第2話 皇帝陛下も患者です
その日のうちに、私は城塞の最上階へ呼び出された。
通された執務室は、豪奢というより戦場の司令室だ。地図、報告書、封蝋、未処理の書類の山。――そして主は、窓辺で腕を組んでいた。
「お前が産業医を名乗った女か」
皇帝カイゼル。噂通り冷たい声。だが私はまず観察する。目の下の影、浅い呼吸、肩の力み、指先の乾燥。……不眠と胃の不調、確定。
「はい。リュシアです。まず確認ですが、ここには医務室がありませんね?」
「必要ない。騎士はポーションで立つ」
「それで倒れてます。今、中庭で新人が低血糖で失神しかけました。ポーションは鎮痛剤の飲みすぎと同じ。誤魔化しは効いても、ツケが来ます」
陛下の瞳がわずかに細くなる。
「反論は?」
「あります。――勤務表をください。出撃回数、負傷、離脱。数字で見ます」
「命令口調だな」
「医師は命令します。命を守るために」
沈黙。紙の擦れる音だけがした。皇帝が机の引き出しから一通の書類を投げる。受け取った私は目を走らせ、思わず眉を上げた。
(交代制なし、休暇ゼロ、連続出撃……これ、労基に通報案件)
「明日から三つだけ即実施します。第一、ポーション台帳。誰がいつ何本飲んだか記録。第二、食堂に塩と水と糖を常備。第三、強制休養日。倒れる前に休ませます」
「戦力が落ちる」
「落ちません。休ませた方が稼働率が上がります。前世で実証済みです」
皇帝は少しだけ口角を上げた。怖いほど薄い笑み。
「面白い。なら、私にも実証しろ」
「……はい?」
「私の健康も管理してほしい」
独占欲、という言葉が頭をよぎる。だが私は医師だ。恋愛フラグより問診だ。
「睡眠は何時間ですか」
「三」
「胃痛は」
「たまに」
「頭痛は」
「毎日だ」
私は深呼吸して告げた。
「陛下、あなたは患者です。今夜は就寝前の書類禁止。食事は抜かない。水を飲む。――守れなければ、私は診ません」
「脅しか」
「治療です」
皇帝は私を見つめ、そして短く言った。
「……分かった。条件を飲む」
机に、金の封印の命令書が置かれた。
『リュシア・アルノーをブラック騎士団産業医に任命する』
そして、二行目。
『皇帝カイゼルの健康管理も同時に担うこと』
(え、兼務? ブラックすぎない?)
私は笑顔を崩さず、内心で叫んだ。
「――まずは陛下、寝てください。残業は禁止です」




