第7話 監督者が眠れない
赤札を貼られた私は、半ば押し出されるように自室へ戻された。
……のに。
廊下の向こう、私の扉の前に“壁”が立っている。黒い外套、無駄のない姿勢、氷みたいな視線。皇帝カイゼルその人だ。
「陛下。そこに立つ必要はありません」
「ある。監督だ」
「監督は中で寝てください」
「お前が寝るまで起きている」
「それは監督ではなく徹夜です」
私が言うと、皇帝は微妙に不機嫌な顔をした。合理主義者は“非効率”を指摘されるのが嫌いだ。私はため息をひとつ吐き、医師としての最適解を選ぶ。
「……分かりました。では監督者にもルールを適用します」
「ほう」
「廊下に立つの禁止。刺激ポーション禁止。深呼吸十回。今から一緒に寝る準備をします」
皇帝の眉が僅かに動いた。言い方が悪かった気がする。誤解を正す前に、皇帝が淡々と言う。
「一緒に?」
「“同時に”です」
私は扉を開け、机の上のランプを落とした。明かりを絞り、窓を少しだけ開けて換気。寝具を整え、湯を沸かしてカフェインなしの温かい飲み物を用意する。皇帝の視線が背中に刺さるが、気にしない。医師は儀式で眠りを作る。
「陛下、椅子に座って」
「命令か」
「治療です」
皇帝は素直に椅子へ腰掛けた。私はその前に立ち、低く指示する。
「鼻で吸って、口で吐く。四つ数えて吸って、六つ数えて吐く。十回」
「……子ども扱いだな」
「不眠は子どもも皇帝も同じです」
十回目、皇帝の肩がほんの少し落ちた。呼吸が深くなる。――効いてる。私は満足し、次の確認に移る。
「今日の食事は?」
「摂った」
「水分は?」
「摂った」
「書類は?」
「封印した」
皇帝が自分でも驚いたように言った。
「……守れている」
「良い患者です」
その言葉に、皇帝の目が一瞬だけ柔らかくなる。私は見なかったことにして布団に入った。だが背後で、皇帝がまだ動かない気配がする。
「陛下」
「……お前は、なぜそこまでする」
「医師だからです」
「それだけか」
声が低い。眠気より、何か別のものが混ざっている。私は正直に答えた。
「人が壊れるのを、もう見たくないんです」
前世の病院の光景がよぎる。机に突っ伏して動かなくなった人。家族に謝りながら泣く上司。私は拳を握り、淡々と言い切った。
「陛下も騎士も、ただの“使い捨て”じゃない。人間です」
長い沈黙のあと、皇帝が小さく言った。
「……人間、か」
そして、まるで自分に言い聞かせるように続ける。
「お前の言葉は、腹立たしいほど正しい」
「それは褒め言葉ですか」
「……褒めている」
次の瞬間、私は眠りに落ちた。
――翌朝。
目を開けると、扉の外の気配は消えていた。代わりに机の上に一枚の紙。皇帝の筆跡で短く書かれている。
『睡眠:七時間 規律:遵守』
(睡眠監督のくせに、自己申告が律儀……)
笑いかけたところで、廊下が騒がしくなった。ローガンが勢いよく扉を叩く。
「先生! やばい。倒れた」
「誰が?」
「フィンだ。……銀色の刺激ポーション、飲んでた。台帳にないやつだ」
銀色。昨夜、皇帝から没収したのと同種――いや、同じだ。
私の背筋が冷える。
「没収分は私が保管してました。鍵もかけて」
「なら、どこから出た」
ローガンの顔は硬い。これは事故じゃない。意図がある。
私は白衣を掴み、走りながら結論を出した。
「……ブラック騎士団に“裏の供給”がいます。今すぐ、在庫と出入りを洗い出しましょう」
休養日を壊す“敵”が、とうとう動いた。




