第6話 休むのも仕事、医者も同じ
「先生! 今日は休養日って……何すりゃいいんですか!」
食堂に集まった騎士たちは、武器を持たない手を落ち着きなくさすっていた。休暇を与えられた犬みたいな顔。私は台帳を抱えたまま言う。
「何もしません。寝ます。散歩は日光浴。以上」
ざわっ、と不安が走る。ローガンが頭を掻いた。
「寝ろと言われて寝れるなら苦労しねぇ」
「では訓練です。睡眠訓練」
「は?」
私は薄い紙束を配った。『休養日の過ごし方(初級)』――昼寝は三十分まで、カフェインは午前中、酒は禁、寝る前は深呼吸十回。
マルタが吹き出す。
「騎士団で呼吸の練習する日が来るとはね」
「呼吸は命綱です」
その夜、私は診察室(空き部屋)で簡易検診を続けていた。赤札が減ったのは喜ばしい。だが、頭の奥が重い。書類、制度、説明、反発、説得……気づけば私も睡眠が削れている。
(私が倒れたら、全部止まる)
そう思った瞬間、扉が叩かれた。
「リュシア」
皇帝の声だ。私は時計を見る。就寝前ルールの時間帯。
「陛下、呼び出しは一回までです」
「一回目だ」
「……昨日も一回目でした」
沈黙のあと、皇帝は扉越しに低く言った。
「眠れない。……確認したい。お前が、まだここにいるか」
私はため息を飲み込み、扉を開けた。皇帝は外套も羽織らず立っている。目の下が危うい。
「確認できましたね。寝てください」
「お前が先に寝ろ」
「私は医師です」
「私も患者だ。医師が倒れたら治療は終わる」
背後から、どす、と重い足音。ローガンが現れ、私の手から台帳を奪った。
「先生、赤だ」
「え?」
ローガンは無言で赤札を私の胸元に貼る。
「出撃禁止。残業禁止。……寝ろ」
マルタまで腕を組み、容赦なく頷いた。
「先生が倒れたら、私たち全員が元に戻る。だから休んで」
私は言い返しかけて、喉が詰まった。騎士たちが“制度”ではなく“私”を守ろうとしている。
皇帝が小さく息を吐き、私の前に立つ。
「命令だ。今夜は眠れ。――私が監督する」
「監督はいりません」
「いる。……お前は私の、必要だ」
必要。そう言われると、妙に胸がざわつく。私は視線を逸らし、赤札を押さえた。
「……分かりました。寝ます。ですが、陛下も」
「ああ。……並行して管理する」
ローガンが咳払いした。
「先生の部屋、見張りは俺が――」
「不要だ」
皇帝の声が冷えた。
「見張るのは私だ」
赤札一枚で、今夜の主導権が移った気がした。




