第48話 居場所を守る灯り
『なら次は、“居場所”だ』
黒い札の言葉は短いのに、胸の奥を冷やした。
居場所――それは部屋の場所じゃない。心の場所。誰といるか。どこへ帰るか。
私は札を折りたたみ、息を吸ってゆっくり吐いた。
怖い。だけど、怖いまま考えられる。
「居場所を奪うって、どうするつもりだろう」
ローガンが低く言う。
「ばらばらにする」
私は即答した。
「“一人にする”。それが一番簡単で、一番危ない」
カイゼルが私の手を指先で握り、返事をする。
声はまだ掠れている。でも目はまっすぐだった。
「一人にしない」
「うん」
その日の昼、私たちは“居場所を守る準備”をした。
合図は手と灯り。
誰かが呼ばれたら、灯りを揺らす。
廊下の角を曲がる前に、灯りを一度上げる。
見える場所にいる。見える合図を残す。
声を奪われても、怖さに飲まれても――“ここにいる”が伝わるように。
フィンが真剣にランプを持って歩き、途中で笑ってしまった。
「これ、なんか冒険みたいだな」
「冒険じゃない。生活だ」
ローガンがぼそっと言う。
でも、フィンの笑いが広がると、空気が少しだけ軽くなる。軽さは、守りになる。
夜。前室の灯りはひとつだけ。強くしない。影ができないように、角を作らない。
窓は少し開けて、風を通す。
カイゼルが寝台の端に座り、私を見た。
「……今夜は、どこにいる」
「ここ」
私は自分の胸に指を当て、次にカイゼルの手を取って指を絡めた。
「ここ。陛下の近く」
カイゼルは返事の代わりに、指をきゅっと握った。
静かになったころ、廊下の奥で灯りが一度揺れた。合図。
ローガンたちが“何か”を見つけたんだ。
私は立ち上がろうとして、カイゼルの手が引く。
「行くな」
「行きません。……でも見てくる」
「二人で」
カイゼルが掠れ声で言った。
私は頷く。
「二人で」
廊下へ出ると、角の先でローガンがランプを掲げていた。
灯りの中、床に白い粉で描かれた細い線がある。矢印みたいに続いている。
「これ……誘導か」
フィンが唾を飲む。
「“居場所”をずらす」
私は言った。
「この線を辿ると、誰かが一人になる場所へ連れていかれる」
ローガンが低く笑う。
「じゃあ逆に、線の終わりで待てばいい」
「追わないで、待つ」
私は頷いた。
「灯りを消さずに。見える場所で」
私たちは線を消さず、騎士たちを二人ずつ配置した。ランプの灯りが、廊下に点々と並ぶ。
暗闇が逃げ場を失う。
そして、線の終わり――倉庫の前。
扉の隙間から、甘くない、冷たい匂いが漏れている。
中に誰かがいる。息づかい。
カイゼルが私の手を握り、目で“止まれ”と合図した。
私も頷く。息を整える。
――コン。
扉の中で、何かが落ちた音。
次の瞬間、扉が少し開き、白い影が出ようとした。
でも外には、ランプの灯りがずらりと並んでいる。
影は、まぶしさに怯んだみたいに止まった。
「……灯りが、嫌いなのね」
私が小さく言うと、影が微かに揺れた。
カイゼルが掠れ声で言った。
「居場所は、ここだ」
そして私の指を絡め直す。
灯りの輪の中で、私たちは動かなかった。追わない。焦らない。
居場所を守るのは、走ることじゃない。
――“ここにいる”を消さないことだ。




