表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/169

第60話 外せない帰り道

『その印を外せば、ひとりになれる』


 黒い札を握った指先が冷えた。首もとの印に触れると、金属はひやりとして――すぐ、胸の奥にあたたかさが戻る。帰り道。約束。迎えに来る手。


 神殿の空気は、香の煙でうっすら白い。眠りを遠ざける、冷たい匂い。私は口でゆっくり息を吐いた。吸わない。焦らない。


「……その印は、神殿に相応しくない」

 穏やかな顔の神官が、私の首もとを見て言った。

「外しなさい。ここでは“余計な結びつき”は禁忌です」


 胸がきゅっと縮む。けれど私は、目を逸らさなかった。

「これは鎖じゃありません」

 掠れた声でも、言い切る。

「私が戻るための目印です。誰かに連れていかれないための――帰り道」


 神官の指が伸びた。触れようとした、その瞬間。


「触れるな」

 低い声。カイゼルの手が、私の前に静かに入った。押し返さない。ただ、届かせない。


 神官が眉をひそめる。

「隣国の陛下が、神殿で威圧を?」

「威圧ではない」

 カイゼルは揺れない。

「彼女を揺らす言葉を、止めているだけだ」


 私は首もとの印を握りしめ、喉の奥で名前を呼んだ。

「……カイゼル」

「ここだ」

 返事の代わりに、指先が絡む。ほどけない。


 背後で、元婚約者が小さく息を吐いた。

「……昔の俺なら、外せと言った」

 自嘲みたいな声。

「縛れば守れると、勘違いしてた」


 私はゆっくり息をして、言った。

「だから今、選びます。外さない。ここで、息を取り戻させる」


 香炉の煙を指さし、私は声を落とす。

「扉を開けて。窓を開けて。風を通して」

 誰かが動き、重い扉がきしむ音を立てた。冷たい外気が流れ込む。匂いが薄まって、神殿の空が少し明るくなる。


 若い神官が、震える手で袋を差し出した。

「……これが混ぜものです。命令だって……言われて……」

「もういい」

 私は袋を布に包み、窓の近くへ置いた。

「怖いなら、怖いって言っていい。言えたら、戻れる」


 風がもう一度通ったとき、奥の控え室から小さな吐息が聞こえた。門番の呼吸が、少しだけ深くなった合図だ。


 その瞬間、足元にもう一枚、黒い札が滑り込んだ。


『外さないなら、切る』


 私は札を拾い、息を吸って吐いた。怖さが胸を叩く。

 でも、手はほどけない。


 カイゼルの手が、私の首もとをそっと覆う。印を隠すんじゃない。守るために、包む。

「切らせない」

 低い声が、灯りみたいに落ちた。


 私は頷いた。

「はい。……帰り道は、奪わせません」




最後までお読みいただきありがとうございます。



『おもしろい』『続きが見たい』と思いましたら…


下にある☆☆☆☆☆から、作品への評価をお願いします。


面白かったら星5つ、正直な感想で構いません。


ブックマークもしていただけると嬉しいです。



よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ