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第78話 笑われても、待つ

 『次は、待つ人を笑う』


 札の文字を読んだ瞬間、胸の奥がちくりとした。

 笑われるのは怖い。怒られるより、ずっと静かに心を削る。

 でも私は息を吐いた。吐けたら戻れる。


 路地の灯りの輪の中、白い布の人物は逃げられず、膝をついた。

 騎士たちは押さえつけない。ただ“そこにいる”。

 追わない捕まえ方は、怖さを増やさない。


 その日の夕方、町の広場に人が集まった。

 噂は早い。“追放された令嬢が戻ってきた”“祈りを壊す”“皇帝がいる”――

 不安の言葉が混ざり、空気が重くなる。


 そこへ、ひとつの笑い声が投げ込まれた。


「待て、待てってさ。怖がって動けないだけじゃん」


 若い男の声。軽い。刺さる。

 周りの数人がつられて笑う。笑いが増えるほど、胸が冷える。


 私は一歩出そうとして、止まった。

 怒って言い返したら、相手の勝ち。

 私は白いリボンを手に取り、ゆっくり揺らす。ひらり、ひらり。


「待つのは、動けないからじゃありません」

 掠れた声でも、届くようにゆっくり言った。

「戻るためです。焦って走ると、息が浅くなる。浅い息のまま決めると、ひとりになる」


 笑った男が肩をすくめる。

「何それ、難しい言葉」

「難しくない」

 私は息を吐いて、胸に手を当てた。

「いま、吐いてみて。長く」


 男はばつが悪そうに目を逸らす。

 でも周りの子どもが、先に真似して息を吐いた。

 それを見た母親が吐く。老人も吐く。

 広場の空気が少しだけ軽くなる。


「……ほら」

 私は小さく言った。

「待てた」


 笑っていた男の隣で、誰かがふらりとよろめいた。

 昼間の匂い袋の余波か、昨夜眠れなかったのか。顔が白い。


 笑っていた男は反射で手を伸ばそうとして、止まった。

 触れない夜のことを思い出したみたいに。


 私はすぐ言った。

「触れなくてもいい。目を見て。灯りを見て。うなずいて」

 周りの人がうなずく。倒れそうな人が、ゆっくり座る。


 その瞬間、笑っていた男の顔から笑いが消えた。

 笑いは強さじゃない。怖さの仮面だって、本人が気づいた顔。


「……悪かった」

 男が小さく言った。

「怖かったんだ。よく分かんないのに、置いていかれる気がして」


 私は息を吐いて、頷いた。

「怖いって言えたら、もう戻ってます」


 隣でカイゼルが一歩前に出た。

 低い声で、広場全体に言う。


「笑うなら、笑え。だが奪うな」

 言葉は短い。けれど、誰も傷つけるためじゃない。線を引くための声。


 私は胸の内側の印を確かめた。

 笑われても、待つ。

 待って、息を取り戻して、戻る。


 それが私の仕事で、みんなの帰り道だ。


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