第95話 選ぶ答え
使者が去ったあと、門の前に残ったのは風の音だけだった。
私は外套の端を握ったまま、息を吐く。喉がまだ少し痛い。けれど、声は戻っている。
「医務室へ」
カイゼルが短く言った。手はほどかない。返事。ここだ。
戻る途中、ローガンがわざとらしく大きく咳払いをした。
「陛下、溢れてるって言ったの、聞いたぞ」
「聞くな」
「無理だろ」
フィンは顔を真っ赤にして、壁の染みを見つめている。
マルタは腕を組み、冷たく言った。
「先生、今夜は休ませる。心が揺れた日は、寝る」
「……はい」
私は素直にうなずいた。
揺れたのは事実だ。揺れたと言えるのは、戻れている証拠だ。
医務室に入ると、カイゼルが窓を少し開けた。風を通す。灯りを落とす。
私は椅子に座り、首もとの印に触れて息を吐いた。
「受け取らなかった」
カイゼルがぽつりと言う。
「はい。今じゃないって、選びました」
「良い」
短い肯定。
でもその目は、まだ少し硬い。怒りじゃない。心配の硬さ。
私は机の上の白いリボンを指で撫でながら言った。
「……でも、いつか向き合う日が来ると思います」
「私が行く」
即答。
私は首を振りかけて、止めた。
“ひとりにしない”を、拒まない。
「一緒に来てください」
代わりにそう言った。
カイゼルの目がわずかに緩む。
「当然だ」
そして、声を落とす。
「お前が戻る場所は、私が守る。……戻るべき相手がいるなら、そこへも」
胸が熱くなる。
私は喉に手を当て、息を吐いた。
「陛下、甘いです」
「お前にだけだ」
ずるい。
私は椅子の背にもたれて目を閉じた。
怖さが残っているのに、胸の奥があたたかい。
そのとき、扉が控えめに叩かれた。
フィンが顔を出し、息を吐いてから言う。
「先生、門番の人が……夜、眠れなくて来てる」
私はすぐ立ち上がりそうになって、止めた。走らない。待つ。
カイゼルが私の指を絡め、低く言う。
「行け。だが、戻ってこい」
「はい。戻ってきます」
診察室に入ると、門番の騎士が帽子を握りしめていた。
「先生……あの使者を見たら、また胸がざわざわして」
「うん」
私は椅子を示し、窓を少し開けた。
「吐こう。長く。選べるように」
門番が息を吐き、肩が落ちる。
「……先生、怖くない?」
私は首もとの印に触れた。
「怖いよ。でも、怖いって言える。返事があるから」
診察を終えて戻ると、カイゼルがそこにいた。
最初から待っていたみたいに。
「戻った」
「はい。戻れました」
私が言うと、カイゼルの腕がそっと私を包む。息ができる抱き方。
そして耳元で、低く言った。
「次の返事も、私が先にする」
私は笑って、喉に手を当てた。
選ぶ答えは、もう決まっている。
ひとりで行かない。戻れる場所を、手放さない。
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