表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/142

第90話 眠るまで、離さない

 夕方の診察が終わると、医務室の空気がふっと軽くなった。

 窓から入る風が薬草の匂いを薄め、灯りがやさしく揺れる。


 私は机に手をついて息を吐いた。

 今日は「見ない」を選べた。

 それだけで、胸の奥の怖さが一段小さくなった。


 背後から、外套の温度が近づく。

 カイゼルが、私の肩越しに覗き込むように言った。


「……頑張ったな」

 褒め言葉に慣れていない声。

 でも、私だけには真っ直ぐ。


「頑張ってないです。戻っただけ」

「それが、頑張りだ」


 ずるい。

 私は笑ってしまいそうになって、喉に手を当てた。


 そのとき、扉が控えめに叩かれた。

 フィンが顔を出す。ちゃんと息を吐いてから。


「先生、今日の夜番、俺が代わる。……休んで」

 ローガンも後ろから覗いて、ぶっきらぼうに言う。

「先生が倒れたら、俺ら困る」


 マルタが腕を組み、きっぱり。

「休ませる。これは医務室の命令」


「命令するな」

 カイゼルが低く言った。

 マルタが睨む。

「皇帝も黙って。これは医療」


 一瞬、空気が張って――私は吹き出しそうになった。

 笑ったら喉に良くないから、代わりに息を吐く。

 みんなが真剣に私を休ませようとしているのが、あたたかい。


「……分かりました。休みます」

 私が言うと、フィンがほっとして、ローガンが小さく頷いた。マルタは勝ち誇った顔で去っていく。


 人がいなくなると、部屋が静かになる。

 静かになると、怖さが戻ってきそうになる。

 私は首もとの印に触れ、息を吐いた。


「……夜、また揺らされるかもしれない」

 小さく言うと、カイゼルが即答した。


「揺らさせない」

 短い。けれど“お前が選べるように”の短さ。


 寝台に向かおうとした私の手を、カイゼルが取った。指を絡める。返事。ここだ。

 そして、低い声で言う。


「今夜は、命令する」

「え」

「眠るまで、離さない」


 胸が跳ねた。

 私は言い返したいのに、声がうまく出ない。

 代わりに、息を吐いてから、掠れ声で言う。


「……独占、ですか」

「そうだ」

 ためらいがない。

 でも目は優しい。怖さを増やさない目。


 小部屋へ移ると、カイゼルは窓を少し開け、灯りを落とし、蜂蜜湯を用意した。

 手つきが慣れてきているのが、またずるい。


「飲め」

「陛下、私より上手になってません?」

「お前を見ているからだ」


 私はもう負けた。

 蜂蜜湯を飲み、息を吐き、寝台に横になる。

 カイゼルは隣に座り、外套を私の肩にかけたまま、指をほどかない。


 沈黙の中、私は小さく言った。

「……私、ちゃんと選べてますか」

「選べている」

 カイゼルは即答して、声を落とした。

「お前が選ぶたび、私は安心する」


 胸の奥がじんと熱くなる。

 私は目を閉じて、息を吐いた。


「じゃあ……安心してください。ここにいます」

「うん」

 返事が落ちる。

 次に、そっと額に温度が触れた。――軽い口づけ。長くない。逃げ道を残したままの、でも確かな「迎え」。


「おやすみ」

 掠れた声が耳元で揺れない。


 私は頬が熱くなるのを感じながら、笑ってしまいそうになって、代わりにもう一度息を吐いた。

 怖さはまだ消えない。

 でも今夜は、溺愛が“静かに囲って”くる。


 眠るまで、離さない。

 それは鎖じゃない。

 私が戻れるように、迎えの腕がここにあるだけ。

最後までお読みいただきありがとうございます。



『おもしろい』『続きが見たい』と思いましたら…


下にある☆☆☆☆☆から、作品への評価をお願いします。


面白かったら星5つ、正直な感想で構いません。


ブックマークもしていただけると嬉しいです。



よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ