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第52話 迎えに来た手

 昼下がり、前室の窓から入る風がやさしかった。

 広間では騎士たちが、久しぶりに肩の力を抜いて笑っている。眠れる顔が増えた。それだけで胸が少し軽い。


 ――なのに、扉がノックされた瞬間、空気が変わった。


「陛下。外から使いの者が。……“隣国からの迎え”だそうです」


 迎え。

 その言葉が、私の背中を冷やした。追放、という記憶が一気に戻ってくる。


 カイゼルが立ち上がる。私の手首を包む手は、いつもより静かで、でも離れない。

「会う」


 応接の間には、硬い顔の男が立っていた。服の色も声も、私のいた国の匂いがする。

 男は私を見て、薄く笑った。


「リュシア殿。お迎えに参りました。お戻りください。あなたの“責任”を確かめねばならない」


 喉がきゅっと縮む。

 私は息を吸って吐こうとして、うまくできなかった。


 カイゼルの指が、私の指を絡める。返事の代わりの合図。

 私はそれに縋って、やっと息を吐いた。


「私は――」


 言いかけたところで、男が畳みかける。

「そもそもあなたは追放された身。ここに居場所など――」


「ある」

 カイゼルの声が、低く切った。掠れていても、はっきり届く。


 男が眉を上げる。

「陛下。感情で――」


「感情ではない」

 カイゼルは一歩前に出る。私を背に隠すのではなく、隣に立たせる位置だった。

「彼女はこの国で、人を守った。私の側で、眠りを取り戻させた。……それを奪う言葉は許さない」


 男の視線が鋭くなる。

「それでも、彼女の国は――」


「彼女のことは、彼女が選ぶ」

 カイゼルは私の手を持ち上げるわけでもなく、ただ指先を絡めたまま言った。

「ここにいるのは、私が命じたからではない。――私が、いてほしいと言ったからだ」


 胸が熱くなる。怖さが、少しだけほどける。

 男は言い返しかけて、周りの騎士たちの視線に気づいた。ローガンもフィンも、怒っていない。ただ“ここにいる”目をしている。


 男は息を吐いて、形だけの礼をした。

「……承知しました。ですが、これは終わりでは」


「終わりにする」

 カイゼルが言った。短いのに、線を引く声。

「帰れ」


 男が去ったあと、廊下の風が急に冷たく感じた。

 私は息を整えようとして、指先が震えているのに気づく。


「……ごめんなさい」

 小さく言うと、カイゼルの手が少し強くなる。


「謝るな」

「でも、私がいるせいで――」

「お前がいないほうが困る」

 即答だった。


 私は言葉に詰まって、喉を押さえる。

 カイゼルは視線を逸らしたまま、少しだけ声を落とした。


「迎えの手が来ても、取られたくない」

 それは命令じゃない。脅しでもない。

 ただの、本音。


 私はゆっくり息を吸って吐いた。

「……私も、勝手に連れて行かれたくないです」

 そう言うと、カイゼルの指先がほどけそうになって、また絡んだ。


「なら」

 カイゼルが小さく言う。

「ここにいる、と言え」


 私は頷いて、今度は自分から指を絡め直した。

「ここにいます。……ここが、私の居場所だから」


 窓から風が入って、髪が揺れた。

 怖さは消えない。けれど、手はほどけない。

 迎えに来たのが誰でも――私が選ぶ場所は、もう奪わせない。


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