第40話 寝るまで、離さない
その夜、私は皇帝の前室に布団を敷いた。
窓は少しだけ開けて、風が通るように。灯りは強すぎないように落とす。――いつもの“夜に負けない準備”。
カイゼルは寝台の端に座って、じっと私を見ていた。
何か言いたそうで、言わない。言うと困ると思ってる顔だ。
「陛下、先に寝てください」
「……お前が先だ」
「私はここで寝ます」
「だから、先だ」
意地の張り合いみたいになって、私はため息をついた。
「分かりました。じゃあ、陛下。呼吸」
「……分かっている」
鼻で吸って、口で吐く。
カイゼルの肩が少しだけ下がる。だけど視線は外れない。
「……今日は鈴が鳴っていない」
カイゼルがぽつりと言った。
「油断しないでください。静かな夜ほど、仕掛けがある」
「分かっている。……だから、離すな」
言い方がずるい。命令みたいで、でも“お願い”に近い。
私は喉を押さえて、小さく答えた。
「離れません」
寝る前に蜂蜜湯を一口飲んで、私は布団へ潜った。
眠ろうと目を閉じた瞬間――部屋の外で、小さな音がした。
ちりん。
高い鈴じゃない。低い鈴でもない。
もっと小さな、金属の触れ合う音。控えめで、聞き逃しそうな音。
私の目が開く。
カイゼルも、同じタイミングで息を止めたのが分かった。
私は起き上がろうとして――手首を掴まれた。
カイゼルの手。強くはない。でも離さない。
「行くな」
「陛下、確認だけ……」
「確認は私がする」
「走らないって約束――」
「走らない。……だが、行く」
カイゼルが立ち上がり、扉の前へ進む。
私はすぐ紙とペンを取り、短く書いて見せた。
『二人で。窓。息。追わない』
カイゼルはそれを見て、ほんの少しだけ頷いた。
「……分かった」
扉を開けると、廊下は静かだった。
見張りの騎士が、すぐに二人並んで現れる。ローガンとフィンだ。息は乱れていない。
「先生、今の音、聞いた」
「うん。……匂いは?」
「ない」
「じゃあ、音だけで動かしたい」
私は手のひらを上げる。“止まれ”。
皆が止まる。足音が消える。すると――
コツ。
床の上を、小さなものが転がっていく音がした。
フィンがしゃがんで拾い上げる。
小さな金具。鈴の部品。しかも、わざと落としたみたいに光っている。
「これ……」
ローガンが歯を食いしばる。
「誘いだ。追わせるための」
カイゼルの指がまた私の手首を掴んだ。
今度は少し強い。
「……追うな」
私が言うより先に、カイゼルが言った。
私は思わず目を見開く。
「陛下、今、私の言い方でした」
「……覚えた」
短い返事のくせに、胸が熱くなる。
その瞬間、廊下の奥の闇から、紙がすっと滑ってきた。
白い紙。文字は短い。
『眠るまで、離すな』
私は紙を拾って、苦笑した。
「敵、見てますね。私たちのこと」
カイゼルが低く言う。
「見せてやる。……離さない」
部屋へ戻る途中も、カイゼルの手は私の手首から離れなかった。
過保護だと思うのに、なぜか嫌じゃない。
前室に戻って、私は布団に入り直す。
カイゼルも寝台に横になる。けれど、灯りを消す前に、ふっと言った。
「……眠れないなら、名前を呼べ」
「それ、陛下が言うんですか」
「……私が、聞きたい」
ずるい。
私は喉を押さえて、小さく笑う。
「……カイゼル」
「聞こえた」
その返事があるだけで、夜が少し怖くなくなる。
私は目を閉じて、深く息を吐いた。
――寝るまで、離さない。
それは敵の札の言葉じゃない。
カイゼルが、私にくれた約束だ。
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