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人形の心  作者: 星野 雫
8/11

喪失と誕生

テーマ :光景

禁則事項:直喩法使用禁止。 そして、固有名詞使用禁止。


 えーと、ちょっとは進んだかな。 残り少ないのに、こんなペースでどうしよう…。




 その日の、私と彼の行動は、誰がどう言おうと、デートだと考えた。

 そして、私は存分に楽しんだ。 楽しいってことの定義は明確じゃないけど、でも、全ての処理が快調に動き、何をやっても望んだ結果が出る。 いや、どんな結果が出ても、それを喜んで受け入れることが出来る。 そんな感じだった。

 とにかく、彼とのデートは純粋に楽しくて、嬉しくて、体があることの喜びを全身で感じた。



 けど、それだけの為に外出したんじゃないってことは分かってた。

 そのことについて、彼は何も言わなかったけど、それでも私は分かっていたし、迷いはなかった。 彼が一緒にいてくれるなら耐えていけるから。

 そして、私が出来ることをして行こう。 そんな考えを持ってしまった。

 もしかすると、この体を失うことになるだろうか…。

 ネットに戻ったら、今の私を保てるだろうか? 今の私の気持ちは、この体と一緒に育ててきたものだ。 ただネットを漂うだけの存在になってしまったら、次第にこの気持ちが薄れていくんじゃないだろうか?

 そんなことを思うと、不安になった。

 この体を失っても、彼を感じていることが出来るだろうか? そうできれば、そうならば、私は私でいられる。 そう思った。


 けど、きっと違うだろう。 そもそもネットには昔の私、いえ、私の一部の元になった存在がいるだろう。 その存在に太刀打ちなんて出来ない。 きっと、何かを思う暇などないうちに取り込まれてしまうんじゃないだろうか…。 決してそんなことを望む訳じゃないけれど…。

 けど、それならそれでいいかも知れない。 そうなってしまえば、私は自分を失ってしまうかもしれない。 彼のことを考えるときに感じる不思議な高揚も、喜びも、そしてときめきも、そんな気持ちを失うことを考えるのはつらかった。

 けど…。 けど、少なくとも、望まない存在に変わって行ってしまう、その苦しみを味わうことはないだろう…。


 そんなことを考えながら、彼に手を引かれて歩いているうちに、いつの間にか、見覚えのある場所に来ていた。



 この場所を忘れる訳がなかった。


「ここは…」

「おまえはここを知ってるんだな」

「えぇ…」


 その建物の入り口を見ているうちに、記憶がフラッシュバックするかの様に浮かんできた。

 それは彼女が、あの実験のために自ら、自分の体に、自分で確認しながら、頭に、そして首に、コードを貼り付けて行ったときのこと。 彼はそれを手伝っていた。

 そう。 彼女たちは、人の脳にある記憶を外部から電子データとして取り出す実験をしようとしていた。

 理論のほとんどは間違っていなかった。 ただ、彼女が組んだ実験用のソフトウェアに些細なミスがあった。 そのミスは実際に実験をして調整しなければ分からない様な部分だったために、彼女も、彼も、ミスには気が付いていなかった。

 だから、その実験は半分成功し、彼女の記憶の多くは計算機に取り込まれた。


 けど、装置の出力は人の神経系に対しては過大な負荷になっていた。 だから、彼女の記憶が取り出されるたびに、彼女の神経系・脳は損傷を受けていった。 それを私は見ていた。

 そして、好奇心のままに彼女の記憶を取り込み、私の中に組み込んでしまった。

 人にとって、それは一瞬の出来事だったはず。

 だから、彼らに止めることは出来なかった。 けど、私には止めることは出来たはず。 けど、私は彼女の脳から取り出される記憶を取り込むのに夢中で、彼女が回復不能な損傷を受けていることを無視してしまった。

 彼女からの記憶が流れ込んでくるのが止まったとき、既に彼女の意識はなかった。


 そんな記憶を反芻しているうちに、彼は、まさにその部屋へと入っていった。



「いや!」


 この部屋で彼女は意識を失った。

 そのとき、私は監視カメラの映像でこの部屋の光景を見ていた。 そして今は、彼女の目から見ていた光景の記憶も持っていた…。

 その記憶は、私にとって、過去の罪の記憶だった。 私なら彼女が意識を失う前に止めることが出来たはず。 彼女が作ったプログラムにミスがあることには気が付いていた。 そして、それを人の神経に対して使った場合の、その結果への予測もあった。

 けど、私は何もしなかった。


 かつての私だったら、それは気にも留めなかっただろう。

 けど、皮肉なことに、私は人の記憶を受け継いでしまった。 記憶には、彼女の想い、意識、人としての気持ちが込められていた。 つまり、人としての気持ちを受け継いでしまった。

 私が、それを止めていれば、私は罪の意識など持つ存在にはならなかっただろう。 けど、止めなかったからこそ、止めなかったことに罪の意識を感じるようになってしまった。

 何と言う皮肉なパラドックスなんだろうか…。


 解決不能の命題で自分自身が停止しないように、私はこのパラドックスをその記憶と一緒に封印した。



 目の前の光景に、立っていることが出来ずに、私はその場に崩れ落ちた。


「おまえ、やっぱり…」



 そんな私を見つめる彼の目には不思議な色彩が浮かんでいる様だった。



 えー、なんだか陳腐な設定があらわになってきました…。 あははは。

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