表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/154

第83話 迎えに来たのは、私たち

 門を離れてしばらく、風の匂いが変わった。石畳の冷たさが遠のき、馬車の揺れが規則正しくなる。

 私は胸の内側の印を指で確かめて、長く息を吐いた。戻れる。そう思ったのに、喉の奥がふいに苦くなる。


 ――置いていかれる。

 そんな言葉が、まだどこかに残っていた。


 夜。馬車が停まる気配で目が覚めた。灯りが弱い。隣の温度がない。

 心臓が跳ねて、声が出かけて、止まる。


(焦るな。吐く)


 私は喉に手を当て、息を長く吐いた。白いリボンを指で探し、ゆっくり揺らす。見える合図。見える「ここ」。


 扉の外で、足音。

 次に、短い声が落ちた。


「……起きたか」


 カイゼルが戻ってきた。外套に夜気をまとっている。

 私は恥ずかしくて、でも正直に言った。


「いないと思って、怖かったです」

「行き先を見ただけだ」

「……言ってください」

「言う」

 不器用な即答。ずるい。


 カイゼルは外套の内側から、黒い布の端――結び目を見せた。

「これを触って待て。迎えに行ける合図だ」

 私は頷いて、胸の内側の印にそっと触れる。

「じゃあ私は、息を吐く合図。陛下が焦りそうなら、先に吐きます」


 カイゼルが小さく息を吐いた。笑ったのかもしれない。

「……それは助かる」


 やがて、国境の灯りが見えた。こちら側は、見慣れた黒の外套が並ぶ。

 ブラック騎士団が、ランプを持って待っていた。強くない灯り。影を作りにくい灯り。


「先生!」

 フィンが駆け寄りそうになって、途中で足を止める。待つ練習を思い出した顔。

 ローガンは腕を組んだまま、ぶっきらぼうに言った。

「帰ってきたな。……顔色、悪くねぇ」


 マルタが私の肩を見て、眉を上げる。

「まず、温かいもの。話はそのあと」


 その言葉に、胸がじんとした。

 ここにも、帰り道がある。


 カイゼルが私の隣に立ち、騎士たちへ低く告げる。

「迎えは済んだ。……だが、これからも迎えに行く」

 そして私を見る。逃げない目で。


「ここにいてほしい」

 声は掠れているのに、迷いがない。


 私は一度だけ息を吐いて、指を絡め返した。

「はい。ここにいます。……私も、迎えに行けるようになりたいから」


 灯りの輪の中で、誰も笑わなかった。

 代わりに、みんながうなずいた。

 そのうなずきが、私の胸の内側の印よりも、ずっと近い「ここ」になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ