第30話 鈴のしっぽは、礼拝堂へ
朝の光の中で見ると、小さな金具は思ったよりはっきりしていた。
神殿の印――くっきり刻まれた線は、昨夜の“高い鈴”が偶然じゃないって教えてくる。
「これ、礼拝堂の道具だ」
ローガンが低く言う。
「うん。杖に付ける金具かもしれない」
私は指先で触れて、すぐ離した。――匂いはしない。でも、嫌な予感はする。
皇帝カイゼルが近づいてくる。顔色は昨日より少し硬い。
「寝ました?」
「……少し」
「少し、はダメです」
言い切ると、皇帝は悔しそうに目を逸らして、でも頷いた。
「……分かった。昼に少し休む」
その返事が、今は嬉しい。私は金具を布に包んで言った。
「昼のうちに礼拝堂へ行きます。夜に動くのは相手の思うつぼ」
「私も行く」
「走らない、怒鳴らない、無理しない」
「……守る」
礼拝堂は静かだった。昼でも、空気がひんやりしている。
祭壇の前には香炉、壁には白い布。祈りの場所らしい“清さ”があるのに、私はどうしても身構えてしまう。
私たちが入ると、年配の神官が穏やかに頭を下げた。
「陛下。ご用件は」
皇帝が短く言う。
「道具を見せろ。鈴と杖だ」
神官の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「それは、神殿の神聖な――」
「人を眠らせないために使われるなら、神聖じゃない」
私が言うと、神官は口を閉じた。
私は布包みを少し開き、金具の印を見せる。
「昨夜、これが落ちていました。ここにある道具の一部ですよね?」
神官は答えない。答えられない。
その沈黙が、答えだった。
皇帝が一歩前へ出る。
「隠すな」
「……陛下」
神官の声が、焦りを含む。
「眠りは、弱さを生みます。祈りとは――」
「違います」
私は静かに遮った。
「眠りは“明日を生きる力”です。弱さじゃない。戻ってくるための時間」
そのとき、奥の布が、すっと揺れた。
誰かがいる。気配だけで分かる。
――ちりん。
高い鈴の音。昼なのに、背中が冷たくなる。
「ここまで来たのね」
優しい声が、布の向こうから落ちた。
あの声だ。人を安心させる形をした、怖い声。
皇帝の肩が強ばる。私は袖をつまんで止めた。
「息」
皇帝がゆっくり吐く。約束を守ってくれる。
布の隙間から、白い杖の先が見えた。先端に小さな鈴。
そして、その杖を持つ手に――白い手袋。
「眠りを守る? 可愛いこと」
声は笑っているのに、言葉は冷たい。
「眠る者から、先に落ちるのよ」
私は一歩も引かずに言った。
「落ちない。私たちは、一人じゃないから」
返事の代わりに、ちりん、と鈴が鳴った。
布の影が、こちらへ出る――その直前。
床に、白い紙が落ちた。たった一行。
『今夜、皇帝の夢をもらう』
私は紙を握りしめ、息を吸ってゆっくり吐いた。
昼に掴んだ“しっぽ”は、夜に牙をむく。
皇帝が、私の隣で低く言った。
「……今夜も、そばにいろ」
「はい。その代わり、陛下も寝る。夢は、奪わせません」
礼拝堂の奥で、鈴がもう一度だけ鳴った。
ちりん――まるで「約束だ」と言うみたいに。
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