第3話 安全衛生委員会、開幕
翌朝。私は食堂を“会議室”にした。
長机に並ぶのは、黒鎧の騎士たちと副団長ローガン、補給担当の女性騎士マルタ、そして――露骨に不機嫌な古参の大男。
「……で? 医者ごっこはいつ終わる」
古参が鼻で笑う。目の下のクマが、立派に“現役過労”を語っていた。
「終わりません。今日からここは安全衛生委員会です」
「なんだそれは」
「倒れない仕組みを作る会です。まず、これ」
私は机に紙束を置いた。
『ポーション使用台帳』
名前、時間、本数、理由、体調欄付き。
「飲んだら書く。書けないほどフラつくなら、飲む前に休む」
「そんな手間――」
「手間を惜しんで命を落とすのは、最も非合理です」
ローガンが腕を組み、低く唸る。
「……新人が倒れた件、俺も見た。台帳はやる」
場の空気が少しだけ動く。そこへマルタが、どさっと木箱を机に置いた。
「塩、砂糖、乾パン、水筒。食堂に常備しました。あと、鍋も新調。干し肉だけじゃ倒れますよ」
「お前……いつの間に」
「先生の“指示が早い”の。現場は助かる」
私は頷き、次の紙を掲げた。
『強制休養札(赤)』
『軽作業札(黄)』
『通常(白)』
「今日から、私が札を出します。赤を渡された者は出撃禁止。異論は診察室へ」
古参が立ち上がり、机を叩いた。
「ふざけるな! 休めだと? 騎士は死ぬまで働くものだ!」
私は一歩も引かず、静かに言った。
「騎士は備品ではありません。人間です」
そして、古参の顔色と手の震えを見て付け足す。
「……あなた、息が浅い。胸の圧迫感は?」
「っ、ない!」
「ある顔です。座って。今すぐ」
古参は怒鳴り返そうとして、言葉を失った。額に汗。唇が青い。
ローガンが無言で肩を掴み、椅子に押し戻す。
「先生、やっぱり当たりか」
「ええ。過労と脱水。今ここで倒れる未来が見えます」
ざわめきが広がった瞬間、食堂の扉が開いた。
黒い外套の皇帝カイゼルが、いつの間にか立っていた。
「続けろ」
氷の声に、全員が背筋を伸ばす。
私は淡々と報告した。
「休ませます。死なせないために」
「許可する。――騎士団は“使い潰す”ためにあるのではない」
古参が驚いた顔で皇帝を見上げる。
皇帝は私へ視線を移し、淡々と言った。
「リュシア。私の分の札はどれだ」
「……陛下、あなたは今のところ“黄”です」
「黄、か。なら今夜も診察しろ」
「就寝前の書類は禁止ですよ」
「分かっている。……だから診ろ。私が守れているかどうか」
――その言い方は、ほとんど「会いたい」に近かった。




