学なの?あぁおかしぃ」と女は言い、魔女みたいに思い切り蔑み笑いをした。
この女、女優だ。どこかの劇団員だろ、千央は思った。
「あー、もうよか。あんたのような性根の曲がった女子は死ぬまでこの病気は治らん。終わり終わり。もう治らんけん、二度と来んでよかよ。分かったね」
霊能者はそう言い捨て、よっこらしょと立ち上がり、舞台の脇に退いて行った。
「あーらまぁー、それはたーいへーん」
女は座ったまま、首を伸ばし、霊能者を見送った。彼女の首は尋常じゃなく長く、クビナガリュウのようにものすごく伸びていた。女の声のない笑いがこちらの方まで届いてきた。
“「そがんして人を信用せんけんおかしかもんの見ゆっとくさぃ」
「信用?」
「そう。心が汚れとるけん、犬の霊につかれて頭のおかしくなっとるとよ」”
“「ところで、マオが大学に行くって犬の大学なの?おかしぃ」
「あー、もうよか。あんたのような性根の曲がった女子は死ぬまでこの病気は治らん。終わり終わり。もう治らんけん、二度と来んでよかよ。分かったね」”
千央はこれを頭の中で何度も何度も再生した。
番組のVTRはこれらのやり取りで霊能者が言ったことを継ぎ接ぎにしたものが使われており、霊能者がまるで、精神病患者が憑きもののせいでおかしくなっているかのように編集されていたのだ。ご丁寧なことに所々には舌打ちの音までついていた。
それを見終わった後、司会者とコメンテーターはコメントした。
―はぁ、確かに以前は、精神病の原因が霊に憑かれたせいだと考えられていたこともあって、狐憑きと呼ばれて、患者さんたちは長い間、迫害やいわれのない差別を受けてきましたよね、先生。でも流石に医療が発達した現在では、精神病はそういうものではない、病気は治療で治るものだということは当然分かっているわけで……。
―ええ、そうですよ。こういうオカルトティックなこともふくめてね、病気に関して誤解をされますとね、精神病に対する間違った認識や偏見を生み、また、増長してしまいます。今も病気で苦しんでいる患者さんがたくさんいらっしゃるのに、大変迷惑です。このような主張のできる人達がいることに僕は一医療従事者として本当に強い憤りを感じますねぇ。
言った内容からしてどこかの医者らしいコメンテーターはテレビの前の千央たちに、怒りの一瞥を向けた。そして番組の最後を司会者はこう言って締めた。
―このよしば病院増築の件に関して、今住人の間で反対運動が起こっているようですが、この根拠のない誹謗中傷が増設反対の理由として含まれているならば、我々人類が逆に衰退していっているとしか思えず、大変残念です。当番組は引き続きこの問題を取材していきたいと思っています。さて、次回の“五色のKurasi”は神月町のシスター強盗障害事件についてをお送りする予定です。それでは皆さん来週のこの時間まで!!さよーなら!!
司会者は笑顔で手を振り、軽やかなエンディング曲をバックに東京のビル街のLIVE風景、という感じで番組は終了した。
コマーシャルが始まった途端、毅はへなへなと崩れ落ちて、一言言った。
「なんなんだ、あれは」
皆は津波の直撃を受けたような顔になっていた。一方千央は自分が魚になったような気がし、口がパクパク動いた。
佃さんたちが増田家にやって来て、霊能者をぺしゃんこにしていってから大分日にちが経っていた。あの後、千央たちは一時霊能者に対して少し同情し、それからあの女の演技について意見を述べ合った。大概が怖かったという意見だった。真はあの人はまるで妖怪のようだったと言い、伊鶴は女にろくろ首というあだ名をつけた。
しかし、なぜ単に取材をしたいと言っていた佃さんが突然に牙を剥き、霊能者を攻撃するようなことをしたのか、その訳を皆は知らない。千央は直後、毅にことの真相を話そうとも考えたが、公平に止められたのと、あんまり毅が動じていなかったのとで今だに黙ったままだった。だが、話すのなら今ではないのか。千央は横目でチラリと公平を見た。公平は、青い顔をして具合が悪そうにしている。千央は何か言おうとして一歩踏み出した。
しかしその時、電話が鳴りはじめた。