表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/142

第39話 「会議のあとに来い」

 広間のざわめきが引いたあとも、私の耳は熱いままだった。

 あんな声で呼ばれたら、頭の中で何度も反芻してしまう。……落ち着け、私。


 医務室に戻って、蜂蜜湯を飲み直す。喉はだいぶ楽になったけど、まだ無理はできない。

 そんなとき、扉が控えめにノックされた。


「先生、これ」

 マルタが差し出したのは、短いメモ。黒い札でも白い紙でもない。ちゃんと封がしてある。


『会議のあと、来い。――カイゼル』


 ……用件が書いてない。

 胸が変に跳ねて、私はメモを握りしめた。


「何これ……」

「何って、呼び出し」

 マルタがにやにやする。

「医師として? それとも――」

「わかんない!」

 勢いよく言ってしまって、すぐ喉を押さえた。

「……だめ。騒がない」


 夕方、執務の区切りを見計らって、私は皇帝の執務室へ向かった。

 扉の前の護衛が、私を見るなり姿勢を正す。


「お通しします」

 短い言葉なのに、妙に丁寧で、背筋がむずむずする。


 扉が開き、私は中に入った。

 机の上には書類の山。窓は少し開いていて、風が通る。――この人、ちゃんと覚えてる。


「来たか」

 カイゼルは顔を上げて言った。

「はい。……呼び出しの理由は?」

「理由がないと来ないのか」

「来ますけど」

「……来い」


 ずるい。

 私は喉を押さえながら、机の前まで歩いた。


「喉は」

「まだ少し」

「しゃべるな」

 いつもの言い方。いつもの不器用さ。


 でも次の言葉が、今日はいっそう静かだった。


「……会議中、ずっと気になった」

「え」

「お前が咳をしないか。顔色が変わらないか」


 私は一瞬言葉を失った。

 こんな忙しい人が、そんなことを見ているなんて。


「陛下、集中してください」

「できない」

 即答だった。

 それに自分でも驚いたのか、カイゼルは少し視線を逸らして続ける。


「……お前が倒れたら困る」

「また“困る”」

「困る」

 言い切るのが、妙に真剣で、逆に甘い。


 机の横に、小さな包みが置かれていた。

 開けると、薄い手袋と、温かい薬草の袋。


「……これ」

「寒いだろ」

「私、そんなに寒がりじゃ――」

「寒い顔をしていた」

「してません」

「していた」


 言い切られて、私は負けた気がした。


「……ありがとうございます」

 手袋を握ると、カイゼルの喉が小さく動いた。


「礼はいい」

「じゃあ、何を言えば」

「……名前」


 心臓が跳ねた。

 私はわざとらしく咳払いして、喉を押さえながら小さく言う。


「……カイゼル」

「聞こえた」

 それだけ言って、カイゼルは書類の端を指で揃えた。落ち着いたふりが上手い。


 けれど次の瞬間、ぽつり。


「……もう一回」

「陛下、仕事」

「もう一回」

 譲らない。


 私は笑ってしまって、でも声は優しく抑えた。

「……カイゼル」


 カイゼルの口元が、ほんの少しだけ緩む。

 そして真面目な顔に戻って言った。


「今夜も、前室で眠れ」

「命令ですか」

「……頼む」

 言い直しが、いつもより早い。慣れてきてる。


「分かりました。その代わり――」

「私も寝る」

 先に言われた。


 私は目を丸くして、思わず笑った。

「はい。約束です」


 窓から入る風が、やさしく髪を揺らした。

 鈴も匂いもない静かな時間なのに、胸だけが落ち着かない。


 会議のあとに来い。

 理由はたぶん――“会いたかった”んだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ