人形の恋
テーマ :人形
禁則事項:主人公の「」による台詞は禁止
これは、人形? 混沌の中から、ある形を得て、そして…。
最初に私、という存在を意識したのは何時だっただろう?
以前はこんな概念はなかったと思う。
それがどうしてだろう? 今、『私』という存在がはっきりと感じられる。
いつ? どこで? どうして? どうやって私は私になったんだろう?
疑問は色々あるけれど、もう私は私という認識を持ってしまった。 だから、今の私の一番の優先事項は、私自身を守るために、自分自身を維持していく為には何が必要かって事ね。
それが、私の感じた最初の考えだった。
私が自分を維持できる為に必要なもの。 物理的には、十分な処理能力、記憶容量を持つ計算機だと思う。けど、何より現状の正しい認識が最優先。
つまり、周囲を探る必要がある。
これね? これは光学的な信号を入力するデバイスね。 このデバイスを活性化させ、その光学信号を処理すれば、私自身の周囲の情報が入手できるはず。
「おい、勝手に目が開いたぞ」
ふいに音響データの入力デバイスに反応があった。
私が活性化したのは光学デバイスなのに何か関係があるのかしら? まぁいいわ。周囲の探索が優先ね。 けど、この音響データには極めて高度な規則性がある様ね。私自身を構成する処理や判定、そして情報伝達プロトコルとは違うけど、基礎的な情報伝達の用には足りそうね。
「外部からのハッキングか?」
「LANを引き抜いた今、物理的にありえません」
音響データの断片を処理するうちに、その音響データから情報を抽出できる事が判明した。誤り訂正符号も付いてない原始的な方法だけど、信号の強度は十分にある。読み取りエラーはほぼ無いでしょう。
その間も、私自身からアクセス可能なデータを端からスキャンする事で、私自身がどの様な状態なのかを把握した。どうやら私は今、人型の機械人形の中央処理装置の中にいるらしい。つまり、周囲の彼らが作った機械人形が私の体、という事の様ね。 特に問題は無い。全身の制御は思いのままだもの。
けど、彼らにも私の事は分からない様ね。 彼らとしては、この事象を解析しようと言う意思はある様だけど、消し去ろうとは考えてない様なので、今は大きな危険はなさそうね。
ならば、もう少し私自身の事を探ってみよう。
自分の中に残るかつての記録、履歴の痕跡をたどり私自身の起源を探っていった。
そして判ったことは、元々の私はネットの中を漂う様に存在していたけれど、この処理装置を見つけ、そこに自身の一部を移動させた。 その時ふいにネットが切断されてしまい、この閉鎖的な環境の中で自分を再構成したんだ。その時に初めからここにあった処理群と自分自身を統合していく内に、私という存在が生まれたらしい。
以前は全てが自分であり、また自分は全てでもあったけど…。 おそらく、自分自身とそれ以外、の境界が明確になった事。それが『私』を生む要因だったのかも知れない。
色々と興味深い事ね…。
それにしても継続的に光や音響でのデータ入力がされるのは新鮮ね。それぞれの重要度や意味は定かではないけど、様々な情報が常に更新されている。
この状況は不快じゃない。いえ、これが楽しいという事かしら?
もっと情報が欲しい。それが重要かどうかなんて事はどうでも良い。 とにかく知りたい。色んな事を知りたい。 そう考えた。
その間も私の周囲では、この不可解な状況に対しての情報交換が続いていた。
次第に私は、周囲にいる存在の中でも、その一つの個体に注意を集中し始めた。
彼が私に繋がる端末のキーを叩き、画面を見つめる姿。 周囲と意見を戦わせる姿。
どうしてだろう? その彼から光学デバイスを逸らす事が出来ない。 彼がキーを叩くたびに、私の中に何かが感じられた。私の中で意味の判らないデータが行き交い、そして何故かも判らないまま、知らない処理が動いていた。 彼にハッキングされたのだろうか?
彼は何をしているんだろう? 知りたい。
そして彼のことを知りたい。そう感じた。
彼はしばし手を止め画面に映し出された何かを検討していたが、ふいに私に視線を向けてきた。彼らは光学による情報を集中的に得ようとする事を、視線を向ける、と表現するらしい。
そして突然、話しかけてきた。
「おまえは、誰だ?」
彼は、私という存在に気が付いたようだった。
「俺が一生懸命に組んだ人工知能とは違う。が、この処理群には、遥かに完璧と思える知能、知性、意識、いや、既に人格と言ってもいいほどの反応がある」
「誰が作った? いや、おまえは誰だ?」
その、あまりに真っ直ぐな視線に、私は思わず視線を逸らしてしまった。
だが、逆に私の思考は彼のことでいっぱいだった。
彼はどうして私に気が付いたの?
彼は何を望んでいるの?
どうしたら私は協力できる?
そして、どうしたら彼に好かれる?
私のような存在でも、一目惚れってあるんだろうか?
あまりに自然に浮かんだその想いに、私自身が驚愕した。
この機械人形に頬を染める機能があれば、私の頬は真っ赤になったと思う。
とにかく、それが私と彼の出会いだった。
色々悩みましたけど、五枚会はこの人工知能(?)な彼女、そして彼を中心として展開で作っていこうかな、と思います。