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第75話 重い、の正体

 朝の廊下は静かで、神殿の石がひやりとしていた。

 昨夜の紙の言葉が、まだ胸の奥で揺れている。


『お前は重い。守るほど、捨てたくなる』


 私は首もとの印を胸の内側で確かめ、息を吐いた。

 重いって、何が。私の過去? 私の仕事? それとも――「ここにいてほしい」と言わせる私?


 扉の前で、元婚約者が立ち止まった。

「……噂が回ってる」

 声が硬い。

「隣国の皇帝は、飽きたら帰る。お前は置いていかれるって」


 胸が、きゅっと縮む。

 でも私は、焦って言い返さなかった。焦りは相手の望みだ。


「噂は、返事を奪うための道具ですね」

 掠れ声で言うと、元婚約者は目を伏せた。

「……ああ。お前が疑えば、勝手に離れる。俺も昔、それで……」


 そこへ、低い足音。

 カイゼルが曲がり角から現れ、私の前で止まった。視線がまっすぐで、逃げ道を塞ぐみたいに優しい。


「聞こえた」

 短い声。

 私は胸の内側を押さえ、小さく言う。

「……ここ」

「ここだ」


 指が絡むだけで、紙の言葉が薄くなる。

 重いの正体は、私そのものじゃない。揺らされる怖さだ。


 私は息を吐いてから、カイゼルを見上げた。

「噂が……怖いです」

「怖いなら、言え」

「言いました」

「よし」


 それだけでいい、と言われたみたいで、胸がほどけた。


 元婚約者が気まずそうに咳払いをして去る。

 残った私たちは、窓の近くで風を通した。冷たい空気が頬を撫でる。


「お前は重い、だと」

 カイゼルがぽつりと言って、眉を寄せた。

「違う」

 私は首を振る。

「重いのは、怖さです。抱えるものじゃないふりをすると、余計に重くなる」


 カイゼルの手が、私の胸の内側の位置をそっと守るように添えられる。触れない距離のまま。

「なら、怖さを預かる」

「……陛下が?」

「私が、迎えに行ける」


 ずるい。

 私は喉に手を当てて笑い、でも真面目に頷いた。


「じゃあ私も、陛下の怖さを預かります」

 カイゼルが目を瞬いて、少しだけ視線を逸らす。

「……重くなるぞ」

「いいんです。戻れるなら」


 そのとき、風に混じって、紙が床を滑る音がした。

 小さな札。


『次は、待てなくする』


 私は札を拾い、息を吐いた。

 待てなくする。焦らせる。走らせる。ひとりにする。


 カイゼルの指が、ほどけない形に絡む。

「待つ」

 短い返事。揺れない返事。


 私はうなずいて、白いリボンを結び直した。

「はい。待てる合図を増やします。急がされても、呼べるように」


 怖さを重くしない。

 重いの正体を見抜いたら、あとは息をして、戻るだけ。


最後までお読みいただきありがとうございます。



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