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第86話 見せるためじゃない

 首もとに戻った印は、冷たいはずなのに、今日は妙にあたたかく感じた。

 鏡の前で指先を当てると、金属が小さく鳴る。帰り道の音。奪う音じゃない。


 でも、それを“見せる”ということは、また別の怖さを連れてくる。


 朝の食堂。

 騎士たちがこちらを見る。視線は悪意じゃない。驚きと、少しの照れ。

 フィンが先に口を開いた。


「先生、それ……戻したんだ」

「うん」

 私は椀を抱えたまま頷く。

「見せびらかすためじゃないよ。帰るため」


 ローガンが鼻で笑った。

「帰る場所、ここだもんな」

 ぶっきらぼうなのに、変に優しい。


 そのとき、食堂の隅で誰かがわざとらしく囁いた。

「皇帝の鎖」

「独占だ」

「怖くないのか」


 言葉は小さいのに、針みたいに刺さる。

 私は息を吸いそうになって、口から長く吐いた。

 焦って言い返したら、相手の思う通りだ。


 カイゼルが食堂に入ってくる。

 足音は静かで、でも空気が変わる。彼は私の首もとを一度見てから、まっすぐ前を向いた。


「鎖ではない」

 低い声。短い。

「彼女の選んだ合図だ」


 ざわめきが止まる。

 “選んだ”という言葉が、鎖をほどくみたいに効いた。


 私は喉に手を当て、掠れ声で言った。

「見せるためじゃありません。……怖いときに、戻るためです」

 それだけ言って、椀の湯気に目を落とす。

 説明しすぎない。守るのは、言葉の量じゃない。


 午前の診察で、眠れない騎士が来た。

 彼は目の下の影を隠すように帽子を深くかぶっている。


「先生、俺……また、戻れなくて」

「戻れる」

 私は椅子を示し、窓を少し開けた。

「吐こう。長く。吸うのはあと」


 騎士は息を吐き、肩が落ちた。

 その視線が、私の首もとに一瞬止まる。


「……その印、強いな」

「強いんじゃないよ」

 私は首を振る。

「待ってくれる人がいるって、思い出せるだけ」


 騎士が小さく笑った。

「じゃあ俺も、思い出すもの欲しい」

「作ろう」

 私は白いリボンを渡した。

「これでいい。揺らしたら“ここ”。うなずけたら“戻れた”」


 午後、砦の門に小包が届いた。

 送り主不明。薄い紙が一枚。


『見せたなら、切れる』


 胸がひやりとした。

 私は首もとの印に触れ、息を吐く。

 切れると言われても、切らせない方法は増えている。


 カイゼルが紙を見て、低く言った。

「切らせない」

 その言葉に、私は頷いた。


「見せるためじゃない」

 私はもう一度、自分に言い聞かせる。

「戻るため。……だから、守れる」


 窓から風が通り、灯りが揺れた。

 首もとの印は、今日も私を縛らない。

 私が選んだ帰り道として、静かにそこにある。


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