第8話 銀色の瓶は、どこから来た
医務室代わりの空き部屋に飛び込むと、フィンが寝台の上で苦しそうに息をしていた。手が小さく震え、目は冴えすぎていて、まばたきが少ない。
「先生……俺、眠れなくて……」
「大丈夫。今は喋らなくていい。呼吸を合わせよう」
私はフィンの肩に手を置き、ゆっくりと声を落とした。
「鼻で吸って、口で吐く。……そう。急がない」
少しずつ呼吸が整っていく。次に温かい甘い湯を作って口を湿らせ、塩をひとつまみ。体がびっくりしないように、少しずつ飲ませる。
扉の外が慌ただしい。ローガンが顔を出した。
「先生、こいつ……銀色の刺激ポーション飲んでた」
「……どこで手に入れたの?」
「本人も分からねぇって。『気づいたら手にあった』って」
“気づいたら”。そんなの、ありえない。
私はフィンの額に濡れ布を当てながら言った。
「今日の訓練は全部お休みにして。みんな、まず水を飲ませて、部屋を暖かく。怖がってる子がいたら、呼吸を教えて」
「分かった」
そこへ、マルタが小走りで入ってくる。手には小さな袋。
「先生。倉庫の近くに落ちてた。銀色の瓶の栓……これ、ただの栓じゃないよ。印がある」
袋の中の栓には、細い線で紋章が刻まれていた。王家の冠じゃない。剣でもない。――神殿の印だ。
私の背中が、ひやりと冷えた。
「神殿……?」
「そう見える。あと、もう一つ。変なことがあった」
マルタが視線を下げる。
「先生が保管してた銀色の瓶、あった場所……今、空っぽだったりしない?」
私は一瞬で立ち上がり、鍵のかかる箱へ向かった。封をして保管していた銀色の瓶。私は自分の手で箱を開け――言葉を失った。
「……ない」
代わりに入っていたのは、ただの透明な水。しかも封をした跡までそれっぽく整えられている。
でも、私は分かる。これ、私の封じゃない。匂いも、指先の感触も違う。
そのとき、静かな足音。空気がきゅっと引き締まり、皇帝カイゼルが部屋へ入ってきた。
「状況を言え」
「フィンは落ち着きます。命の心配は今のところありません。でも……銀色の薬が、勝手にすり替えられました」
「誰ができる」
私は正直に答えた。
「鍵の場所を知っていて、封を真似ることができて、騎士団の中に薬を紛れ込ませられる人です」
ローガンが低くうなる。
「外の人間ってことか」
「可能性が高い。……それに、この印」
私は栓を皇帝に見せた。皇帝の目が、氷みたいに冷たくなる。
「神殿を呼ぶ」
「はい。でも、怒鳴り合いはしません。私は、フィンみたいな子をもう増やしたくない」
寝台の上で、フィンが小さく目を動かした。
私はその手を握り直し、笑ってみせる。
「大丈夫。あなたは悪くない。悪いのは、“無理をさせるもの”のほうだよ」
皇帝が短く言う。
「守る」
その言葉が、命令じゃなく約束に聞こえた。




