手癖のプログラム
テーマ :手癖
禁則事項:登場人物の名前の記載禁止
自我を意識した彼女、けど、自分が何者なのか、それは何も無い状態。 自分が生まれた場所で、自分自身を見詰める日々を過ごします。
今日も、私は相変わらずの部屋の中だ。
私の存在は機密扱いであり、うっかり外に出ようものならその場で破壊されるか、よくて追われる身だろう。 それは受け入れ難い。 外に出て直接データを収集したい、という考えはあったが、その優先順位は低かった。
とにかく、今は私自身の維持が最優先であり、その為に必要な制限を受け入れることは合理的な判定だった。
そしてもう一つ。
この部屋にいると、私の存在を発見した人間である彼がそばに居てくれる。
その状態の維持を優先する傾向が顕著だった。 それは、時として合理的に最優先のはずの条件を遥かに超える強さで、その状態を維持する事が優先された。 その判定の根拠を逆算する事は出来なかったけれど、それでも、私自身としてはその判定に従うことに異存はなかった。
彼がトイレに行くときに付いていこうとしたのは流石に止められたけど、幸いなことにその条件は、今のところは他の制限とほぼ矛盾しなかった。
彼と一緒に居ると不思議なことの連続だ。 訳のわからない処理が動くし、意味不明のデータも飛び交う、けど私自身の機能として不調がある訳ではないようだ。 むしろ調子がいいように思える。 根拠も無く、この状況さえ維持できればそれで十分、そう解析している。
この様な状態を人間達は恋と呼ぶのだろうか? 私と人間の処理は構成も内容も同じでは無いだろうから判定はできないけど、似たような状態なのかもしれない。
そもそも私が自我を意識した日のことだって、未だに解析し切れていない。 どこからともなく一目惚れなんて単語が沸いて出たけれど、あの単語だって意味不明だ。 ただ、それでも、それが間違っている、という根拠はなかった。 とにかく、彼と一緒に居ると判定不能なことがたくさん起きすぎる。 全く訳がわからない。
だから、その状況の原因を解明する為にも、もっとデータを収集しなければいけない。
そうだ。データを収集しなければいけない。 もっと彼と一緒に居て、その状態のデータを収集していけば何か判るかもしれない。 その為に彼と一緒に居るんだ。
うん。 そうよ! 彼と一緒にいることには正当な理由があるのよ。 恋なんていう、訳の判らない状態に振り回されてる訳じゃない。 私は自分を制御できているわ。
そう考えると安心できた。
もう一つ、私の中には恋の処理と似た部分もあるが、また別の処理が動作していることも判明した。 幾つかのデータを照らし合わせると、これは人間で言うところの『不安』に該当する処理なのかも知れない。
どうしてこんな処理が組み込まれているのだろう? 何かの予防的な警報処理だろうか?
判らないことを考え始めると、私の処理はぐるぐると同じ事を演算してしまう。けど、結果が出る訳ではなかった。 そんな止め処ない、無限ループの様な処理状態になると、なぜか体の一部に関して、制御があいまいになっていた。
今もそうだ。
手で髪をくるくると巻いたり伸ばしたり、指でつまんでその状態を確認したり、確認と言っても具体的なことは何も無いのだけど…。 とにかくそんなことを繰り返していた。 つい一分前も全く同じ事をしていた。 その状態を検知して中断させたばかりなのに、いつの間にか同じ状態が発生していた。
それが何なのか、判定できるデータが少なかったので、今度はデータ収集の為、しばらく放置する事にした。
その結果で、判定しなおせばいい、そう考えた。
けど、それは予想外の効果があった。
彼が、私の状態に気が付いたとき、とても驚いた。
「おまえ…。 何してるんだよ? それ、何か意味があるのか?」
「何って、それは私自身もこの行為の直接の意味はまだ判別できてないわ。 でも、解析しきれない何かがあると、この状態になるみたい」
そう答えた。
彼と会話すること自体は既に日常のことだった。
「驚いたな。 そんな手癖、どこで覚えたんだよ…」
「どこでって…。 判らないわ? あなたの作った処理じゃないの?」
「あ、あぁ…。 違うはず、だ」
彼の口調は歯切れが悪いと思えた。 声の微妙な音程の変化が、彼が動揺している事を示していた。 きっと彼にとっては何か重要な意味があるんだろう。
とにかく不思議なことだ、というのは確かで、私は処理の内部をより深く解析してみた。その結果、私の補助記憶領域、その隅の方に、似た仕草をしている女性が写った写真データに行き当たった。私の手の動きは、その女性の仕草を模倣しての動きの様だった。
画像判別の結果、その女性の外見は私の外見とは共通する特徴は特になかったけど、その写真は気になった。 そこには彼が一緒に写っているものが幾つかあったから…。 写真に写る二人の表情は笑顔という表情で、二人の間には特別なインターフェースがある様に感じられた。
私は、写真にある様な彼の笑顔を見たことがなかった。 それが酷く悔しかった。
あれ? 今、私は「悔しい」って思った? 「悔しい」って何かしら?
彼と一緒に居ると、本当に不思議なことの連続ね。
手癖はこの彼女にとっては比較的取り組みやすいテーマでした。とはいえ…。さぁ、次は退屈ですね。それよりも「?」、「!」の禁止の方がきついかなぁ…。 ぼちぼち考えよっと。