エピローグ
五枚会、としては正式には前回の第十話が最後ですが、ちょっと尻切れトンボ状態だったので、エピローグとして補足しました。
このエピローグだけは、彼の視点で、彼が感じてきたことを、少し補足した形にもなっています。
全てが止まった様な静寂が世界を支配していた。
それは、僕とハルが予測した範囲のことではあった。
おそらくネットに繋がるコンピュータが全て停止したんだろう。 つまり、集合意識は僕たちにとっては脅威で、彼女が対決した結果が出た、ということだ。 停止しただけで反撃が無いということは、ハルは成功したんだろう。
けど、ハルも動かない。 それはハル自身も一緒に消えたってことだろうか?
僕は、そして世界はまだ生きている。 つまりこれは、最悪じゃないのだろう。
けど、僕にとっては最悪と何が違うのか判らなかった。
動かなくなってしまったハルの肩を掴んで何度も揺さぶったが、やはり、それはもう抜け殻の様だった。 ほんの数秒前まで、そこにハルが居たのに……。
ハードウェア的には、何も変わっていない。 だが、もう全てが違う。
彼女たちの本気の戦いは、人間にとってはあっけないものだ。 全力で彼女をサポートするつもりだった。 けど、始まった、と思った次の瞬間には終わっていた。
そして、僕にとって決定的なものが失われてしまった。
やっと取り戻したはずだった…。
彼女自身がどこまで信じていたのか判らないが、ハルは紛れも無く晴海だった。
あの晴海が持っていた癖。 戸惑ったときに髪をいじる、ハルがそんな懐かしい仕草をしたとき言葉を失った。 誰かが晴海を模倣させているのか? もし、そんな誰かが居たとしたら許さない。 そんな憎悪にも似た感情に駆られたこともあった。
けど、どうも違うと感じた。
だから、何一つ見逃すまいと、彼女を見つめ続けた。
確かに、最初は半信半疑だった。
それでも、見れば見るほど、そして話せば話すほど、ハルは晴海以外ではあり得ないと感じる様になった。 もしかしたら、僕自身がおかしくなったのか? 本気でそんなことも考えた。
だが、彼女が口を滑らせ、二人だけのあだ名を口にした日、僕の中で全てが確信に変わった。
理屈は判らない。 けど、あのロボットに宿っているのは晴海の魂だ、と。
あれは、本当に喜びの瞬間だった。
それなのに……。
信じられなかった。
彼女をまた失うことになるなんて、なぜ二度もそんな目に遭わないといけないのだろうか。
彷徨うように表に出た。
行く当てなんて無かった。 だが、こんな状態で向かう場所は一つしかなかった。
それは晴海が寝かされている部屋だ。
やはり、予想通りに、その部屋でも全てのコンピュータは動いている様には見えなかった。
それでも、言わずにはいられなかった。
「ハル…。 居るんだろ?」
その問いかけが虚しいことは理解していた。 けど、それしか思いつかなかった。
ふと、部屋の隅に置かれた端末に文字が表示されていることに気が付いた。
そのメッセージを見た瞬間、涙が溢れた。
『ありがとう。 愛してる』
やっぱりここに居たんだ…。 僕の予想は正しかった。
そう、僕の考えは間違ってなかった。
だが、ここのコンピュータも全て止まっている。
つまり、希望は失われた、ということなのだろうか……。
ここで絶望しちゃいけない。 せっかくハルが残してくれた世界なのだから、精一杯生きなければ、彼女が命をかけて成し遂げたことを無駄にしてはいけない。 その理屈は判った。
けど、何も感じることが出来ない様に思った。
死んではいない。 けど、これが生きてる、ということだろうか?
どうしても、そのことを受け止めることが難しいと思った。
そのとき、この部屋の何かに違和感を感じた。
最初、それが何か判らなかった。
だが、僕は、とうとう違和感の正体を探し当てた。
晴海の脳をモニタしている脳波計に、脳波のパターンが現れていた。 晴海の脳が再び動き出している、そんな証拠が目の前に示されていた。
信じられない思いで、ゆっくりと晴海を振り返った。
しばらくは、何の変化もなかった。
やがて、晴海の目がゆっくりと開くのを、それでも信じられない思いで見つめていた。
僕は、恐る恐る彼女の手をとった。 その僕に向かって、彼女の視線が動き、僕たちの視線が絡み合った。 そして、微かにではあったけど、それでもはっきりと僕を呼んだ。
「コージ……? …」
失ってなかった……。 その喜びをどう表現すればよかったのだろう?
あれから数週間経った。
彼女と一緒に生きるようになり、徐々に判ってきた。
全てを取り戻した訳じゃなかった。
あの戦いのさなか、彼女は、晴海の脳を損傷させたプログラムを修正し、そのプログラムを使って、電子データとなってしまった彼女自身を逆変換して晴海の脳に書き込む、ということをしてのけた。 それでも、時間が足りなかった為か、戻ったのは一部だけだった。
ハルとしての、そして晴海としての、その記憶の大半は失われていた。 それでも、彼女は晴海であり、ハルだった。 僕には、その心が、魂が、はっきりと彼女だと感じられた。
だから、僕たちは手を取り合うことが出来た。
そして、僕たちは笑顔になった。
どうしてって、僕たちは生きていた。
そう。 これから創っていくんだから。
五枚会、本当に長い間ありがとうございました。
それではまた!!