表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/139

第97話 裏切り者の、隣

 「裏切り者」――あの札は、医務室の火皿で灰になった。

 灰にしても、言葉は残る。だから私は、掲示板に「戻っていい場所」を貼り続けた。返事の名札を増やすために。


 夕方、砦の外から声がした。

「医者がいるって聞いた。……その女が、裏切り者だって噂も聞いた」


 門の前に立っていたのは、旅装の男だった。顔は疲れていて、目の下に影がある。手に握っているのは、しわだらけの紙――噂の札と同じ文字。


 ローガンが前に出る。

「入れねぇ」

 でも追い払う声じゃない。線を引く声だ。

「用があるなら言え。ここは、呼吸を奪う場所じゃねぇ」


 男は苛立ったように言う。

「呼吸? 馬鹿にするな。俺の仲間が眠れなくなった。神殿で“祈り”をしてからだ。……責任を取れ」


 胸がきゅっとなった。

 責任。名札。押しつけられる言葉。

 私は首もとの印に触れ、息を吐いてから門へ出た。


「私が医師です」

 掠れ声でも、はっきり言う。

「仲間の人、ここに連れてきて。責任は“押しつけ”じゃなくて、向き合うことだと思う」


 男が私を見る。

 目が少し揺れた。怒りの奥に、怖さが見えた。


「……本当に助けるのか」

「助ける」

 私はうなずく。

「裏切り者って名札より、今の呼吸を見ます」


 そのとき、隣に影が落ちた。

 カイゼルが私の隣に立った。近い。はっきり“隣”だ。


「彼女は助ける」

 低い声。短い。

「そして、彼女を傷つける言葉は私が折る」


 男が目を見開く。

「皇帝……? なぜ、そこまで」

 カイゼルは迷わず言った。

「私が彼女を求めているからだ」


 空気が止まった。

 ローガンが大きく咳払いし、フィンが耳まで赤くなって壁を見る。

 マルタは腕を組み、呆れた顔で呟く。

「……ほんとに言うんだ、それ」


 私は頬が熱くなって、でも目を逸らさなかった。

 言葉で守られるのが怖くなくなってきたのは、選べるからだ。


「仲間の人、どこにいますか」

 私は男へ尋ねた。

 男はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。

「……近くの宿にいる。動けない」


「迎えに行きましょう」

 私が言うより先に、カイゼルが言った。

「私が行く」

 即答。

 そして私の指を絡める。返事。ここだ。


「二人で行きます」

 私が言うと、カイゼルの目がわずかに緩む。

「当然だ」


 門を出る前、男が小さく言った。

「……裏切り者って、聞いてたのに」

 私は息を吐いて、白いリボンを揺らした。ひらり、ひらり。


「裏切り者の隣には、立てません」

 掠れ声でも、はっきり。

「私は、戻す人です。――隣にいる返事で、それを思い出せる」


 カイゼルが低く返す。

「ここだ」

 私はうなずく。

「ここにいます」


 噂の札は、まだどこかで増えるかもしれない。

 でも“隣”が増えれば、名札は剥がせる。

 裏切り者の隣ではなく、戻る人の隣として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ