第5話 医療は権威ではなく成果です
翌日、私は皇帝の執務室ではなく“会議室”に呼ばれた。長机の向こうに座るのは宮廷医長ガレイン。白衣に金刺繍、顎は上がりっぱなし。隣には書記官、背後には護衛。――完全に「吊し上げ」の布陣だ。
「新任の女が騎士団を混乱させていると聞いた」
「混乱ではありません。改善です」
「有給休暇? 出撃禁止札? 戦力を削ぐ愚行だ。ポーションは古来より――」
「では、数字を見てください」
私は机に資料を置いた。昨日までの簡易集計。
・失神/倒れ込み件数:週12→週3
・負傷後の回復遅延:平均5日→平均2日
・ポーション使用本数:一人当たり日3→日1(※台帳導入後)
・出撃中の判断遅れ(報告より):減少
「休ませたら弱くなる、は誤りです。休ませたら“戻る”んです。人間に」
ガレインは資料を一瞥して鼻で笑った。
「捏造だ。現場の事情も知らぬ机上の空論」
「現場の事情を知らないのは、医務室すら作っていない側です」
空気が凍った。書記官のペン先が止まる。
ガレインの額に血管が浮いた。
「不敬だぞ!」
「医療は権威ではなく成果です。救えない医療は、飾りです」
その瞬間、扉が開く気配がした。誰も入っていないのに、室温が一段下がる。
皇帝カイゼルが、いつの間にか席の端に立っていた。
「続けろ」
たった一言で、ガレインの勢いが削がれる。私は淡々と続けた。
「追加で提案します。宮廷医療にも“台帳”を。刺激系ポーションの管理、睡眠不足の把握、胃痛や頭痛の受診記録――」
ガレインが声を荒げた。
「皇帝陛下は健康だ! 不要だ!」
私は皇帝を見ない。見たら“患者情報”になる。だから、あくまで一般論として言う。
「不眠と胃痛と頭痛は、放置すれば判断を鈍らせます。国家運営のリスクです。患者が誰であれ、同じです」
皇帝の口元が、わずかに上がった気がした。
ガレインは唇を噛み、最後の抵抗をする。
「……ならば、貴様が責任を負え。結果が出なければ首だ」
「結構です。私は成果で守ります」
皇帝が机に手を置き、低く告げた。
「ガレイン。今後、リュシアの改革を妨げるな。必要な権限と予算を与える」
「陛下……!」
「異論があるなら、数字で出せ」
――決まった。
私は内心で小さく息を吐き、最後に一枚の紙を差し出した。
『安全衛生委員会:皇帝枠(仮)』
・週三回の健康チェック
・就寝一時間前の書類封印
・刺激ポーション禁止
・呼び出しは一回まで(厳守)
皇帝がそれを受け取り、私だけに聞こえる声で言った。
「“仮”は外せ」
「ルールを守れたら外します」
「……なら、守る」
冷徹な皇帝が、子どもみたいに少しだけ悔しそうな顔をした。
私は笑顔のまま、心の中で札を切る。
(まず騎士団、次に宮廷、最後に――皇帝の睡眠。ブラックを白く塗り替えます)
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