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第91話 返事が先に来る

 目が覚めたとき、まだ夜だった。

 窓の隙間から月の薄い光。砦の外は風の音だけ。――静かすぎて、逆に怖い。


 私は息を吸いそうになって、口から長く吐いた。

 首もとの印に触れようとして、指が止まる。


 隣の温度がある。

 カイゼルの外套が肩にかかっていて、腕がほどけない形で私を囲っている。


「……起きたな」

 目を開けないまま、掠れた声が落ちた。

 返事が、先に来る。私が呼ぶ前に。


「……どうして分かるんですか」

「息が変わった」

 短いのに、甘い。

 私の怖さを見張ってるみたいで、でも嫌じゃない。


 私は喉に手を当てて、息を吐いた。

「怖かったです」

「よし」

 カイゼルの腕が、少しだけ強くなる。

「怖いと言えた。戻っている」


 その言い方が、胸にじんと響いた。

 怖さを責めない。弱さにしない。帰り道にする。


 そのとき、廊下の外で床板がきしんだ。

 足音。ひとつ。止まる。

 ――待てない足音じゃない。逆に、“待ちすぎてる”足音。


 私は反射で身を起こしかけて、カイゼルの手が私の肩を軽く押さえた。

 触れ方が優しいのに、動けないくらい確か。


「動くな」

「でも――」

「私が見る」

 言い切ったあと、声を落とす。

「お前は、眠りに戻れ」


 ずるい。

 私は抵抗したいのに、喉が言うことを聞かない。代わりに息を吐く。

 カイゼルは外套の裾を揺らさないまま立ち上がり、扉の前へ行く。


「誰だ」

 低い声が廊下に落ちる。


 返事は、紙が床を滑る音だった。

 するり、と扉の隙間から入ってきたものがある。


 カイゼルはそれを拾わず、灯りを近づけて“見るだけ”にした。

 そして私の方へ戻り、声を落として言う。


「読むか」

 ――選ばせてくれる。

 私は胸の内側の怖さを確かめてから、ゆっくり首を振った。


「今は、読みたくない」

「分かった」

 それだけ言って、カイゼルは紙を折り、火皿へ入れた。炎が小さく舐める。怖さの形が、灰になる。


 私は息を吐いて、目を閉じた。

 すると、カイゼルがまた寝台に戻って、私を囲う。


「……眠れるまで、離さない」

 昨夜と同じ言葉。

 でも今夜は、もっと優しい。


「陛下」

 私が名前を呼ぶと、返事はもう腕の中にあった。


「ここだ」

 掠れた声が耳元に落ちる。

 そして私は、怖さが来る前に返事が来ることを知った。

 それだけで、眠りへ戻れる。

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