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第92話 朝までの独占

 朝の光が窓の端を白くしたころ、私はようやく深く息を吐けた。

 夜の途中で目が覚めても、怖さより先に返事が来た。――それだけで、体の芯がほどける。


 まだ腕の中にいる。

 外套の布の匂いと、静かな鼓動。首もとの印が、そこに触れている。帰り道が、いちばん近い。


「……起きたか」

 カイゼルの声は掠れているのに、朝の温度がある。


「はい。……朝まで独占でした」

 私が言うと、カイゼルは一拍置いてから、平然と返した。

「足りない」

「足りないって……」

「お前が眠るまで、ではなく。お前が安心するまで」


 心臓が跳ねた。

 私は喉に手を当てて笑いそうになり、代わりに息を吐いた。


 ノック。

 今度は遠慮のない音。マルタの声。


「先生、起きてる? 朝のやつ、置く。皇帝は邪魔するな」

「邪魔ではない」

 カイゼルが低く返す。

「邪魔です」

 即答が返ってきて、私は肩を震わせた。


 扉の外に椀が置かれる音。

 マルタの足音が遠ざかる前に、ぼそり。


「……ほどほどにしろよ」


 カイゼルは何も返さず、私の髪を指でそっと梳いた。

 ほどほど、という言葉に反抗するみたいに、でも乱暴じゃない。優しさで押し返す感じ。


 椀を取って戻ってきたカイゼルは、私の前に座り直す。

「飲む」

「陛下が?」

「お前が冷める前に飲めるようにする」


 私は観念して、口を開けた。

 温かい甘さが喉に落ちる。掠れた声が少し戻ってくる。


「……昨日の紙、燃やしたんですよね」

「お前が読まないと選んだ」

「燃やすのも、選びだった?」

「そうだ」

 カイゼルは即答して、声を落とす。

「お前の選びを、私が叶える」


 ずるい。

 私は頬が熱くなるのを誤魔化すように、息を吐いた。


 医務室に戻ると、ローガンとフィンが入口で待っていた。

 ふたりとも、わざと視線を逸らしている。マルタは腕を組んで、呆れた顔。


「先生、顔赤い」

「赤くない」

「赤い」

 マルタが一言で終わらせる。


 私は首もとの印に触れて、話題を変えるように言った。

「今日の診察、順番作ろう」

「はい、先生」

 フィンが真面目に頷く。ローガンも小さく頷いた。


 そのとき、カイゼルが私の肩に外套をかけ直した。

 動きが当たり前すぎて、周りが一瞬静かになる。


「……陛下」

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