第50話 「ここにいていい」
黒いローブの男は、灯りの列の中で立ち尽くしていた。
追われていないのに動けない。逃げ道がないからじゃない。――居場所を奪う言葉が、もう効かないからだ。
ローガンとフィンが左右に立ち、距離を保ったまま道だけを塞ぐ。
灯りを持つ騎士たちも、息を乱さずにそこにいる。
“ここにいる”が消えない。
男は薄く笑い直そうとして、うまくいかなかった。
「……皇帝の声を奪えば、国は揺れると思った」
その声は乾いていた。
「返事を失えば、誰もついてこない。居場所を失えば、心は折れる。――そういうものだ」
私は息を吸って、ゆっくり吐いた。
「そういうもの、じゃないです」
言い切ると喉が少し痛んだ。けれど、声は出る。今はそれでいい。
「居場所は、奪うものじゃない。作るものです」
私は続けた。
「眠りも、返事も。……“一人にしない”で作れる」
男の視線が、私とカイゼルを行き来する。
「皇帝が、お前を選べば――お前は逃げられない」
また、鎖みたいな言葉。
私は迷いかけて、指先の温度で戻った。カイゼルの手が、まだ私を離していない。
「逃げるかどうかは、私が決めます」
私は言った。
「選ぶのも、私です」
カイゼルが掠れた声で、静かに重ねる。
「……私もだ」
その声は強くない。
でも、灯りみたいに揺れない。
男は小さく息を吐いて、肩を落とした。
「……負けた理由は分かる。お前たちは“怖さ”を隠さなかった。怖いまま、息をした。だから操れない」
悔しさより、どこか呆れた声だった。
ローガンが低く言う。
「ようやく分かったかよ」
フィンが鼻で笑って、でもすぐ真面目な顔に戻った。
「もう、終わりだ」
男は最後にカイゼルを見た。
「皇帝。眠るな、と教えた者たちを恨むか」
カイゼルは答えるまでに一拍置いた。
そして、低く言った。
「恨まない。……終わらせる」
その言葉は、誰かを壊すためじゃなく、これ以上壊れないための線引きだった。
騎士たちが男を連れていく。乱暴にはしない。背中を押さない。灯りの列が、道を作る。
男は振り向かずに消えた。
倉庫の前が静かになる。
残ったのは、ランプの揺れる灯りと、風の音だけ。
私は息を吐いて、肩の力を落とした。
その瞬間、カイゼルが私の手を引いた。強くないのに、確かに。
「……戻る」
「はい」
「お前の居場所へ」
「……私の?」
思わず聞き返すと、カイゼルは少しだけ目を逸らした。
「私の居場所でもある」
不器用な言い直し。
でもそれが、胸にいちばん刺さる。
前室に戻ると、窓が少し開いていて、冷たい空気が入ってきた。
私は蜂蜜湯を置き、灯りを落とす。
もう匂いはない。鈴もない。
それでも、いつもの準備はする。守るって、そういうことだ。
カイゼルが寝台の端に座り、私を見上げた。
掠れた声で、ゆっくり言う。
「……ここにいていい」
胸がふっと熱くなる。
私は喉を押さえて、ちゃんと返した。
「はい。……ここにいます」
カイゼルは、返事の代わりに私の指を絡めた。
ほどけない手。
奪えない居場所。
灯りを消して、私は目を閉じた。
怖さはゼロじゃない。けれど――もう一人じゃない。
眠れる。
返事がある。
居場所がある。
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